5月29日、モスクワの大統領府に安倍晋三元首相の妻・昭恵氏を招き面会したプーチン大統領。異例中の異例と言われるこの「招待劇」には、どのような裏事情があるのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』ではジャーナリストの北野幸伯さんが、天安門事件後に中国が実現させた「天皇陛下訪中」の一部始終を振り返りつつ、昭恵夫人を歓待したプーチン氏の意図を推測しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:安倍昭恵さんを利用するプーチンの意図
安倍昭恵さんを利用するプーチンの意図
プーチンは5月29日、モスクワで、安倍元首相の奥さん・安倍昭恵さんと面会しました。今日は、「その意図」について考えてみましょう。
大局は
まず、大局から見てきましょう。
1月に大統領に就任したトランプは、「24時間でウクライナ戦争を終わらせることができる!」と豪語していました。その方法は、
- ウクライナ支援を停止する
- ゼレンスキーはアメリカのいうことを聞かざるを得なくなる
- トランプは、プーチンの要求をゼレンスキーに強要する
- めでたく停戦成立!
こういう算段だったのです。ところが、戦場で優勢なプーチン・ロシアは、本音では戦争を終わらせたくない。そこで、「新たな要求」を出してきました。
プーチン曰く、「危機の根本的原因を取り除く必要がある」。なんでしょうか?具体的には、
- ネオナチ・ゼレンスキーは辞めなければならない
- ネオナチ国家ウクライナは、武装解除しなければならない
- アメリカだけなく欧州も、ウクライナ支援を停止しなければならない
要するに、「ウクライナが完全に丸腰になったら停戦してやる」と。停戦期間が終わったら、武装解除したウクライナ全土を、容易に制圧することができるでしょう。
トランプも、アメリカ共和党の議員も、「戦争継続を望んでいるのは、ゼレンスキーではなく、プーチンなのだ」ということを理解しはじめました。
民主党だけでなく、共和党議員も、GDP30兆ドルを誇るアメリカ大統領が、GDP2兆ドルロシアの独裁者の「ポチ」でいることに憤りを感じはじめた。それで、「トランプがプーチンのポチであるなら、俺たちが対ロ制裁を科してやる!」と独自の制裁を準備しはじめたのです。「産経新聞」5月28日。
米が超党派で対ロシア制裁法案 原油・ガス購入国に500%関税 上院、トランプ氏に圧力
米上院(定数100)の超党派の議員は28日までに、ロシアに追加制裁を科す法案を提出した。ロシアから原油や天然ガスなどを購入する国に対し、米国への輸出品に500%の関税を科す内容。ロシアとの対話を重視して対露追加制裁に消極的なトランプ大統領に圧力をかける狙いがある。
トランプは現状、「まだプーチンのポチ状態」といえるでしょう。それで、アメリカ上院議員の中には、「トランプは、ロシアの工作員だ!」と断言する人も出てきました。以下の動画17分54秒からごらんください。
● 米議会で論戦「トランプはロシアの工作員か」“アメリカ抜き”欧州の自立と限界【3月14日(金)#報道1930】| TBS NEWS DIG
民主党だけでなく共和党も、「なんか変だぞ!」と思い始めている。つまり、トランプも、プーチンを守るのが難しい状況になっている。これが、現在の「大局」です。
こういう背景を理解した後で、「プーチンが安倍昭恵さんと会った」ことを知れば、その意図が見えてくるでしょう。
プーチンが安倍昭恵さんに会った意図
「朝日新聞」5月30日付。
プーチン氏、昭恵氏と面会 安倍氏を「忘れぬ」 対日関係改善模索か
ロシアのプーチン大統領は29日、モスクワで安倍晋三元首相の妻、昭恵氏と面会した。大統領府が発表した。プーチン氏は「彼(晋三氏)に深く感謝している。ロシアと日本の協力発展に対する彼の貢献を忘れることはない」と強調した。
プーチン氏は首相在任中の安倍氏と27回にわたって首脳会談を重ねた。29日の面会は一部が国営テレビで放映され、プーチン氏は昭恵氏に花束を渡して歓迎。昭恵氏がプーチン氏の言葉を聞きながら涙を流す場面も見られた。
実に感動的な場面です。プーチンは、こんなことも言いました。
「彼(晋三氏)の夢は両国間の平和条約であり、彼は誠実に取り組んでいた。私たちはこの道で真剣に前進してきた」
まさに。安倍総理は、「私の代で北方領土問題を解決し、ロシアと平和条約を締結する!」と決意され、誠実に取り組んできました。これは、プーチンの言う通りです。
しかし、私たち日本国民が忘れてはならないのは、「プーチンは、北方領土問題解決に、【誠実に取り組んでこなかった】」ということです。
プーチンは、「領土問題解決には、まず信頼醸成が不可欠だ!」といいました。安倍総理は、「要するに金と技術をくれということだな」と、正しく理解した。それで、2016年、プーチン・ロシアに「8項目の協力プラン」を提示しました。「8項目の協力プラン」とは具体的に
- 健康寿命の伸長
- 快適・清潔で住みやすく,活動しやすい都市作り
- 中小企業交流・協力の抜本的拡大
- エネルギー
- ロシアの産業多様化・生産性向上
- 極東の産業振興・輸出基地化
- 先端技術協力
- 人的交流の抜本的拡大。
のことです。
さらに安倍総理は、2018年、大きな大きな譲歩を行いました。「4島一括返還」要求を取り下げ、「2島返還」にシフトしたのです。「2島返還」は、1956年の「日ソ共同宣言」に記された内容であり、「法的根拠」がある。安倍総理は、「これで、2島は戻ってくる!」と確信されたのでしょう(昔からの読者さんは、私が当時、「プーチンは島を返す気が全然ないですよ」と書いていたこと、覚えておられるでしょう)。
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日本は、大きな譲歩をした。これに対してプーチンは、どう応じたのか?「新潮社 フォーサイト」2019年3月29日。
「日米安保破棄」が条件「日露交渉」色丹島に見るロシアの本音
今年1月から本格化した日露平和条約交渉は、ロシア側の強硬姿勢で早くも挫折しつつある。
ロシアのメディア『RBK』は3月12日、クレムリンに近い筋の話として、「ロシア政府には日本に島を引き渡す計画はない」と報じた。ウラジーミル・プーチン大統領も3月14日、財界人との非公開会議で、平和条約交渉は「失速した」と述べ、「まず日本が日米安保条約から離脱しなければならない」と強調したと報じられた。
わかりますか。誠実に取り組まれた安倍総理は、大きな大きな譲歩をした。それに対してプーチンの答えは、「まず日本が日米安保条約から離脱しなければならない」でした。
皆さん、こういう経緯があったこと覚えておられますか?こういう経緯を覚えていれば、
「プーチンさんは安倍総理が大好きだった!」
「彼は、安倍総理を忘れていない!誠実な人だ!」
「親日だ!」
「柔道の心を知っている!」
などと言えるはずはありません。経緯を全部知っている私たちにとっては、プーチンは、「日本から金と技術を、なんの見返りもなしで奪いたかった男」に過ぎません。
そう、安倍総理は、誠実に日ロ関係の問題解決に取り組まれた。プーチンは、島を返さず、金と技術をもらいたかった。これは、明らかです。
日本は、「天安門事件後の教訓」を忘れるな
率直にいって、日本ほど騙されやすい国はありません。「平和ボケ」とバカにされるゆえんです。
今回の件で思い出されるのは、「天安門事件後」のことです。1989年、中国共産党は、天安門で学生たちを大虐殺しました。それで、欧米日が制裁を科し、中国の発展は止まるかに見えたのです。
プーチンと同じように狡猾な中国共産党は、「どうしようか」と検討しました。そして、世界一お人好しな日本を「突破口」に選んだのです。
具体的には、何をしたのか?日本政府に、天皇陛下の訪中を、繰り返し繰り返し要請したのです。
1992年10月、天皇陛下は訪中され、大歓迎を受けました。これを見ていた欧米は、「狡猾な日本が、巨大な中国市場を独占するつもりだ!」と焦ります。そして、制裁を解除し、中国は苦境を脱することができたのです。
日本は、結果的に中国を救った恩人になりました。
問題は、この後です。
危機を脱した江沢民は、「欧米は、天安門事件を起こした中国を憎んでいる。この憎しみを日本に向けさせよう」と工作を開始しました。中国国内では、「反日教育」が行われるようになり、欧米を中心に、「南京大虐殺問題」「従軍慰安婦問題」を盛り上げていったのです。
つまり、中国は、天安門事件後の苦境を救った日本の「恩」を「仇」で返したのです。
これは、中国の話ですが、プーチンの思考も江沢民や習近平と変わりません。さすがに天皇陛下を招待はできませんが、安倍昭恵さんを招くことはできます。
プーチンが安倍昭恵さんと会った目的
これは、「トランプ工作」がヤバくなってきたので、今度は「日本工作を活発化させていく」ということでしょう。
プーチンは、戦争を継続したまま、日本に【対ロシア制裁を解除させたい】のです。すると制裁網に穴が開き、ロシア包囲網は崩れます。
プーチンの安倍昭恵さんとの会談には、こういう意図があることを知り、だまされないでおきましょう。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2025年5月30日号より一部抜粋)
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