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ガラパゴスどころかシーラカンスになる日本。EVでもAppleに滅ぼされかねない自動車産業の五里霧中

車載バッテリーに関する弱点が次々と露呈したこともあり、世界的な「EVシフト」が急減速している自動車産業。しかしながらEV化への流れは、深く静かに進み続けているのが現状のようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住の作家・冷泉彰彦さんが、もはや抗うことのできないEVシフトに日本がどのように対応すべきかを考察。その上で、我が国が早急に手を打つべき「次世代を担う人材育成」をめぐる課題を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:EVシフトと経済安全保障を考える

EVシフトと経済安全保障を考える

トランプ政権による温暖化理論否定により、EVシフト、つまり世界における全面的な化石燃料車からEVへの移行が停滞しています。アメリカだけでなく、欧州でも停滞傾向というのはあり、特に「EV前のめり」になったことで国の経済が傾いたドイツの場合などは、急いで修正にかかっているようです。

EVシフトがスローダウンしたのは、政治的なシフトだけではありません。現行モデルの場合は、極端な低温と高温には脆弱だということが、2024年の夏から冬にかけて全世界で一斉に認識されたという問題があります。摂氏で零下10度になるアメリカ北部の五大湖地方でも、夏は摂氏50度になるネバダ州でも、同じように極端な温度下ではEVは実用にならないことが暴露されてしまいました。

テスラ車の場合、電池を適正な温度に保つための「プリコンディショニング」機構が自動で稼働します。そうすると、低温下で充電すると、充電しつつ充電効率を上げるために電池を暖めるわけで、そうすると充電しても蓄電された容量は増えないということになります。高温下でも同じことで、電池の冷却に電気が使われる中で効率が下がるのです。EVの急速な普及により、この種の欠点が大規模な格好で浮き彫りになっています。

全世界的な規模で、トヨタのハイブリッド車が好調なのには、こうした「EVの欠陥」が明らかになったことがあります。その一方で、ではガソリン車回帰が進んでいるかというと、必ずしもそうではありません。どういうことかというと、2つの理由があります。1つは、トランプ現象といっても、貧困や雇用対策に関しては広範な支持がある一方で、世論全体の環境への意識は大きくは変わっていないからです。アメリカを含めた全世界で、特に若い世代を中心に意識面でのEVシフトというのは、トレンドが反転するには至っていません。

2つ目の理由は、技術革新が加速しているからです。EVの、特に電池の場合は、何よりも同一容積あたりの蓄電容量が勝負となりますが、様々なテクノロジーによって改善が進んでいます。その一方で、冷却や暖めの機構に関しても、例えばモーターの精度向上、ポンプの精度向上による効率アップが図られています。

というわけで、世界の自動車業界におけるEVシフト、とりわけEVにおける技術革新の流れは深く静かに進んでいるわけです。日本の経済社会はこの動きにどう対処したらいいのか、そこで問題になるのが、今回のテーマである「経済安全保障」という考え方です。経済安全保障というと、仮想敵国を含む外国に軍事機密をコピーされないように、といった狭義の話題に直結して考えられることが多いようです。

ですが、経済安全保障というのはもっと総合的なものです。まずはGDP、特に一人あたりのGDPを確実に稼ぐことが、イコール国力の回復になるし、国の安全も保障するという考え方をベースにすべきです。経済で勝っていくことは、税収による財政の改善にもなり、また自国通貨の防衛にもなります。いずれにしても、経済で勝っていかないと、安全という面でも勝っていけないのは明白です。

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そう考えると、現在の日本には様々な課題があることが分かります。話題として、最初にお話しているEVシフトはまさにこの点です。現時点では内燃機関、つまり化石燃料を燃焼させて動力を得る機構にまだまだ依存している日本の自動車産業の「裾野」をどうしていくかは大きな問題になります。何よりも、中期的にはEVシフトが拡大する中で、以下の3つの問題が浮上してくると思います。

  1. EV用電池技術の革新により、EVにおける真の利便性・実用性を実現する問題。具体的には充電時間と航続距離、温度性能の改善
  2. EV部品のモジュール化により、場合によっては基幹部品の標準化が起きる
  3. EVとシェアリング、そしてAV(自動運転車)技術の融合により、自家用車を保有するとか、車両の所有権を販売するというビジネスモデルが崩壊

この中で3番目の「自家用車保有の崩壊」というのは、結果的に車両の稼働率が上がる反面、車両を販売するメーカーのビジネスは縮小する可能性があるわけです。ただ、現時点ではこうした変化はスローですので、この問題については、また改めて考えることにします。

また1番目については、とりあえずパナ、トヨタなどが必死で開発しているので、その推移を見守るしかないと思います。問題なのは2番目のモジュール化です。この問題については、部分に分けて考えることにします。

まずは、車体+艤装(内装の非電子部品)です。これは、例えば低速走行用の簡素なクルマだとか、全く新しい車体が出てきたとしても、ガソリン車と同様の技術で対応可能だと思います。具体的にはボディ、内装、シート、などで日本のメーカー(裾野含む)には競争力はあります。

今のような豪華だったり、スポーツとかアウトドアというような使用する環境と絡めた「テイスト」とか「機能」が多様化している「クルマ文化」がある程度、残るのであればということです。

次に、インストロメンタル・パネルなどコントロールについては、メカからスクリーンに移行中で、トヨタは「メカ=高級」という付加価値イメージを死守する姿勢です。ですが、若い世代を中心にパネルでオッケーということですと、アップルなどが一気に攻めてきて日本は市場を喪失するでしょう。この動きはEV以前でも既に進行中です。

仮に、日本の保安基準が「オール・タッチパネル」はダメというような話になっていくと、日本はガラパゴスではなく、進化の止まったシーラカンス化することになります。この辺は、特に部品メーカー、電装メーカーなどについては死活問題ですが、業態転換などで延命するしかなさそうです。車両の操作系はアプリになって、そのアプリに自由競争がある中では、日本もUIのデザインなどを武器に戦うべきですが、アップルなどに対抗可能かというと難しそうです。

駆動系ですが、トランスミッションはEVの場合は基本的に消滅します。一方で、ブレーキについては、回生ブレーキとディスクブレーキの併用ということで、トヨタがハイブリッドで長年やってきたことの延長上に、日本の部品メーカーの残る余地はあるかもしれません。

問題は、駆動系が徹底的に簡素化されていく場合です。車輪に固定ギアを噛ませてモーターを直結。4輪にモーターを配して車軸も省略。そのブラックボックス化した「車輪+モーター」にブレーキも組み込み。という形で、この駆動系が大中小とか、強力とか高速バージョンとかある中で、標準化されて大量生産に乗るというシナリオです。こうした動きは、2モーター化から4モーター化になっていくと、加速すると思います。仮に本当に標準化が進むと、シャシの標準化も進みます。

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では、どうして今、造船なのかというと、色々な理由があると思います。まず、成熟技術ですから軍事用と民生用の二兎を追えるということがあります。軍事用を手掛けているので、技術的に機密事項が発生して民生用ビジネスが阻害されることが少ないからです。また、製造技術が曲がりなりにも継承されているということがあります。豪華客船の製造などでは日本の造船業界は今でも現役で、当然ことながら現役の技術者が存在します。

ですが、とにかく造船の場合は成熟技術ですので極端なロボット化だとか、英語マニュアルを研究しながらトラブルシューティングなどということはないのです。日本の既存の人材で対応可能というわけです。そして人手不足の問題については、恐らくこの「造船業回帰シナリオ」の中では、外国人労働者を活用する、政府としてはそんなつもりなのだと思います。

付加価値の高い方へと進むのであれば航空、あるいは宇宙航空に進むべきですが、三菱の失敗事例のように、「英語のできるエンジニア」が足りないのは致命的です。そんな中では、世界各国のレギュレーションに対応しながら電装系も含めた複雑なシステムを作り上げるとか、巨大プロジェクトのために初期に投資して完成度の高い設計図を作るというのは、難しいと言えます。

その他にも、エネルギー関連、とりわけ日本のお家芸であった原子力の平和利用技術についても、311以降の原子力の不人気、そして東芝とウェスティングハウスの問題などの結果、現在では若手の技術者の人材層は薄くなっています。ですから、菅直人政権当時にかなり前のめりになっていた、原発輸出ビジネスで成長戦略というような構想は夢のまた夢ということになります。

ここまでお話してきて、大きなストーリーは容易に浮かび上がって来ると思います。それは、次世代に関する人材育成の方針です。具体的には、英語とサイエンスのできる人材を育てるということです。いわゆるエリートクラスの人材の場合は、英語とサイエンスが駆使できるのであれば、当面の選択としては欧米やアジアでグローバルな給与水準を求めていってしまうでしょう。これは余程のことがない限り、止められないと思います。彼らの何割かが、将来の日本に直接間接の貢献をするぐらいの期待に止めておくべきです。

そうではなくて、分厚い中間層を「英語とサイエンスが使える」人材にしてゆく、少なくとも中国、韓国、インドに対抗できるだけの、ある程度の量と質のあるまとまった層として育てるのです。

これは裏返しとして、理数系を本格的にやらず、英語も本格的にやらなかった「事務職志望層」というものを、徹底的に解体することが求められます。言い方を変えれば、20世紀まで、いや残念ながら現在も残る「紙と日本語の事務仕事」を徹底的に解体し、巨大な労働力を「英語とサイエンス」の領域に移動させるのです。

その上で、日本のカルチャーに深く根ざした「正確性を求める美意識」「目に見える美や異常に極めて敏感な感知力」といったもの、あるいは「手先の器用さ」「現実主義的な小回りの効く行動様式」などを上乗せしてゆくのです。そのようにして、20世紀から21世紀初頭にかけて、日本がどうしても届かなかった「ソフトウェアにおける世界市場への浸透」「輸送用機器ビジネスを宇宙航空に展開」ということを可能にしてゆくべきです。

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また、EVとAVの二重革命によって変化しつつある自動車産業において、存在感を維持するにもこれは必要です。仮に、軍民を対象にした造船業に進むにしても、素材、設計、電装、エネルギーの各分野を通じて船舶のテクノロジーも進んでいきます。「英語とサイエンス」が使える分厚い人材を用意しなければ、この分野のシェアを取ることも絵に描いた餅にすぎません。

経済安全保障というと、保守イデオロギーであり、守旧派の心情や行動様式と結びついているように見えます。ですが、国の根幹の部分である教育において、とりわけ次世代の教育について、また現役世代のスキルアップにおいて、「英語とサイエンス」の使える人材を分厚く用意するには、社会の明らかな変更が必要です。これをやり遂げなければ、経済的な独立性、安全の保障は実現できないと思います。

日本の複数の大学の先生達から聞いた話では、今でも「英語の点数が悪いので理系を選択した」という若者が一定数いるのだそうです。そういった層を作らないためには、あるいは、その層を「英語とサイエンス」を駆使できる21世紀型の人材に転換するには、何をどうして行ったらいいのか、変革は待ったなしであると考えます。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年11月25日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「外国人観光客に『ランチタイム遠慮して』というそば屋、遠慮は無用」「追悼 山崎元さん」、人気連載「フラッシュバック80」もすぐに読めます。

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  • 【Vol.614】冷泉彰彦のプリンストン通信 『EVシフトと経済安全保障』(11/25)
  • 【Vol.613】冷泉彰彦のプリンストン通信 『高市総理と中国のトラブル』(11/18)
  • 【Vol.612】冷泉彰彦のプリンストン通信  『アメリカ地方選の結果を分析』(11/11)
  • 【Vol.611】冷泉彰彦のプリンストン通信  『選択肢の壊れたアメリカ』(11/4)

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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