トランプ政権によるベネズエラへの軍事侵攻は、明確な国際法違反です。しかし「悪の独裁者を倒す正義の戦い」という主張に対し、冷静な議論が封じられています。もし本当に正義のためなら、なぜ北朝鮮や中国には手を出さないのか。そこには石油利権と南米支配という米国の野望が透けて見えます。国際法の基本原則である主権尊重と武力行使の禁止が崩れるとき、世界はどこへ向かうのでしょうか。メルマガ『小林よしのりライジング』の著者で漫画家の小林よしのりさんが、この問題の本質を鋭く問いかけます。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
国際法違反を指摘すると「浅い」と罵倒される
アメリカのベネズエラ侵攻が全くの国際法違反であることはあまりにも明確なのだが、それを指摘しても、ネトウヨ・自称保守からは「そんな浅いことを言ってる馬鹿がいる」といった罵倒が返って来るばかりだ。
だったら、もう国際法は完全に放棄してもいいのか? そこが最も問われていることなのだが、これにはいったいどう答えるのだろうか?
完全にアメリカの側に立って今回の軍事行動を正当化する者は、ベネズエラのマドゥロ大統領は麻薬犯罪組織の首領という「悪」であって、これを倒すのは「正義」の裁きだと言い張っている。
だが今号で泉美木蘭さんが書いているように、マドゥロと麻薬犯罪組織のつながり自体が証明されていない。 しかもそれが事実だとしても、世界にはもっと大きな「悪」に支配された国がいくらでもある。
その最たる国が北朝鮮だ。 建国以来3代に及ぶ支配者によって、国民が飢餓に追いやられ続け、強制収容所に送られ、拷問され、虐殺され続けている。
アメリカが本当に「正義の戦い」をする国だったら、真っ先に平壌を攻撃して金正恩を拘束すべきだが、決してそれはしない。 トランプは金正恩に対して「対話」を呼びかけるばかりで、金正恩はそれをほとんど無視したまま核・ミサイル能力を強化し続けているのに、それでもアメリカが北朝鮮を攻撃することはない。
中国も同じようなもので、習近平だって「悪の独裁者」であり、国民の人権を侵害しまくっているのに、そんな習近平とトランプは仲良しになりたがっていて、今年は国賓として訪中するのだ。
結局は、ただ自国の「裏庭」の南アメリカ諸国を、キューバからコロンビアから全て親米政権にしてしまって、自分の意のままに操りたい、そして石油資源などの利権を独占したいと思っているだけなのだ。 それからさらに勢いに乗って北にも向かって、グリーンランドまで分捕って縄張りにしたいと、野望を抱いているだけなのだ。
だからベネズエラ侵攻はまだほんの序の口で、アメリカはまだまだ次々に侵略を続けていくかもしれない。 常にこれは「正義の戦い」だと言い張りながら。
国際法、特に「国連憲章」は以下を基本原則として定めている。
●武力の行使の禁止(Article 2(4)):
他国の領土や主権に対して武力を行使・威嚇することを禁止。
●自衛権の例外(Article 51):
武力攻撃を受けた場合のみ自衛権を行使可能。
●安全保障理事会の承認条件:
武力行使の正当化には、安保理の承認が必要であり、正当な集団安保措置でなければならない。
米国は今回、その全てに違反している。
たとえそれが「悪の独裁国家」だろうと、その国の「主権」を犯してはならないと定めているのが国連憲章である。 しかもベネズエラはれっきとした国連加盟国なのである。
この記事の著者・小林よしのりさんのメルマガ
もちろん、米国が主張する「麻薬密輸組織からの自衛」や「マドゥロ政権の排除」が「自衛権の行使」に該当すると解釈する国際法専門家なんか、いるわけがない。
国連の安全保障理事会は5日に緊急会合を開いた。
会合ではアントニオ・グテレス事務総長の「国際法が尊重されなかったことを深く懸念している」との声明が読み上げられた。
米国大使は「彼は非合法な大統領であり、国家元首ではなかった」と攻撃を正当化。 対してベネズエラ大使は「国連憲章に対する米国政府の明白な違反だ」と非難した上で、「国家元首の拉致や主権国家への爆撃が容認されるのであれば、武力こそが国際関係の真の仲裁者であるという(誤った)メッセージを世界に送る」と警告した。
会合では「ベネズエラの次」を恐れるコロンビア、パナマ、ブラジルなど中南米諸国や、グリーンランドを領有するデンマーク、さらにイランなどが批判の声を挙げた。
さらに常任理事国では中国が「米国の行動は国際法と国連憲章に違反する」と批判。 ロシアが「法の支配を無視した行為」として厳しく非難した。 お前らが言うなとも言いたくなるが、会合ではアメリカに国際法・国連憲章に基づく行動を求める国が多数となった。 ただ、ヨーロッパでは国によって対応に温度差がある。
しかしいずれにせよ、アメリカが拒否権を持つ常任理事国である以上、国連が何もできないことは既に明白である。
一方、日本政府は対応に苦慮している。 日米同盟に頼り切っている以上、アメリカを非難することはできない。 だがこれを支持してしまったら、中国が口実を作って台湾に侵攻し、台湾総統を拘束して連れ去ってもいいというメッセージにもなりかねないと、外務省は懸念しているらしい。
そんなわけで日本政府は攻撃の是非について触れることを避け、「邦人の安全確保」と「ベネズエラにおける民主主義の回復及び情勢の安定化に向けた外交努力」を進めると表明するに留めている。
高市早苗も今回はさすがに外務省の言うことをよく聞いて、「あいまい戦略」に徹することにしたようだ。
さらに微妙なのはウクライナのゼレンスキー大統領で、アメリカの支援が絶対に必要な立場で、アメリカの非難はできない。 そこで「独裁者に対してあのような対処ができるのであれば、米国は次に何をすべきか分かっている」と発言し、暗に「次は同様にプーチンを拘束すべきだ」と示唆した。
トランプがそんなことをするはずがないことくらい、ゼレンスキーがわからないはずもなく、これは精いっぱいの皮肉のようにも聞こえる。
そもそもトランプという人間は、国際法どころか自国の国内法ですら、何とも思っていない。
トランプは議会を無視して大統領令を乱発しているが、それらを違憲とする判決が、連邦地裁や高裁レベルで出始めている。
いわゆる「トランプ関税」についても、一審に当たる国際貿易裁判所と、二審の連邦控裁が次々に違法と判断し、今年は連邦最高裁の判断も下される。
しかしトランプはいくら「違憲」という司法判断を下されても全く意に介さず、控訴審で争い続けている。 この先、連邦最高裁が「違憲」の最終判断を下したとしても「司法の横暴だ!」と裁判所を非難して従わないこともありうるし、そうなればトランプ支持者が大騒ぎし始めるのは間違いなく、裁判所を襲撃したっておかしくない。
しかも連邦最高裁には保守派の判事が多数送り込まれているため、どんなに法的に無理があろうと、どんなに司法が信頼を失うことになろうと、「合憲」の判決を下してしまう可能性だってあるのだ。
トランプは自分の利益のことしか考えない。 議会も司法も知ったこっちゃない。 どこまでも私的な感覚のみでルールを決められると思っていて、法治主義そのものをクソ食らえとしか思っていないのである。
いくらなんでも、こんな恣意的なルール感覚がまかり通ってしまったら、大変だということくらいは誰にでもわかるだろう。
人類には歴史に基いた秩序感覚というものがあり、それが慣習法として積み重なっていき、「法の支配」というものが確立してきた。 それは尊重しなければならないということは、認めざるを得ないのである。
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国際法はまだまだ未熟であり、強制力もないから、全く無意味なものにも見えるが、これにも同じことが言える。 人類は果てしなく戦争の歴史を繰り返し、そこに基いて、国際関係にも秩序感覚が必要だという感覚が生じるようになってきた。
特に第一次世界大戦の大惨禍に懲りた後には、「戦時国際法」で戦争をルール化しようという動きが強まっていったのだ。
ところが第二次世界大戦が起こると、せっかく芽生えかけていた国際法は完全に踏みにじられ、特にアメリカは日本に原爆を2発落として民間人を大量虐殺するという史上最大最悪の国際法違反を犯し、さらには「東京裁判」をでっち上げ、単なる「勝者の復讐」を「法の裁き」のように偽装するという暴挙にまで及んだ。
だからこそインドのラダ・ビノード・パール判事は、当時の国際法に正確に照らして「日本無罪」の判決書を書いたのである。
パール判事は「世界連邦」思想の支持者だった。 全世界の国々を「連邦国家」のようにまとめて、国際法の下に秩序づけるという、とてつもなく大きな構想を持っていたのだ。
もちろん80年近く経っても「世界連邦」は実現の兆しすらないし、冷笑主義者からすればこれは「お花畑」にしか見えない発想だろうが、これが提唱されたのは、原爆投下の記憶がまだ生々しい時代だったのだ。
その時代に、この悲劇を二度と繰り返さないためには、なんとしても理想的な世界を目ざさなければならないと考えたことを、せせら笑える人などいるのだろうか?
イラク戦争の際もアメリカはイラクのフセイン大統領を「悪」と決めつけ、何の証拠もない「大量破壊兵器」を口実に侵攻した。
わしはそれを「国際法違反」だと批判したが、そうしたら岡崎久彦や中西輝政ら親米保守派から「国際法なんか役にも立たない」と嘲笑された。 あれから23年経つが、起こっていることが似すぎていて、ほとんどデジャヴュだ。
あの時も自称保守ら右側の人間は、「国際法なんか要らない!強い方が勝つだけだ!」と居直った。
それに対してリベラルら左側の人間は「国際法違反を許すな!国際法を守れ!」と言い張った。
国際法についてはこの二つしか意見がないかのように思われていて、わしも「国際法違反」を主張していたから、この頃はすっかり「左翼」扱いされていた。
だが本当は、わしの立場は右とも左とも違った。
わしは保守であり、いつも言っていることだが、保守はリベラルを内包しているのである。
国際法なんか要らなくて、完全なる弱肉強食の世界に戻してしまっていいという、右の意見と異なっていたことはもちろん明らかである。
しかし、だからといってわしは国際法を「金科玉条」にして、これさえ振りかざせば意味のある批判をしたことになると思っている、左の感覚とも違っていた。
国際法は慣習法であり、現状ではまだ無力であるというのは前提だ。 国際法を執行する権力装置は国連にもなく、違反を取り締まる警察も、強制力のある裁きを下せる裁判所もない。
しかし国際法は慣習の積み重ねだからこそ、その中に人類の英知や尊厳といったものが含まれているのではないか?
もしも人類に英知も尊厳もなく、ただ愚かなだけのものだったとしたら、結局は人類とは滅ぼすべきものでしかなかったという、昔からあるSFみたいな終末を迎えて終わりである。 最後は核戦争を起こして人類絶滅に行き着くまでが必然だったという結論になるだけなのである。
そんな結末を残したくないのであれば、やっぱり国家間の世界的なルール感覚というものを育てていくしかない。 もちろん未だに全部が確定したわけではないし、「世界連邦」なんて永遠に到達しない夢かもしれないが、それでも国際法を徐々に徐々に育てていかなければならない。 それが大人の責任というものじゃないか。
現状の国際法は無力であり、今それにすがっても全く無意味である。 それは、ロシアのウクライナ侵略の時点で証明されてしまった。
それまではわしも、核を持たない日本が核大国に対抗するには国際法を使うしかないと考えていたが、わしはここで思考をアップデートさせ、やっぱり日本も核武装するしかないと考えるようになった。
しかし、だからといって国際法はもう要らないと考えたわけではない。
現状に対処して核武装をしながらも、もっと長いスパンでは、国際法を育てるということを人類共同の努力目標としていくしかないというのが、わしの考えである。
そうしなければ、「人類滅亡」という結末に行くしかないのだから。
国際法なんか要らないと貶める者も、現状の国際法を祭り上げる者も、どちらも国際法とは何なのかを理解していない。
国際法について、理念としてどういう考えを持っているかが問われるのである。
(『小林よしのりライジング』2026年1月6日号より一部抜粋・敬称略。そのほかのコーナーもご覧になりたい方は、この機会にぜひご登録ください)
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