かつて、ザ・ビーチ・ボーイズの音楽が象徴していたアメリカは、明るく、寛容で、どこか無防備な楽園でした。しかし、国際秩序が揺らぎ、力による現状変更が語られる時代において、かつての「憧れのアメリカ」はもはや単純な像として語れなくなっているのが現状です。メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、ビーチ・ボーイズの中心人物ブライアン・ウイルソンの人生と音楽を手がかりに、米国が内包してきた光と影、そして現在進行形の混乱を静かに見つめ直しています。
国際秩序の混乱に、もう少しブライアン・ウイルソン
前回のコラムで東京FMの村上ラジオが特集した「ブライアン・ウイルソン」を起点としてベネズエラに軍事行動を行った米国を照射してみたが、トランプ政権はデンマーク領グリーンランドを手中に収めようという野心を表明し、さらに世界秩序と米国をめぐる状況は混とんとしている。
私たちが憧れていた米国なるものを、再検討するために、もう少し昨年6月に死去したビーチ・ボーイズのブライアンから、この混乱する今を整理したい。
ブライアンが精神疾患と麻薬で長い「闘病生活」後に発表したソロアルバムの中には、前回紹介した「Love And Mercy」(愛と慈(いつく)しみ)の視点が溢れているようで、それは彼が求めていたものであった、と村上春樹さんがさりげなく語っていた。
愛と慈しみ、というフレーズは今こそ、2つが同時に語られる意味を深く考えたいと思う。
人気絶頂でヒット曲を作ることにすべての精力を注ぎこみ、ツアーに行く飛行機の中で「降ろしてくれ!」とパンクした彼は「母性愛を渇望していた」という。そのママはやさしく彼を迎え入れ、ブライアンの好物の料理を作ってくれたと自叙伝には書いてある。
しかし一方でそのママは、虐待まがいの父の言動を止めることはなく、後日、ブライアンも父との関係を語る中で、母親が助けてくれなかったことに失望していたと説明している。
カリフォルニア州ホーソンの3兄弟の長男、ブライアンは繊細かつ責任感のある兄貴で、父親の理不尽な行為を受任していた印象がある。
次男のデニスは自由奔放で、三男のカールは内気。
この3人にいとこのマイク・ラブと同級生のアル・ジャーディンでバンドが結成され、ブライアンの卓越した音楽的才能は突出していた。
5人のカルフォルニアの白人男性による、コーラスとサウンドの調和はポップス音楽の奇跡のようで、英国の奇跡であるビートルズがジョンとポールの才能が絶妙なバランスで表現されていたのに比べると、ビーチ・ボーイズの作り出すものはブライアンの才能がすべてだった。
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誰もがビーチに行けば口ずさんでしまう「サーフィンUSA」「カルフォルニア・ガール」は、そのメロディの秀逸さに完璧なハーモニー、それだけで米国のビーチは天国であるかのような、天然色を湛えている。
声音が重なる多く楽曲が次々と生産されるブライアンの能力は天才的だった。
この「サンシャイン・ポップス」に米国の寛容さを重ね合わせてみてきた。
この音楽があれば米国に夢を見ることができたし、大衆文化にはすべてを内包する包容力を信じられた。
米国に2つの面があると言っても、笑い飛ばせたかもしれない。
しかし、二面性はもはや単純な2つではなくなった。
保守を示す赤い米国(共和党)とリベラルを示す青い米国(民主党)ではなく、クアーズビールを保守派、スターバックスコーヒーをリベラル派のそれぞれのアイコンにするのでもない、力の有無が物事を決める単純明快な論理のもとに、力が世の中を決める二面である。
赤と青ではなく、黒か白か、に近いだろうか。
多様性をなくしていくというのは、すなわち彩を失っていくこととも重なる。
その力を誇示するトランプ大統領は世界最大の島グリーンランドの領有を望んでいる。
19世紀後半にも広大な漁場、野生動物、豊富な鉱山資源を目的に獲得する意向は示していたが、それが今、復活したように見える。歴史を見れば、18世紀の「大覚醒」もちらつく。
米国はキリスト教の国で、新大陸発見から建国を経て、1730年から1740年代にかけてニューイングランドを中心に北東部で起こった第一次大覚醒は、今の米国に形成した。
宗教再生運動とも呼ばれた運動は、米国が宗教国家であることを確信されるもので、社会学者の橋爪大三郎氏は「キリスト教を軸にしてそのまわりにアメリカという国家が形成された」(アメリカ、河出新書)と言う。
ビーチ・ボーイズの名曲『Wouldn’t It Be Nice』(素敵じゃないか)の眩しくて、煌めいている人生を、一緒に共有できるのが、世界と社会のすばらしさのはず。
さらに『God Only Knows』(神のみぞ知る)を聴きながら、それは幻ではない、と信じ続ける日々は続く。
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