昨年末に放送された作家・村上春樹のFM番組「村上ラジオ」は、6月に亡くなったビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンを特集しました。メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、その番組を聞いて感じた「ブライアンが必要としていたもの」が多くの人にも必要だと語ります。
愛と慈しみ─変わった米国に向けた「村上ラジオ」のブライアン・ウイルソン
昨年末、東京FMの村上ラジオは昨年6月に他界したビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンの特集を放送した。
その年を総括するようなタイミングで、彼の死を悼んだのは、私にとっては米国の変化を照射するように象徴的で、村上さんの選曲に、勝手ながら強いメッセージが示されている、と受け取っている。
そして年明け、米国がベネズエラを攻撃し、マドゥロ大統領を拘束するなどの国際秩序を無視する態度への失望が重なった。
ブライアンがいないこと、それはやはり大きなことなのではないかと。
カリフォルニアの明るいビーチをそのまま音楽化したビーチ・ボーイズは寛容なる米国の象徴となったが、1961年のデビューからわずか3年後、楽曲を手掛けるブライアンさんが精神疾患と麻薬中毒により、バンドとしての機能が一部失われ、ビーチ・ボーイズはライブとレコーディングの2つの顔を持つようになるのだが、これが米国の2つの表層に重ねてしまうのだ。
村上ラジオのホームページによると、番組は以下のコメントで始まる。
「こんばんは、村上春樹です。今年ももうそろそろ終わりですね。
何だかあっという間に1年が過ぎてしまいました。この1年いろんなことがありましたが、6月にビーチ・ボーイズの中心人物だったブライアン・ウィルソンがこの世を去りました。
ブライアンは1942年生まれ、亡くなったとき82歳、デビュー以来60年以上にわたる豊かな、そして波乱に富んだ音楽人生でした。
今夜は彼を偲んで、『ブライアン・ウィルソン・メモリアル』というタイトルで番組をお送りします」
村上さんだけではなく、ブライアンを語る時には、多くの人があたたかいまなざしになるような気がするのは私だけだろうか。
音楽好きで、繊細な少年がそのまま大人になり、齢を重ねた姿を愛おしく思ってしまうのだ。
この特集でも、村上さんがブライアンさんの表現したかったものに、やさしく寄り添ったような気がする。
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