ユダヤ系アメリカ人投資家ジョージ・ソロス。彼はかつてアメリカ一極主義のブッシュを嫌い、大の親中派であったと言います。しかし中国の不穏な動きや噂が広まる中、ソロスを筆頭とする「国際金融資本」も態度を変え始めたようです。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で詳しく見ていきましょう。
ソロスの言動からわかる、「国際金融資本」と中国の関係の変化
「世界三大投資家」といえば、
・ウォーレン・バフェットさん
・ジム・ロジャーズさん
・ジョージ・ソロスさん
今回は、ジョージ・ソロスさんのお話。
ジョージ・ソロスとは?
ジョージ・ソロスさんは1930年、ハンガリーのブタペストで生まれました。ユダヤ系です。ブルームバーグによると、2015年時点の資産は277億ドル(約3兆3,240億円)。世界で24番目の大富豪だそうです。
17歳でイギリスに渡り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを卒業。1973年、(後の世界3大投資家)ジム・ロジャーズと共にクォンタム・ファンドを設立。同ファンドは、10年で3,365%のリターンを得て、世界的に知られるようになります。
1992年、イギリス通貨ポンドの空売りを行い、15億ドルの利益を得る(以後、「イングランド銀行をつぶした男」と呼ばれるようになる)。1998年、クォンタム・ファンドは、運用資産で世界一のヘッジファンドに。2010年、ファンド規模が、史上最高額の270億ドル(約3兆2,400円)に。2013年、アベノミクス相場で10億ドルの利益を得る。同年、クォンタム・ファンドは、ヘッジファンド史上最高55億ドル(6,600億円)の利益を得る。
こう見ると、40年以上も投資で成功しつづけている。まさに「世界三大投資家」という名にふさわしい人ですね。
「グローバル政治家」としてのジョージ・ソロス
実をいうとソロスさんには、バフェットさんやロジャーズさんとは違う顔があります。彼は、「国際政治」に深く関わっているのです。「国境なき政治家」を自任しています。いったい何をしているのでしょうか?
彼は世界中の(特に独裁色の強い)国々に、「オープン・ソサエティ財団」というのをつくっている。この財団は何をしているかというと、「開かれた社会をつくっている」という名目。要は、「民主化支援」をしているわけです。
「民主化支援」というと「美しい響き」ですが。しかし、統治者からすると、「革命を扇動している」ともいえます。そう、ソロスさんは、「革命支援」を行っているのです。
「トンデモ、トンデモ、トンデモ~~~~!!!」
そんな声が聞こえてきます。1つ例を挙げておきましょう。03年11月、ジョージア(旧グルジア)で、「バラ革命」が起こりました。この革命で追放されたシェワルナゼ大統領(当時)は、なんと語っているか?
03年12月1日時事通信。
グルジア政変の陰にソロス氏?=シェワルナゼ前大統領が主張
【モスクワ1日時事】グルジアのシェワルナゼ前大統領は、11月30日放映のロシア公共テレビの討論番組に参加し、グルジアの政変が米国の著名な投資家、ジョージ・ソロス氏によって仕組まれたと名指しで非難した。
ソロス氏は、旧ソ連諸国各地に民主化支援の財団を設置、シェワルナゼ前政権に対しても批判を繰り返していた。
こういう活動を、アメリカ政府の承認なしで行えるはずがありません。つまり、彼は、「アメリカの世界戦略」に深く関わっている。
ところが、ここで話が複雑になってきます。グルジアで革命が起こったのは、03年11月。この時、アメリカ大統領はブッシュでした。そして、ソロスは、有名な「反ブッシュ」なのです。ブッシュが2期目に突入しないよう、「全財産をかけてブッシュを破る」と公言していたぐらいです(しかし、ブッシュは再選され、ソロスは富を増やしつづけた)。
なぜソロスは「反ブッシュ」なのでしょうか?彼は、ブッシュとネオコンがすすめた「一極主義」に反対だった。そして、基本的に「多極主義者」である。
「多極主義」とはなんでしょうか? 「アメリカ一極世界をぶち壊し、いくつかの極(多極)が共存、併存する世界を創ろう」という主義です。
02~03年、運動を主導したのは、フランス・シラク大統領とドイツ・シュレイダー首相でした。しかし、運動の中心は、その後ロシア、中国に移っていきます。
ソロスがグルジアの民主化を支援した。これは、ブッシュ政権の利益でもあります。しかし、ソロスは、「反ブッシュ」。ソロスは、ブッシュ政権の代理人として活動していたというより、「グローバリズム」を推進する「国際金融資本」の一員して、「オープン・ソサエティ財団」をやっているのでしょう(ソロス自身は、「グローバリズム」や「市場原理主義」を批判している(!)。しかし、彼がやっていることは、まさに「グローバリズム推進」といえる)。
ところでソロスは、「反ロシア」で知られています。ソロスは、ロシアが「勢力圏」と考えている旧ソ連諸国で「革命運動」をしている。ここで利害が対立しています。そして、プーチンは、「ソロスは、ロシアでも革命を起こすつもりだ」と疑っている。プーチンとソロスは、極めて険悪な仲だったのです。
多極主義と中国への期待
さて、ソロスは、「多極主義者」。「多極主義者」なのに、その運動のリーダーである「ロシア」が嫌い。では、「多極主義」、もう1つのリーダー「中国」についてはどうなのでしょうか?
これ、つい最近まで、「きわめて肯定的」だったのです。
06年に出版された、「世界秩序の崩壊 『自分さえよければ社会』への警鐘/ジョージ・ソロス」には、以下のように記されています。
ところが、ここに、皮肉にも愚かな事態が起きた。
近隣の大国・中国が基本的に多極主義を受け入れ始めた矢先、アメリカ合衆国が正反対な方向へと動き、国際的な諸制度への疑念を強め、最近の国家安全保障面での難題に対して大幅に一極主義的な治療策を遂行したのである。
ここでソロスがいっているのは、
「多極主義を受け入れた中国は賢明だ」
「一極主義のアメリカブッシュ政権は愚かだ」
ということです。つまり、彼の頭の中では、06年の時点で、
「アメリカ、ブッシュ政権はバカ」
「中国は、賢明」
という構図になっていた。さらにソロスは、いいます。
日本は、この両国の板挟みになった。
かたや最大のパトロンかつ保護国ながら、昨今益々世界の多くの国々との折り合いが悪くなってきたアメリカ。
かたやその経済的繁栄を持続させ確保すべく国際的システムにおいて安定と現状維持を志向しつつある中国。
どうですか、これ???
かたやその経済的繁栄を持続させ確保すべく国際的システムにおいて安定と現状維持を志向しつつある中国。
ソロスさん、中国については、「最高評価」といってもいいでしょう。
・ソロスは、アメリカブッシュ政権が嫌い
・中国が好き
こういう思考を持っているところ、アメリカでは「住宅バブル」が崩壊した。07年、「サブプライム問題」が顕在化してきた。そして、彼は08年1月、リーマンショックが起こる8か月前に、決定的宣言をします。
「現在の危機は、ドルを国際通貨とする時代の終えんを意味する。ワシントン・コンセンサスではなく、新しい保安官が必要だ」と述べた。
(ジョージ・ソロス ロイター1月24日)
この時点でソロスは、「アメリカの時代は終わってもいい。俺たちは、中国と共に繁栄していける!」と考えていたのでしょう。2010年11月、彼はこんなことを言っています。
アメリカから中国への、パワーと影響力の本当に驚くべき、急速な遷移があり、それはちょうど第2次世界大戦後の英国の衰退とアメリカへの覇権の移行に喩えられる
今日、中国は活発な経済のみならず、実際に、アメリカよりもより機能的な政府を持っているという議論を呼ぶであろう
ここまで読まれて、陰謀論好きの人は、思い出すことがあるでしょう。そう、
世界を支配しているのは、「国際金融資本」である。
「国際金融資本」は、国境を超越しているので、別にアメリカが覇権国家でなくてもかまわない。
国際金融資本は、中国を「次の覇権国家」にしようと決意している
という話。ソロスの言動を見ていくと、この説があながち「トンデモ」ではないことが見えてくるのです。ところが…。
ソロス、中国を見捨てる
ところが、ソロスの期待は、「アッ」という間に裏切られます。12年、既に彼は「反中」に転じていました。12年10月、「成長モデルが息切れしつつある」と発言。13年5月、中国の高利金融商品が、「サブプライムローン」に似ていると批判。14年1月、「中国の成長モデルはすでに力を失っている」と指摘。
そして、2016年1月21日、ソロスは、また「あまりに率直な発言」で世界を仰天させます。
ソロス氏:中国のハードランディングは不可避、株投資は時期尚早 (2)
Bloomberg 1月22日(金)9時54分配信
(ブルームバーグ):著名投資家ジョージ・ソロス氏は21日、中国経済がハードランディングに直面しており、こうした状況は世界的なデフレ圧力の一因になるだろうと述べた。
同氏はまた、中国情勢を考慮して、自分は米株の下落を見込んだ取引をしていると説明した。
ソロス氏はスイス・ダボスでのブルームバーグテレビジョンとのインタビューで、「ハードランディングは事実上不可避だ」と指摘。「私は予想しているのではなく、実際に目にしている」と語った。
中国の
ハードランディングは事実上不可避だ!
私は予想しているのではなく、実際に目にしている!
皆思っているけれど、怖くて口に出せなかったこと。それを、「ドカン」といってしまったソロス。彼は、ダボス会議で、もう1つ驚きの発言をしています。
EUはもっとロシアと協調的になるべきである
以前の彼は、反ロシア、親中国だった。それが今では、転換して親ロシア、反中国になった。ロシアの国営RTRも、この発言を驚きをもって取り上げていました。
ソロスの言動からわかる、国際金融資本の意志
ここまでのソロスの言動から、世界の裏を読み解いてみましょう。
まず、ソロスは、「反ブッシュ」「反一極主義」である。08年1月、ソロスは、「ドル時代の終焉」を宣言し、「アメリカ時代の終わり」を事実上容認した。
一方で、10年時点でソロスは、中国を絶賛している。「今起こっていることは、イギリスからアメリカに覇権が移った時代によく似ている」とし、中国が覇権国家になることを、肯定している。
ところが12年から徐々に反中国に転じ、いまではむしろ「中国経済崩壊」をはやめるような言動をしている(ソロスが、「ハードランディングは不可避だ!」といえば、投資家や企業はますます逃げ、本当にハードランディングする可能性が増すでしょう)。
一体ソロスに何が起こったのでしょう。
皆さんはおわかりですね。
国際金融資本は、「中国は俺たちに従順だから、アメリカから中国に覇権が移っても、俺たちが支配を継続できる」と思っていた。しかし、中国は、次第に傲慢になり、国際金融資本のいうことを聞かなくなってきた。
中国はこれまで、「欧米のつくった枠の中でパワーを得たいだけで、それ以上の野望はない」と繰り返していた。ところが欧米の枠の外に「AIIB」をつくるなどして、国際金融資本に挑戦しはじめた。ソロスも、「中国は、もはや自分勝手に動きはじめた」ということで「反中」に転じたのでしょう。
過去、一極支配を進めるブッシュ政権と多極世界構築を目指すソロスの意見は異なっていた。しかし、今は、「中国崩壊」を目指すアメリカ政府とソロスの思惑が一致している。つまり、「国際金融資本」も「中国つぶしに動きはじめた」ということなのです。
そして、アメリカ政府は、中ロを分断するために、ロシアとの「和解」に動いています。反ロシアだったソロスも、欧州に「ロシアと和解せよ」といっている。
要は、ブッシュ時代バラバラだったアメリカ政府と国際金融資本が1つになって「中国をつぶす」ということなのでしょう。
image by: Wikimedia Commons
『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯
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