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甘利氏のTPP交渉は「本物」だったのか?公開された条約文でわかった恐怖

2月4日に署名式が行われ、発効にまた一歩近づいたTPP。国内メディアは好意的に報道していますが、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』ではこの協定を「アメリカ流のグローバリゼーションを唯々諾々と受け入れ、日本国民からの富の収奪に手を貸すだけ」と手厳しく批判しています。

タフ交渉を自賛する甘利氏が残したTPPの恐怖

2月4日の署名で条文が確定したTPP協定。日本語の仮訳が出たので目を通した。付属書を含め3,000ページ近くもあるうえ、やたら言葉の定義や、同じような文言ばかりで、読むのがおそろしく苦痛だった。

くらくらする頭に、口利き疑惑で辞任した甘利明の顔がちらついた。昨年10月5日、TPP交渉の大筋合意にこぎつけた甘利担当大臣はアトランタの会場で大口をたたいていた。

「米国に対してモノを言えるのはやはり日本が一番なので、かなり私も直接に色々なことを申し入れたし、それはある部分、他の国を代表している言葉にもなった…」

先日のテレビ番組で、御用コメンテーターが「甘利さんの交渉がみごとだったので口利き疑惑が発覚しても内閣支持率は下がらない」などと語っていた。甘利は、ほんとにタフネゴシエーターだったのか。彼を交渉の立役者と呼ぶほど、TPPは日本にとってありがたいものなのか。

政府はTPPによる経済効果をこう分析している。

「TPPが発効し、その効果により我が国が新たな成長経路(均衡状態)に移行した時点において、実質GDP水準は+2.6%増、2014年度のGDPを用いて換算すると、約14兆円の拡大効果が見込まれる」

だが、この14兆円の経済効果がいつになったらもたらされるのかとなると、政府は答えを持っていない。言い換えると、「新たな成長経路」に移行する時点について見通しが全く立っていないのである。

2月4日の衆院予算委員会で民主党の緒方林太郎が石原担当大臣にこう質問した。

「いつTPPによる14兆円の増収効果があるのか。米国の車の関税がゼロになってからだとしたら、30年以上も先になる」

これに対し石原は「時間軸を設定していないモデルです」と繰り返して、煙に巻くばかり。新入りの大臣にして、この厚かましさである。安倍内閣の閣僚たちはみんな、親分に倣うようだ。

いずれにせよ、政府の試算たるものが、TPPの効能を宣伝するための作り物にすぎないことがわかる。日本のメディアは合意内容をどう報じたか。あらためて確認してみた。

● 2015年10月5日産経ニュース

 

難航してきた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉がついに終止符を打った。…アジア太平洋地域に21世紀型の経済秩序を築くTPPは…地域の繁栄と平和を実現する原動力となり得る。…関税が撤廃され、貿易手続きが簡素化されることで、消費者には輸入品が安く買える恩恵が見込まれる。工業製品などを輸出しやすくなり、国内の雇用や収入にも好影響が期待される。

● 2015年10月6日朝日新聞デジタル

 

コメについては、関税を維持したうえで日本が米豪向けに無関税輸入枠を設定。米国向けは当初5万トンで、13年目以降は7万トンにする。(中略)いまは38.5%の牛肉関税を16年目以降に9%、低・中価格の豚肉の大半は、1キロ最大482円の関税を10年目以降に50円に下げる。(中略)一方、日本が撤廃を求めていた米国向けの自動車関税は、いまの2.5%を15年目から段階的に削減し、25年目に撤廃することで決着した。

いずこも関税の話が中心である。たしかに、重要農産品や自動車は日米首脳会談で「センシティビティ」と表現されたTPP交渉の焦点であろう。それぞれの業界関係者の関心が高いのはもちろんだ。

だが筆者は疑い深い。TPPへの記者の関心を関税問題だけに向かわせる誘導が政府によって行われているのではないか。条文を読む限り、とても日本の利益が守られるとは思えないのだ。

おそらく、締め切りに追われる記者クラブの連中にはじっくり中身を吟味する時間などないだろう。しかも、協定内容の原文は外国語であり、仮の邦訳が最近になってようやく出てきたばかりである。役人が用意したレジュメを見ながらレクを聞き、いかにも分かったように書いている。それが実情であるに違いない。その結果、政府の評判が落ちないよう意図された作為的発表を真に受けた記事ができあがり、メディアの拡散で粉飾情報が広がってゆく。

関税の率については7年後、相手国に求められれば再協議する約束があり、事情が変わるかもしれない。

このさい、TPPの「変わらぬこと」について、しっかり書いておきたいと思う。第1章から30章にわたる協定文のなかで、しばしば登場するのが「内国民待遇」という、一般にはなじみのうすい言葉である。

たとえば「物品の貿易」について定めた第2章。

各締約国は、1994年のガット第3条の規定の例により、他の締約国の産品に対して内国民待遇を与える。

「投資」に関する第9章。

各締約国は、自国の領域内で行われる投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営及び売却その他の処分に関し、他の締約国の投資家に対し、同様の状況において自国の投資家に与える待遇よりも不利でない待遇を与える。

いずれも、自国と同様に相手国の企業や人を扱う「内国民待遇」の規定だ。「サービス」「金融サービス」「政府調達」「知的財産の保護」に関する章にも、内国民待遇が明記された。要するに、あらゆる分野の経済活動において、日本政府は相手国の企業や人を自国民と差別してはならないということだ。

たとえば、安価な農産物が輸入されて困ることのないよう国内の農家だけに補助金を政府が支出すれば、TPP協定違反となる。公共事業についても、他の加盟国の企業が参加できるようにしなければならない。

TPPの謳い文句はこうだ。

「モノの関税だけでなく、サービス、投資の自由化を進め、さらには知的財産、電子商取引、国有企業の規律、環境など、幅広い分野で21世紀型のルールを構築する」

自国産業保護のための関税、規制、非関税障壁を取っ払って国境をこえた自由な経済活動をしようというのだから、「内国民待遇」が協定全体に貫かれているのは理屈に合うわけだが、現実には大変なことであるに違いない。なぜなら、内国民待遇を受けとる国民性や国家の力関係の違いが、逆に不平等を生む可能性があるからだ。日本人なら、「まあまあ」と許せることでも、訴訟社会に慣れている米国民だと、些細な違反でも裁判の場に持ち込もうとするかもしれない。

TPPは甘えを許さない仕組みだ。「内国民待遇」など協定のルールを守らなければ、訴訟大国の多国籍企業がワシントンの国際投資紛争解決センター(ICSID)に訴えを起こすだろう。

グローバリズムは、自由の名のもとに、支配と従属の構造を持つ、いわば現代の植民地政策ともいえる側面がある。アメリカがどうしても日本をTPPに引き込みたかった真の理由はそこにあるのではないか。

先述した国際投資紛争解決センター(ICSID)についてだが、第9章「投資」には、次のような取り決めが記されている。

投資紛争が生ずる場合には、申立人及び被申立人は、まず、協議及び交渉を通じて、当該投資紛争を解決するよう努める。…六箇月以内に投資紛争が解決されなかった場合には…申立人は、請求をICSID条約及びICSIDの仲裁手続に関する手続規則による仲裁に付託することができる。

アメリカ、カナダ、メキシコの北米自由貿易協定(NAFTA)と同じように、TPP協定にもISID(投資家対国家の紛争解決)条項が盛り込まれている。

詳しい説明は省くが、紛争解決の仲裁を受け持つのがICSIDである。ICSIDは世界銀行傘下の機関で、同銀行のサイトには「国際投資紛争の調停と仲裁を行う場を提供することで、外国投資の促進に貢献しています。国際投資協定の多くはICSIDを仲裁機関に指定しています」などと書かれている。

長く続いた交渉は、日本国民の目から不都合な真実を覆い隠すための文言や数字づくりに精力を費やしたのが実態ではないか。アメリカ流のグローバリゼーションを唯々諾々と受け入れ、富の収奪に手を貸すだけの合意に終わったのではないか。

戦後、アメリカは、霞が関官僚や研究者を、米名門大学への留学という形で取り込み、米国的な思考法を日本のエリート層に浸透させてきた。かくして米国を怒らせないことが霞が関の政治的現実になってしまった。官僚機構のお飾りに過ぎない大臣は、その振り付けで踊るより仕方がない。甘利もその1人、ということだ。

踊る以外にやっているのは、やはり「口利き」「パーティー」のたぐいだろう。

 

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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