日韓ユネスコバトル!世界文化遺産登録を、新聞各紙はいかに伝えたか?

 

■基本的な認識は「外交的敗北」■

【読売】。「革命」派の《読売》は、記事の中で「西洋の技術を日本の伝統と融合させた日本の重工業発展の歴史をたどる」ものとして、三菱長崎造船所の大型クレーンなど稼働中の資産や「軍艦島」(端島炭鉱)を含む今回の指定に、明るく胸を張っている。韓国のクレームについては、見出し二行目で「日本、韓国に譲歩」と総括。

関連記事の中ではもちろん、その「譲歩」を廻る事柄について解説されているが、基本的な視点は、「関係改善に冷や水」「韓国、外相合意覆す」というタッチ。韓国では今、戦時中に日本に徴用されたとして慰謝料や未払い賃金の支払いを求める訴訟が11件起きている。そうした世論に押されて「強制労働」の文言を国際的な公式文書に載せようとしてきた韓国政府に譲歩し、日本は声明を修正したとして、口惜しさを滲ませている。また、慰安婦問題の解決を首脳会談の条件とする姿勢の韓国政府に対しても、「政府間の信頼関係が損なわれた。国民感情がさらに悪化することも避けられない。この状態で日韓関係を前に動かすことはできない」という政府高官の話も載せている。

■安倍氏のための文化遺産■

【東京】。《東京》も「革命」の文字を使っているが、これは正式表現を要約した結果に過ぎないように見える。関連記事のなかでは、「観光・保全両立に課題」という見出しが立っている。もちろん、「徴用」問題でも紙幅を割いていて、そこで指摘されているのは日本側の交渉の不手際ぶりだ。評論家の加藤康子氏を審議直前に内閣官房参与に任命し、韓国側との調整にあたらせようとしたが、加藤氏の権限を巡り韓国側の疑念があり、交渉は進まなかったという。

結局は、議長国ドイツの仲介によって、ユネスコ分裂に繋がりかねないといわれた投票による決着は避けられ、日本は登録を優先して「意思に反して連れて来られ、厳しい環境のもとで働かされた」との表現を余儀なくされた。政府筋は、「安倍晋三首相に一言一句相談していたと聞いている」とも。なぜか「松下村塾」まで入っている

今回の資産群の登録に必死だったのは、どうやら安倍氏その人であったようだ。

■政治によって貶められている文化…みたいな■

【朝日】。2面の「時時刻刻」は今日の4紙の解説中、出色。委員会審議の模様の描写も精細で分かりやすく、また「徴用工」の英語表現から日本語、韓国語表現を廻るあれこれも面白い。要は「同床異夢」の形で、日本側は「強制労働」の文言は避け、韓国は「意思に反して連れて来られ、働かされた」との表現を勝ち得た。ナチスの強制労働をイメージされては困るが、強いられた労働であったことは認めるという、テクニカルな、しかし相互の国内政治にとって重要な外交的成果があったということになる。

それでも、《朝日》はこうした政治的な駆け引きを含む「世界遺産」騒動に対して、どこか距離を置きたいように見える。見出しに「革命」を使わなかった心性も似たようなベクトルに沿ったものではないだろうか。「時時刻刻」の最後の部分には、ボンでの世界遺産委員会審議を直接取材した編集委員による「視点」が付けられており、そのタイトルは「過ぎた政治介入 教訓に」というもの。「いま世界文化遺産では政治介入が問題化している。」として、「今回、事態を複雑化させた発端は、2国間の歴史認識の問題がユネスコの場に持ち込まれたことにある。

お互いの支持を得ようと繰り広げた日韓両国の外交攻勢は他の委員国を困惑させ、政治介入の根深さをいっそう世界に印象づけた」という。後味が悪かった、過ぎたる政治介入だった、だから、そのような教訓とすべきだという。(*「政治介入の根深さ」のところ、本当は「政治介入の罪深さ」と書きたいのではないか?)

政治的対立の具体論には踏み込まずに、文化に対する政治一般の介入ということで抽象化しないと、今の《朝日》には記事にできないという、いわば記者の溜息のような文章でもある。

帝国主義の時代における「産業遺産」を見てみれば、そこに他民族の抑圧と侵略の痕跡を見つけるのは容易いことだろう。かつて浜矩子教授は、「アベノミクスの目指すのは富国強兵」と喝破したが、安倍政権肝いりの今回の「世界遺産登録」にも、そのような影がつきまとっていることが示されたことにより、政権批判の重要な論点を確保し、あるいは文化遺産に対する深い理解の一助にもなったと考えれば、編集委員氏のように「悲観」的な解説で取材を締めくくる必要もなかっただろうにと、残念に思う。

■譲歩するしかなかった日本■

【毎日】も解説記事、「クローズアップ」でこの問題を詳細に取り上げている。やはり、政治的な駆け引きの側面が強く意識された記事になっていて、日韓の「関係改善ムードに水」を差したというのが基本的なトーン。そして、1面トップの見出しには「革命」の文字が見えない。

日韓外相合意では「技術的な問題」と見られていた徴用工を廻る表現についての調整が難航し、なんとか合意に漕ぎ着けたものの、「関係改善に向けた楽観ムードに水を差された印象は否めない」とする。

交渉の舞台裏については、日本が譲歩せざるを得なかった背景事実について、《毎日》だけが書いている部分がある。仮に今回の登録が持ち越しとなった場合にどうなるか。まず、日本は、来年に登録を目指す案件として「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の推薦を既に決めている。その候補を押しのけて、再び「産業革命遺産」を推すこと自体が難しい。また、日本は今年で委員国の任期が切れるのに対し、韓国は来年も委員国として残る。原則、全会一致で決まる委員会のルールを考えれば、来年の登録はいよいよ難しくなる。「明治日本の産業革命遺産」の登録は、事実上、今年しかチャンスがなかったことになる。

了。

image by: shutterstock

『uttiiの電子版ウォッチ』2015/7/06号より

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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世界遺産になると混むからななぁ……行ってみたいような、行ってみたくないような。

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