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毎年20億円の赤字!「迷走」新国立競技場問題を新聞各紙はどう伝えたか?

7月7日に明らかになった、新国立競技場の2,520億円という膨大な総工費。当初の予定1,625億円から実に895億円も膨らんだことになります。この件について新聞各紙はどう伝えたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが『uttiiの電子版ウォッチ』で分析、各紙の姿勢などについて記しています。

新国立競技場問題、新聞各紙はどう伝えたか

各紙、1面トップは「新国立競技場」問題で揃いました。というわけで、「明治日本の産業革命 世界遺産登録」で揃った一昨日のやり方に倣(なら)い、まずは【基本的な報道内容】を記し、続いて【見出しの比較】を行いたいと思います。

【基本的な報道内容】

2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場建設計画について、日本スポーツ振興センター(JSC)は7日、巨大なアーチ構造の現行デザインのまま、総工費2,520億円で工事を進めることを決定した。都内で開いた有識者会議で了承されたもの。有識者会議(国立競技場将来構想有識者会議、委員14人)はJSC河野一郎理事長の私的諮問機関だが、この問題についての実質的な最終的意思決定機関となっている。

有識者の1人として会議に出席した舛添東京都知事も計画を容認、都の費用負担については明言しなかった。JSCは近くゼネコン2社(大成建設、竹中工務店)と契約。着工は今年10月、19年5月の完成を予定している。

ザハ・ハディド氏のデザインを採用した審査委員会の委員長、安藤忠雄氏はこの日の会議を欠席。

総工費が基本設計時の1625億円より895億円膨らんだ理由についてJSCは、資材費や人件費の上昇、消費税増税の他、アーチの建設などの「競技場の特殊性」と説明したが、詳細は明らかにしなかった。

2,520億円のなかには、電動開閉式屋根の設置や天然芝育成装置の設置費用188億円(時期は先送りされている)と、仮設に変更された1万5,000席の分は含まれておらず、また金額自体は「目標工事費」であり、今後、物価変動などで増える可能性がある。なお、1万5,000席については再び常設化を検討することになった。

屋根を設置したあとの年間収支の見込みは、当初の3億3,000万円から3,800万円に大幅縮小。屋根の設置に約1年掛かり、その間はグラウンドが使えないので、全くの赤字となる。そもそも、建設後50年間に必要な大規模改修費(維持費)も当初の656億円から1,046億円に膨らんでおり、50年間平均で毎年20億円の赤字が続く施設ということになる。

【見出しの比較】

前回もそうでしたが、ここから先は(uttiiの眼)的な物言いになります。ご了承を。

《朝日》■新国立 工費2520億円了承■
《読売》■「新国立」工費2520億円 承認■
《毎日》■新国立 2520億円案了承■
《東京》■新国立維持費1046億円に膨張■

ほとんど違いがないと思われるかと思います。《朝日》、《読売》、《毎日》についてはそうです。《東京》はこの問題で圧倒的な取材力を発揮していて、この日の記者会見でもおそらくは森本智之記者の独壇場だったのではないかと想像しますが、この見出しには重たい意味があります。昨日までの取材をまとめた時に、この問題の全体像がはっきり見えていたのが、やはり森本記者だけだったということが、この見出しを見て、ハッキリ分かるからです。

総工費が2,520億円という事実に対しては、ほとんどの人が素直に「高い」と感じるでしょうが、その後は「仕方がないのではないか」という肯定的な姿勢に傾いていく。ところが、維持費が膨張しているという事実は全く意味が違う。この施設が、高いけれどもキチンとペイするチャンとした施設には程遠く、稼働し始めてから50年間、毎年20億円の赤字を出し続けるとんでもない施設、とんでもない計画だということが表現されているからです。森本記者は「ついに突き止めた」という感触を持ったのではないかと思います。このベラボーさは誰にでも伝わる。

では、以下は各紙個別に。

>>次ページ 朝日・読売の論調は?

■収支の「悪化」では済まされないのでは?■

【朝日】は1面の記事では冷静な筆致で通している。しかし、見出し2行目が「増加765億円分 アーチ構造など原因」となっていて、この見出し2行目に対応するように、記事本文では「アーチ2本で建物を支える特殊なデザインを採用したのは、この日の有識者会議を欠席した建築家の安藤忠雄氏を委員長とする審査委員会だった」と書き、皮肉を込めた批判を滲ませるスタイルを取っている。アーチ構造に問題の核心を見る見方は間違ってはいないだろう。

ところが、この問題の焦点の1つとして急浮上した「大規模改修費」(=維持費)については、記事本文の末尾に「…約1,046億円と見積もった」と書いていて、これは有識者会議に配られたJSC提出資料の末尾、欄外に1行書き加えてあったのと同じ扱い。記者は、このことが示す意味について気が付いていないのかもしれない。まさしく、大見出しが相応しい衝撃的な事実なのに。

関連記事は2面の「時時刻刻」と14面の社説。「時時刻刻」は「新国立あっさり増額」という見出しだが、内容はいくつかの内幕を明らかにしていて、それなりに興味深い。1つは有識者会議の模様。費用に若干でも疑問を呈したのは笠浩史氏のみで、逆に可動席を仮設から常設に戻せという主張(サッカー協会小倉純二名誉会長)や「屋根を付けろ」(音楽著作権協会の都倉俊一会長)というようなリクエストが相次いだこと。舛添都知事の豹変の理由は、与党である都議会自民党による批判だったこと。そして、肝心のアーチについては、JSCのアドバイザーである和田章氏(構造設計の専門家)が「鉄骨だけで200億円」との見通しを示しているうえ、別の建築家からは、「都営大江戸線が走っているので難しいのではないか」との声も出ているという。記事の最後は2,520億円がどういうカネか、他との比較を試みているのは、まあ、詰まらないとまでは言わないが、「お遊び」に見える。ギリシャの対IMF延滞額の方が安かったと言って何になるか。

社説は「これでは祝福できない」とのタイトル。「完成後の採算も怪しい」と書いているのは、収入から支出を差し引いた額が3億3,000万円から3,800万円に大幅縮小されたことを指しているのだろう。併せて、50年間に必要な大規模改修費が1,046億円に膨らんだことにも言及してはいる。しかし、それが「完成後の毎年の収支を、さらに悪化させる要因になる」という評価の仕方は余りにも緩い。粗利3,800万円の企業が、毎年どうやって20億円返せるだろうか。「収支の悪化」という概念では包摂しきれないと私は思う。まあ、だから、《朝日》は見出しにこの問題を反映させられなかったということなのだろう。

■「巨大な沈黙の土木構造物」■

【読売】は、1面記事のリード末尾で「巨額の総工費には批判もあり、財源確保が最大の課題となる」としている。その程度の認識ということだろう。批判があるのは誰だって知っているし、課題を事実上「財源確保」に絞るのは、計画そのものが抱えている問題を不問に付すやりかた。ちょっと気が引けたのか、最後に「『負の遺産』にならないか」と題する記者のコメントが付いていて、そこでは、建設費の高騰、アーチ構造の温存、財源不足、五輪後の工事などなど、「国民に本当に親しまれる施設になるために、課題は山積みだ」と、財源以外の問題も蒸し返している。当然だが。

13面の「論点スペシャル」では、この計画に批判的で独自の代替案を示している建築家の槇文彦氏、JSC理事長河野一郎氏、ザハ・ハディド事務所事務局長のジム・ヘベリン氏の3氏がインタビューを受けている。いくつか驚くような話、大事な論点が出ている。

槇氏の話からは、この建設計画について、JSCの構造解析が完全に終了していないとのことを知った。驚いた。技術的な検証が終わっていないのに建設することなどできるわけがない。それから、「この競技場は、スポーツ競技用の健全な芝生の育成のため、年間12日間しかコンサートなどのイベント使用が許されない」ということ。これは以前から指摘されていたが、槇氏は「既に財政的に破綻している」として、「この施設は、年間50日程度しか使用されない巨大な沈黙の土木構造物」と喝破している。改めて驚愕の事実と言うべきだろう。

JSC河野一郎氏は、これも既知だが、自分たちは文科省からザハ・ハディドの案で進めるよう指示されていて、白紙撤回など、計画を覆す権限がないとのこと。さらにヘベリン氏の発言には驚いた。アーチ構造はかえって工期の短縮になり、コストが下がるというのだ。その心は、自分たちが建設業者を集めればそうできるということのようで、これは槇氏も言うように、「デザイン監修者」に過ぎないザハ事務所サイドの恨み節なのかもしれない。日本企業を施工業者に指定したから高くなるのだと、明け透けに不満をぶちまけている。

社会面の記事を含めて、維持費の問題に言及がない。《読売》には、《朝日》程度の認識もないということだ。

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image by: 日本スポーツ振興センター

『uttiiの電子版ウォッチ』2015/7/8号より一部抜粋

一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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