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【書評】『坂の上の雲』の旅順攻略戦は読み飛ばした方がいい理由

長い歳月をかけ執筆され、1,800万部の大ベストセラーとなった司馬遼太郎の『坂の上の雲』。NHKで超大作ドラマとして放映されたことでも話題となりました。しかし、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんは、司馬によるこの作品を「素晴らしい小説」としながらも、「司馬自身が『史実である』と断っているのが大問題」とし、ある1冊の本を紹介しています。

 

司馬さんに嫌われた乃木、伊地知両将軍の無念を晴らす
西村正・著 高木書房

西村正『司馬さんに嫌われた乃木・伊地知両将軍の無念を晴らす』を読んだ。著者は医師。『坂の上の雲』でステレオタイプの名将東郷平八郎提督、愚将乃木希典将軍が刷り込まれる。それを打ち壊す新事実が出てくるようになり大いに困惑。一からの再勉強を余儀なくされ、この本の執筆に至ったという。

司馬の幕末ものや戦国ものに対する世の中の批判はほとんどない。しかし明治となるとそうはいかない。厳然たる資料は多数ある。歴史は風化していない。偏った史観で断罪されたのでは、当事者の子孫もたまったものではない。しかも、司馬自身が史実であると断っているのが大問題なのだ。

著者は書く。「自分の筋書き展開に有利な資料だけを採用し、虚構の主題を創造し、牽強付会の描写を進める異形の文学ができあがった、そして『真実に、ほぼ100%近い』などと自我自尊のあとがきで補強する。ナイーブな読者は司馬ブランドという先入観もあいまって、コロッと史実と受け入れるだろう。─司馬史観として─。しかし、本当は『司馬私感』なのに……」。

旅順攻略戦は日露戦争のハイライトのひとつで、膨大な犠牲者を出して朝野から批判を浴びたのは事実だ。しかし、乃木希典、伊地知幸介を、事実を曲解し不当に貶めていいわけがない。小説中の二人に対する罵倒は凄まじい。読むのがつらい。

NHK『坂の上の雲』では、乃木・柄本明、伊地知・村田雄浩と無能な役がうまい風貌の役者をあて、司馬によるヒーロー・児玉源太郎を高橋英樹が演じていたことを思い出した。司馬『坂の上の雲』の中には「乃木の戦下手という言葉が何度も出てくる。これに呪縛される読者も多い。なぜ司馬は二人を無能と決めつけたのか、その疑問が真実追求の始まりだった。可能な限りの文献を読みあさり、自分の目で旅順攻略戦を検証するため、第三軍戦いの舞台である旅順へ乗り込む。その実地踏査レポートは圧巻で、その分野に無知なわたしには手に余るが、司馬が罵倒するほどの無能な戦いではなかったことが分かる。

著者は偶然、自衛隊の野戦特科出身の陸将と出会い、砲術についてかねてから疑問であったことを質問攻めする。あの小説は幹部学校での戦史資料とはなり得ず、まして内容など議論にもなっていない、小説だから楽しく読んでいればいい、旅順攻略は世界史的に見て大勝利だ、と陸将にいわれる。司馬のタネ本は内容が誤りだらけの谷寿夫著『機密日露戦史』である。司馬は谷戦史に天才的レトリックを用いて肉付けし、臨場感を与えた。二百三高地の児玉神話は司馬が描いたまったくの虚構である。『坂の上の雲』はじつに胸躍る素晴らしい小説だ。また読み返す。旅順攻略戦部分は読み飛ばせばいいだろう。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock

 

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