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安倍プーチン会談の「惨敗」を伝えない大手新聞社の苦しい言い訳

その内容が明らかになるに連れ、「安倍官邸の惨敗」と言わざるを得なかった日露首脳会談。共同声明すら出せない惨憺たる状況であったにも関わらず、大手新聞各紙の巧妙な「紙面作成」により、多くの国民が、あたかも「進展があった」かのような錯覚を抱かされていると指摘するのはジャーナリストの高野孟さん。自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、新聞各社の弱腰ぶりと記者の不勉強を徹底的に糾弾しています。

日露外交失敗をひた隠しにする安倍官邸──共同声明すら出せなかった余りに大きな隔たり

プーチン来日による日露首脳会談が余りに惨めな失敗だったことについては、本誌前号で詳しく論じ、読者諸賢も国民の多くもそう思っているに違いないので、しつこく繰り返したくないのだが、どうしても注意を喚起しておきたいことを1つだけ付け加えておく。

この首脳会談の結果、両首脳が署名する「共同声明」も、署名を必要としない「共同文書も作成することができずに、結局、日露がそれぞれ自国のプレス用の「報道機関向け声明を発表しただけに終わった事実を、皆さんご存じだろうか。多分、ご存じないと思う。

正直なところ、私も最初は気が付かなくて、数日後に「さて会談はどういう公式文書にまとまったのか、一応全文を読んでおこう」と思って首相官邸のHPを訪ねたところ、16日の両首脳の共同記者会見における安倍晋三首相の冒頭発言だけが掲載されていて、他には何の文書も見当たらない。「あれ? 何やら共同声明のようなものが発表されたんじゃなかったけ」と思って探すが、ない。

それで新聞をひっくり返すと、朝日17日付朝刊第2面に「共同経済活動に関する報道機関向け声明」と、第3面に「自由往来に関する報道機関向け声明」とのそれぞれ要旨がさりげなく載っている。その朝日を含めて各紙の書きぶりは、「両首脳の共同記者会見が行われた。……声明では云々」という風なので、頭の「共同」という言葉と、後の「声明」という言葉が結びついて、「共同声明が出されたような錯覚に陥っていたのだということが判明した。

そこで、そのプレス向け声明についても全文を参照したいと思って探すと、あった! 外務省HP「プーチン・ロシア大統領の訪日(結果)」の中の「3.作成文書」に、その2つのプレス向け声明、「ロシアにおける日本年」「日本におけるロシア年」開催に関する覚書など政府間で計12本の実務的文書に署名したこと、8項目の経済協力プランについて民間が計68本もの文書に署名したことが記されている。ということは、あ、やっぱり共同宣言も共同声明もなかったんだということが確認できた。

さらに16日の朝日夕刊は、「共同記者会見で『共同文書を発表する方向で最終調整に入った。両首脳は文書に署名はしないが、会見でその重要性を強調する見通しだ」と書いていたが、結果から見ると、署名抜きのその共同文書さえも最終調整に失敗し、それでプレス向け声明2通だけになった。ところがそれも日露共同の声明ではなくそれぞれの声明にとどまったのである。

新聞各紙の腑抜け状態

そういうことだったのだということは、上述のように朝日が暗示的に指摘している程度で、どこも明示的には書いていない。ようやく私が見つけた唯一の明示的な指摘は、「週刊文春」先週発売の12月29日号の常設コラム「新聞不信」欄で「政権『目線』の紙面にウンザリ」と題して次のように述べている個所だった。

(共同会見の)翌17日、朝刊各紙は「進展せず」をメインで報じると予想したが、見事に裏切られた。朝毎読日経4紙は北方4島での共同経済活動に向けた「特別な制度」構築へ協議開始することで合意したことを大きく取り上げ、事の本質を脇に追いやった。「経済活動」は安倍首相が提案し、領土で譲歩を引き出す狙いだった。それが出来なかった以上、期待はずれと言わざるを得ない。

 

産経・東京は「重要性で一致」「真摯な決意」と平和条約に向けた合意をメインにしたが、他の4紙と五十歩百歩。単なるお念仏に過ぎず、展望はない。「『引き分け』より後退か」(産経)など、各紙とも関連記事をすべて読めば失敗外交とわかるが、冷厳な結果を直截に伝えねば役割放棄と言わざるを得ない。

 

それだけではない。合意内容を含む「共同声明」「共同宣言」という名称で発表できず、「プレス向け声明」になった。しかも、日ロが別々に発表した。日本側が国後、択捉、歯舞、色丹の4島を明記する一方、ロシア側が「南クリール諸島」を譲らなかったという(朝日第2面)。

 

溝の深さを浮き彫りにする話だが、他紙には載っておらず、官邸にとって不都合な事実を書かなかったと勘ぐられても文句は言えまい……。

その通りである。この欄は外部のジャーナリストに匿名で書かせていて、私も昔、1~2度依頼を受けて書いたことがあるが、たまに文春的論調と離れたズバリの切り込みが見られるので、目配り対象の1つである。まさに官邸は「失敗」と放列を揃えられることを何よりも恐れて、必死の抑え込み工作をおこなったに違いなく、それに多くは屈して国民を目眩ましにかけるような紙面作りをしたのである。

昔の「大本営発表」と同じ偽情報による国民心理の総動員が罷り通っているのだが、その時代と決定的に違うのは、コラム氏が指摘するように「各紙とも関連記事をすべて読めば失敗外交とわかる」ようになっていて、たぶん各紙の「言い訳」は、「いや、大見出しは官邸の指示に沿うようにしたが、全紙面をそれ一色で埋めることはさすがにしていませんよ」ということなのかもしれないが、一般の読者が自分の購読する1紙を隅々まで読んで自分の頭で考えることは希だろうし、ましてネットニュースの要約版やテレビの解説だけで済ませている人がそういう関連記事に接する機会はない。私の場合は、主要紙のほぼすべての関連記事のみならず、マイナーなメディアの論調や英字の新聞やニュースサイトまで視野に入れているから、欺されることは滅多になく、その知見に基づく解析結果を本誌で吐露している訳である。

しかし、安倍・プーチンが「共同声明」さえ出せないほど折り合いがつかなかったことを国民に隠そうとするとは、まこと国の将来を傷つける政府による危険な自傷行為と言える。

安倍の言葉を受け売りに

コラム氏が言うように、朝毎読日経4紙は北方4島での共同経済活動に向けた「特別な制度構築へ協議開始することで合意したことを大きく取り上げ」た。これは、どこから採った見出しの立て方かというと、16日の共同会見で安倍が、

この「新たなアプローチ」に基づき、今回、四島において共同経済活動を行うための「特別な制度」について、交渉を開始することで合意しました。この共同経済活動は、日露両国の平和条約問題に関する立場を害さないという共通認識の下に進められるものであり、この「特別な制度」は、日露両国の間にのみ創設されるものです。これは平和条約の締結に向けた重要な一歩であります。

と述べた部分である。

ところが、その同じ会見でプーチンが述べたのは、

平和条約が今ないということは過去の負の遺産だと思っています。相互の信頼を確認するための、血のにじむような仕事を行っています。この意味において、安倍首相のイニシアシブにおいて、南クリル諸島における共同経済活動も考えられています。このようなことを実現することで、平和条約締結に向けた信頼の醸成が行われていると思っています。
(産経16日付要約による)

という言い方であって、「特別な制度」に関して交渉開始で合意したとは言っていないしその言葉にさえ触れていない。また安倍は、それが「平和条約締結に向けた重要な一歩」と言っているのに、プーチンは「平和条約締結に向けた信頼の醸成」だとしか言っていない。

普通、記者たる者は、同じ会見で安倍が盛んに「合意した」と言っていることについてプーチンがその言葉を使わないということは、「ん? 合意していないんだな」「少なくともその言葉の解釈でズレがあるのかもしれない」と思って、そこを突っ込んで質問したり取材したりして確かめなくてはおかしい。ところが、そういう疑問を持つこともなく、安倍の一方的な希望的観測を込めた言葉遣いを平気で大見出しに持って来てしまうのが、今時の大新聞である。

またその共同経済活動が実現したとして、それをストレートに「平和条約締結への一歩」と言うのか、「信頼醸成の一環」としか位置付けないのかは、これまでプーチンがこの件について何を言ってきたかを知っていれば、2人の間の溝が埋まらなかった証拠と捉えるのが当然であるが、記者たちにその知識・教養の深さもニュース感覚の鋭さもない

こうやって、安倍に都合のいいような大政翼賛的な大見出しがいとも簡単に作られて紙面に踊り、それしか見ない国民の多くは何も考えることなく羊の如くそれに従うのである。世も末のプーチン来日報道であった。

image by: 首相官邸

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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