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アメリカファーストの誤算。米国人の失業の原因は別にあった!

海外のメディアで報じられたニュースを解説する『心をつなぐ英会話メルマガ』では、日本のマスコミではあまり報じられない切り口で、本当はどういう意味で報じられているのかを詳しく伝えています。

今週のテーマは、「アメリカの大統領就任式の速報解説」です。

【海外ニュース】

This is literally true. The Washington area has become one of the most prosperous parts of the United States in recent decades, while much of the country has stagnated economically.

訳:彼の就任演説で言っていることはその通りだ。ワシントンDCはアメリカでも最も繁栄した地域になっているものの、他の地方の多くは経済的な停滞の中で苦しんでいる。
(New York Timesより)

【ニュース解説】

トランプ大統領の就任演説は、英語がネイティブでない人が聴いてもわかりやすい、平易な英語と簡単な表現で、しかもスピードもゆっくりと行われました。それは、アメリカの歴史や伝統、そして価値観に触れながら、アメリカ人に語りかけていた過去の数人の大統領のスピーチと比べても、極めて異例なほど単純で伝わりやすい内容でした。

ニューヨークタイムズが指摘したように、アメリカでは貧富の差や知的格差が拡大し、その不満がこの新政権を生んだのです。それは、アメリカの政治の専門家、経済や外交に関する知識人、さらにそれを支える高等教育と職場での競争を勝ち抜いた人々への不満の爆発でもありました。だから、彼は就任演説では誰にでもわかる単純な言葉と表現に終始したのです。

でも、単純でわかり易いメッセージはときには危険です。それは、全ての背景や歴史や社会での人のつながり、そして事情を無視してこそできることです。

例えば、国のリーダーは「罪を憎んで人を憎まず」の姿勢が大切です。

殺人者がいたとして、「この殺人者を厳しく罰するぞ」といえば単純明快なスピーチになりますが、「この犯罪を生んだ背景はなんだろう。みんなで考え、また同じことがおきない社会を作るために、犯罪に至った過程をしっかりと見つめよう」といえば、複雑なメッセージとなり、犯罪に怒る人々は苛立ちます。しかし政治家には、こうした複雑さを考えるスタンスが必要です。どのような国でも、単純なメッセージが横行するとき、その国の未来に陰が落ちます。

トランプ大統領が、過去の大統領のスピーチとは異なり、今回のスピーチで特に多用した言葉に protect という言葉があります。国民と国の安全を「protect」して、ワシントンの政治家の閉ざされた「クラブ」から政治を国民に戻すと彼は誓いました。そして、世界の国々が自分の利益を考えるように、アメリカも世界を防衛するがあまり自分の国を疲弊させるのではなく、自分の国の繁栄を一番に考えるようにすると明言しました。America first という意思表示です。

この単純なメッセージは、生活への不安を抱えるアメリカの保守的な中産階級に強いメッセージとして捉えられました。しかし、彼らの生活も、世界の様々なリンクと交流の上に成り立っているという複雑さは一切語られていません。これがどのような方向にアメリカを導くのか心配です。

冒頭でトランプ大統領の指摘の一部を認めたニューヨークタイムズが、同じ紙面で新大統領が「海外からの経済進出にアメリカの労働者が職を奪われている」と指摘していることで、面白い反論を載せています。

中国の安価な輸入品でアメリカの労働市場がダメージを受けているというが、アメリカ人が職を失っている最も大きな原因は、技術革新やオートメーション化による工場や職場の合理化にもあると同紙は指摘しているのです。中国のことを指摘すれば、人は単純に頷きますが、アメリカ社会での経済活動の複雑さを地道に指摘する人は、とかく無視されがちです。失業の大きな原因は、アメリカ国内の裕福な人々の利益を優先する姿勢にもよるものだというわけです。

トランプ大統領は、protectという言葉を多用した反面、歴代の大統領が強調した freedom や diversity など、アメリカの価値や理念に関する言葉は一度も使用しませんでした。むしろ、多くの人々が愛国心の元で一つになろうと強く訴えました。これは苛立つアメリカ人の心理の裏返しのように思えます。しかし、こうしたことを訴えることで、逆にアメリカが小さく、精神的に余裕のない国になりつつあるようにすら思えるのです。衰退する「おおらかなアメリカ」の序奏とならないことを祈ります。

今回は民主党の議員の多くが参加をボイコットし、就任後のパレードでもトランプ大統領に反対する人が抗議行動の末200人以上逮捕されるなど、波乱含みの就任式でした。そして、この演説を受けて、軍事と経済でアメリアに大きく関係している日本も今後への影響を考えなければなりません。「アメリカが海外に兵隊を送り、世界が繁栄し、そのためにアメリカが経済的にも苦しんでいる」とトランプが明言していることに注目しましょう。

日米安全保障条約が即時に変化することはありません。でも、今後のアメリカは、国内企業を保護し、統計上の雇用創造を強調するために、日本企業や貿易のあり方、駐留アメリカ軍の負担の課題などで、今までにないビジネスライクな要求をしてくる可能性があるのです。

過去に比べ、世界は人の頭脳のように密に交流し交錯しています。単純には片付けられない現実です。一つの政策が、世界という頭脳全体にダメージを与えることも考えられます。これから、こうしたことがおきないよう注視してゆかなければならないのです。

今年は、アメリカでの大統領就任式に始まって、世界に「自国のプロテクション」の名のもとに、大きなチェーンリアクションがおこるのではと危惧しているのは私だけではないはずです。

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【著者】 山久瀬洋二 【発行周期】 ほぼ週刊

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