MAG2 NEWS MENU

日本、過労死ね。残業「月最大100時間」合意を新聞はどう伝えたか

残業時間の上限「月100時間の壁」を巡り対立を続けていた経団連と連合ですが、13日、両団体の会長と首相官邸で会談した安倍総理は「月100時間未満」とするよう要請、連合サイドに軍配を上げた形となりました。しかし、メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんは「繁忙期の1カ月とはいえ、月に100時間の長時間労働にお墨付きを与えてしまった」と批判した上で、新聞各紙のこの件の報じ方を詳細に分析しています。

長時間労働の事実上の是認か?「月100時間で決着」した残業時間の上限規制について、各紙はどう報じたか

【ラインナップ】

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「東芝、決算発表再延期へ」
《読売》…「残業『月100時間未満』で決着」
《毎日》…「退位特例法 17日合意」
《東京》…「残業『月最大100時間』合意」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「防衛相と森友 疎遠? 旧知?」
《読売》…「政治決断 連合に配慮」
《毎日》…「過労死防止は不透明」
《東京》…「原発避難集団訴訟 17日初判決」

ハドル

「残業時間の上限規制」の決着のさせ方には「演出臭がプンプンします。ほとんど無意味な「対立」を安倍氏の一言で裁定する、それも労働組合寄りに裁くように見せかける演出です。ところが、ちょっと考えれば分かることですが、長時間労働を規制するはずが、繁忙期の1カ月とはいえ、月に100時間の長時間労働にお墨付きを与えてしまった。さて、この問題を、各紙はどんなふうに伝えているのでしょうか。見てみることにします。今日のテーマは…、長時間労働の事実上の是認か? 月100時間で決着した残業時間の上限規制について各紙はどう報じたか、です。

基本的な報道内容

経団連の榊原会長と連合の神津会長は、焦点となっていた、「長時間労働是正に向けた残業時間の上限規制」について、繁忙期は月最大100時間を基準として法定することで合意した。両氏と会談した安倍総理は、月100時間未満で合意するよう求めた。

政府はこの合意を受け、労働基準法を改正、同法36条に基づく労使協定で可能となる残業時間の上限について、残業は原則月45時間年360時間」とし、繁忙期の特例的な上限として「月100時間を基準値とすること、また、2~6ヶ月間の平均を80時間以内に、さらに、年720時間(月平均60時間)以内、さらに月45時間超は年に6カ月まで、とする。違反には罰則を科す

また、退社から次の出社までに一定の休息時間を確保する「インターバル制度については、全面的な導入を見送った。他方、その普及に向けて有識者検討会を設置し、法令で企業に努力義務を課す。

「月100時間、2カ月平均80時間残業」を上限とすることについて、電通の新入社員で過労自殺した高橋まつりさんの母は、「全く納得できないと強く反発。「人間の命と健康に関わるルールに、このような特例が認められていいはずがありません」とコメントした。

首相の「裁定」

【朝日】は1面左肩と7面の関連記事。まずは見出しを。

1面

7面

uttiiの眼

見出しにも表れているように、《朝日》は、労使の合意によって事実上決まった「残業時間の上限規制」の4つほどある条件のうち、「繁忙期でも月100時間の1点に注目、経営側は「100時間」、労働側は「100時間未満」という微妙なに報道価値を見出したかのような書き方になっている。

7面記事でもその点は引き継がれ、なぜそうなのかについて、背景が語られている。例によって、《朝日》の記事は話が行ったり来たりするので、翻訳が必要になるのだが、要するにどういうことかというと…。

もともと、「繁忙期の上限月100時間」を基準に規制する点で労使双方は一致していた。政府と経団連とすれば本当はやりたくないが、今回は「上限規制」止むなしとして、ならば「100時間」で通そうというわけで、政府案が公表された。しかし、民進党など野党が「100時間まで働かせていいということは、過労死ラインまで働かせていいとお墨付きを与えるもの」との批判が噴出、遺族の団体も同様の批判を強めた。国会で、「政府は過労死を容認していると言われたくないため、結局は、労働側が強く主張する100時間未満に揃えることになったと。

以上の内容は、さも、大事な政治的妥協がなされたかのように書かれているのだが、7面記事の最後の5行では、こんなことを言ってしまっている。

だが、そもそも「過労死ライン」ギリギリまで残業できる規制に対する働き手の疑問の声は根強く、批判はやみそうにない。

全くその通りだが、だとすれば、1面と7面の記事を使って「100時間」と「100時間未満」の「攻防」を描いてきたことにはどんな意味があったのか。ちょっと考えれば分かることだが、「100時間」規制で守れない働き手の命が、「100時間未満」と法律に書き込まれただけで急に守られるようになるはずはない。いずれも、長時間労働を是認するまやかしの規制に過ぎない

そもそも100時間を「過労死ライン」と呼ぶのは何故かと言えば、それは、労災認定の際に、過労死との因果関係を判定する基準の1つで、「発症前1ヶ月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合に労働災害を認めるという、クリティカルな数字だからであって、その100時間がたとえ「100時間未満」と書き換えられたとしても、その、人の命を危機に陥れかねない凶暴さにおいては、ほとんど違いはない。それに、残業をさせる側は、繁忙期1ヵ月におけるある労働者の残業時間が、99時間59分になるよう記録をコントロールするかもしれない。この場合、「未満」という限定に、人の命を救う力はない。だから、野党が「過労死ラインまで働かせていいのか」と批判するのは誠に正しいと言わなければならない。

高橋まつりさんのお母さんが「月100時間残業を認めることに、強く反対します」と抗議の意志を滲ませた発言をされているのを見れば、少なくとも、安倍氏による裁定などには何の意味もないということが分かるだろう。

その差は1秒

【読売】は1面トップと3面の関連記事。見出しから。

1面

3面

uttiiの眼

《読売》もまた、「月100時間未満」で決着したことについて首相のイニシアチブを強調する書き方になっている。

合意された「残業時間の上限規制」に関わる4条件と「インターバル制度」の普及促進に向けた措置については、《読売》の示し方は非常に分かりやすい。1面記事では、各条件が色分けされた矢印の柱に見立てられ、うまく図示されている。これを見ていると、「繁忙期の月100時間残業」というのもなるほど恐ろしいが、繁忙期であろうがなかろうが、今もこれからも「月45時間、年360時間の残業が36協定締結によって原則として認められるという事実に驚愕する。安倍内閣の「働き方改革」の帰結として、自分の働き方はどう変わるのか、イメージしてみてはどうだろうか。

3面は「100時間未満」決着についての《読売》流解説。リードには「経団連と連合がともに組織内に不満を抱える中、安倍首相の『政治決断』で連合の顔を立てた形だ」と言っている。

「100時間未満」での決着の背景については、《朝日》の説明よりも、かなり多面的な描写になっている。まず、両者の違いは「100時間丁度が違反になるかどうか」だけの違いだというロジカルな解説。政府関係者は実質1秒しか変わらないと言ったという(うまい!)。それでも、象徴的な文言ということで両者は頑なだったのだが、それを総理の裁定で、しかも連合側に配慮する形で決着させたので、「民進党は関連法案に反対しづらく国会審議はスムースに進むだろう」と見られているという。

残業規制自体の意味づけについても3面記事は説明が分かりやすい。現在、36協定を労使で結びさえすれば事実上青天井の残業が可能となるのに対し、新しい規制では、厚労相告示で決められている「月45時間、年360時間」を原則とし、さらに複数の制限が入ることになる。

演出された「合意」

【毎日】は1面左肩と3面の解説記事及びQ&Aの「なるほドリ」。見出しから。

1面

3面

uttiiの眼

《毎日》も《読売》のように、残業時間の上限規制の全体を図示しようとしているが、頑張りすぎてしまったためにかえって分かりづらいものになっている。

1面記事はそれでもユニークな内容がいくつかある。1つはメンタルヘルスやパワハラ対策を進めることも法案に盛り込むという点、また現行では残業上限の対象外となっている建設業とトラック、タクシーなど自動車運転業務についても、将来的には残業規制の対象に加えていくとされていること。

きょうの3面解説記事「クローズアップ」。見出しに、愛すべき《毎日》の率直さ、直截さが溢れている。

まずは「過労死防止は不透明」。

政治的な駆け引きや労使間のメンツのような問題をグダグダ書いて、そこに何かの意味を求めようとするのではなく、この間の経緯が、結局のところ「過労死防止という目標の実現に役立つのかという大本の問題意識をそのまま見出しにしている。そして、結果として「過労死防止は不透明」と断を下す。また、「その差は実質1秒」(《読売》記事から)の攻防を丸く収めたとされる首相については、「首相裁定で合意演出」と政権の裏の意図を勘繰るジャーナリストらしい気働きを見せている。「演出を見出しに取る勇気には拍手

3面記事本文はさらに興味深い。まず、財界が「100時間未満」に抵抗した理由については、「100時間に達した瞬間に罰則が科されること」を嫌がったのだと説明されている。

改めて、過労自殺した電通の高橋まつりさんのケースが社会問題化し、電通の書類送検があり、あるいは厚労省労働局は有名企業の長時間労働を次々摘発し、経団連も、上限規制を否定できない情勢が生まれていたこと。

他方、「1カ月100時間はあり得ない」と訴えていた連合だが、労使の合意がなければ法案は出せないと安倍氏に言われ、連合のせいで残業時間の青天井が続いたと言われたくないため、合意の方向に向いたとする。首相が経団連を説得するという政府の演出に乗って合意をするしかなくなってしまったと。

《毎日》が紹介する高橋まつりさんのお母さんの言葉は激越だ。「(残業分だけで)月100時間働けば経済成長すると思っているとしたら、大きな間違いです。繁忙期であれば命を落としてもよいのでしょうか」と聞かれて、まともな答えができる人は政・労・使のいずれにもいないだろう。

なるほドリが「過労死ライン」について書いているのも素晴らしい。

サービス残業という方法

【東京】は1面トップと社会面31面に関連記事。合意の要旨を6面に載せる。見出しから。

1面

31面

uttiiの眼

非常にハッキリした問題の捉え方をしている《東京》。1面の記事で基本的なことを報じた後は、社会面で遺族の声、サラリーマンの声などを中心にして、「残業させる側」ではなく、「残業させられる側」、「働き手の目線で記事を構成している。

繁忙期には、過労死レベルの100時間残業を強いられる労働者個人。そして、組合側が強く要望していた「休息時間確保」は努力義務に留まった。「働かされる側」、労働者側は2連敗という認識

31面社会面は、電通の新入社員で過労自殺に追い込まれた高橋まつりさんのお母さんのコメント全文、さらに「全国過労死を考える家族の会」代表の「過労死をなくそうと言っているのに、過労死ラインに近い数字を認めるのは矛盾している」との批判。それとともに、「最長の残業時間を100時間より大幅に短くする企業も出てきている。流れが逆行しかねない」との心配も。さらに、日本労働弁護団の棗一郎弁護士は、月80~95時間の残業でも「使用者が安全配慮義務に違反している」と判断された例があるとして、使用者の安全配慮義務を免除するものではないと法律に書き込む必要があるとの貴重な指摘。もう1人、労働経済学の森永卓郎氏は、サービス残業の横行を指摘。労基署は取り締まりを強化しなければ、上限規制は効果が上がらないという。いずれも傾聴に値する話。

image by: 首相官邸

 

内田誠この著者の記事一覧

ニュースステーションを皮切りにテレビの世界に入って34年。サンデープロジェクト(テレビ朝日)で数々の取材とリポートに携わり、スーパーニュース・アンカー(関西テレビ)や吉田照美ソコダイジナトコ(文化放送)でコメンテーター、J-WAVEのジャム・ザ・ワールドではナビゲーターを務めた。ネット上のメディア、『デモクラTV』の創立メンバーで、自身が司会を務める「デモくらジオ」(金曜夜8時から10時。「ヴィンテージ・ジャズをアナログ・プレーヤーで聴きながら、リラックスして一週間を振り返る名物プログラム」)は番組開始以来、放送300回を超えた。

有料メルマガ好評配信中

  メルマガを購読してみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 uttiiの電子版ウォッチ DELUXE 』

【著者】 内田誠 【月額】 月額330円(税込) 【発行周期】 週1回程度

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け