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暴走・北朝鮮に振り上げたこぶし、落とし所はどこになるのか?

一時は「北朝鮮が核実験を行い、それに対してアメリカが軍事行動に踏み切るのでは」と言われるほど緊迫していた北朝鮮情勢。しかし今のところ、特に大きな動きもないまま一応の「沈静化」を見ています。この状況を受け、今回の『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米在住の作家でジャーナリストの冷泉彰彦さんが、北朝鮮危機の「出口戦略」について、民族の悲願とされる「南北統一」も含めて考察しています。

北朝鮮の金正恩政権、危機の出口戦略を再検討する

3月28日配信の本メルマガでは、トランプ政権が「北爆」つまり北朝鮮への軍事力行使を行った場合にどのようなリスクがあるのかを整理しました。幸いに、本稿の時点では次の3つのファクターが奏功する形でとりあえず沈静化した形となっています。

こうした中で、北朝鮮サイドの「核実験」は自制されており、その裏返しとしてトランプ政権側が「北爆」を行う可能性も低くなってきました。

そうなると、今度は今回の危機の「出口戦略」が必要となってきます。今回は、この北朝鮮をめぐる危機に関してどのような出口があるのかを検証してみたいと思います。

例えば1994年の危機に際しては、日米韓など西側は協調して「軽水炉技術の供与」という形で北朝鮮のエネルギー需要に応え、更に食糧などの経済援助をしています。以降も、食糧を中心に国連を通じて人道支援が行われました。

当時は、冷戦終結によってソ連と中国からの大規模な援助がなくなった北朝鮮は、食糧などを自給できない、特に4月から5月の「端境期」は前年の収穫が尽きるから国民が困窮し、政府への不満が高まるので対外的な緊張の演出が必要なのだと言う解説が行われていました。

では、今回も同様に食糧不足があるのだろうから、そこを補う援助を行えば相手は軟化するのでしょうか? どうも違うように思います。全体的な条件が異なってきているように思われるからです。つまり、国際的には穀物価格は安定している中で、資金の出所は怪しいものの、北朝鮮国内での飢餓という問題はやや改善されているということが考えられるからです。

勿論、圧倒的に改善がされているわけではなく、今でも「人肉食い」などの噂は出入りしているわけですが、少なくともある臨界点を超える飢餓、国家体制の崩壊につながるような事態は、中国がコッソリ支援して回避させているという見方は可能です。

ですから、反対に、そこを大きく取り上げて大規模な援助をしても、1994年のようには「出口戦略」には結びつかないように思われます。

では、南北統一問題はどうでしょう?

北朝鮮の場合は、危機の「出口」としては、常に「統一」つまり韓国に吸収合併させるという問題が出たり入ったりするのは避けられません。何よりも、冷戦の過酷な論理の中で民族が引き裂かれたこと、にも関わらずもう一つの事例であるドイツの場合は西側が東側を吸収合併し、合併コストも全額負担しているという「前例」があることから、「民族の悲願として統一問題があるというのは、否定できません。

また、現在の北朝鮮が巨大な人道危機にあるのであれば、少なくとも国境の開放を行うべきであり、そうなればドイツのように速やかな再統一に向かうことは自然の流れのようにも思われます。

ですが、こちらもそう簡単には行きません。まず、現在の韓国には北の住民に関して「積み立てていなかった年金や健保コスト」を負担したり、北の通貨を対等のレートで交換して実質的に北の住民に「自由世界での生活一時金」を渡すなどという経済的な余裕はありません

残念ながらそうした吸収合併を強行したら、南の経済は破綻する一方で、南北のグループ間の不和から社会の不安定を招く危険があります。その先にあるのは、日本を仮想敵として国論の団結を図るような危険がどうしても否定できません。

また、統一したからといって、一気に北側の生活水準が改善しない中で国境をオープンにすれば中国側の社会も混乱します。また、仮に急速に北の社会が自由化してしまったとしたら、今度は鴨緑江を挟んで中国が直接西側と接触するという危険な状況になることも考えられます。

ですから、韓国の保守派日本中国という当事国の全てにとって性急な南北統一は不可能な選択肢だということは、残念ながら事実なのです。アメリカにとっても、仮に朝鮮半島の全体がアメリカの軍事勢力圏に入ったとしたら、中国と直接接してしまうことの「面倒」を背負うことになるでしょう。

というわけで、食糧などの経済援助でもダメだし統一という出口も事実上不可能ということになります。

では、どんな出口があるのでしょうか?

シナリオ1=自ら軌道修正

金正日が死去して、その後継が「スイスの寄宿学校に留学していた若者」だと聞いた時に、「もしかして自由社会の空気を知っている人物では?」という期待をしたことがありました。その時にチラッと思ったのは、蒋経国氏のことです。蒋経国という人は、勿論蒋介石の息子で後継者ですが、父の死去後には戒厳令を停止するなど自由化の布石を打ち、総統公選制へ、そして本省人の後継指名など大きな改革を行ったわけです。

ですが、金正恩が蒋経国になったらというシナリオはもう消滅したと考えるべきでしょう。既に、親族や側近の粛清など相当に手を血で汚してしまっているということがありますし、現時点での核開発は完全に国際法違反で戦争犯罪レベルです。粛清劇が起きているということは、そのように身の危険を感じていることの裏返しとも理解できるわけで、リーダーをそのままにして、そのリーダー本人がソフトランディングへというのは相当に難しいように思われます。

そもそも蒋経国という人は、父の蒋介石の存命の時代から心深く期するところがあって、例えば父の側近や親族など守旧派をどうコントロールするか、隠密裏に計算をしつつ、我慢もしてきた、そんな凄い人物でもあったわけで、そのような「巨人」と、あの若者は比べるべくもないように思います。

シナリオ2=トップだけに責任を負わせる

一つ想定されるのはルーマニア革命におけるチャウシェスク方式です。トップ夫妻だけが除かれて、その他の政権中枢は統治を継続するためにほとんど罪を問わなかったわけです。どうして、この措置で収まったのかというと、ルーマニアの場合は、蓄財とか国民への弾圧というように「犯罪が単純」であったわけで、要は専制君主のような統治を断罪すれば良かったのです。

ですが、北朝鮮の場合は何代にもわたって、違法な核開発、他国からの人材の拉致、自国民への虐待、対外的なテロ行為、覚せい剤等の密売、大規模な偽札製造、人道支援物資の横流し、国際法違反の闇市場への武器横流しといった、犯罪行為を多角的に行ってきたわけですから、トップだけの責任にする訳にはいきません

まして、その他の人々の戦争犯罪、人道に対する犯罪などを免罪するようでは、真相解明はできないでしょうし、そもそも新国家の中でのモラル・秩序の形成も上手く行かないことになります。

シナリオ3=自由化と旧体制の断罪

というわけで、少なくとも、現在の統治組織の相当な部分については、個人的な犯罪を問うべきであり、本気で断罪するのであれば旧体制に対する大規模な戦犯法廷の設置が必要となります。

仮にそこまでやるとして、条件としては国連やEUのように「死刑は適用しない」つまり命は取らないということにするのは適切と思いますが、それにしても、相当に大規模な犯罪捜査になりますし、その証拠保全などの活動をしっかり行うには、日米韓と中国の密接な連携は欠かせません

ただ、本当に統治者の責任を問うのであれば、国民には自由と人権をしっかり保証して進めるのが正道であり、そうなると中国は100%協力はできないということになります。また、唐突に北の住民に自由を保証してしまうと、38度線が崩壊して「なし崩し的に統一」が進んでしまい、それを韓国が支えきれないと事態が混沌としてしまうことにもなります。

自分でも苦しいところが多々あるのですが、現実を直視するのであれば、北朝鮮の「戦犯逮捕・捜査」を「自由化」とセットで行うと、「なし崩し式の統一」が起きて韓国はそれを経済的にも社会的にも支えられないというのは前提としなくてはならないと思います。

私自身、90年代の韓国にはかなり深く入って行ってビジネスや個人的な親交を結んだ経験があり、彼らの、特に左派の人々の心の中にある「民族統一」という「悲願」のマグニチュードは熟知しているつもりです。ですが、上記の通り現実を直視するのであれば、今から予見しうる2年とか5年というレンジの中で、「なし崩し的な自由化と統一」というのは、「全員を不幸にする」としか思えません。

シナリオ4=中国に後見させる

では、どんな現実策があるのかというと、それは中国に後見させるという手法です。狡猾な発想法ですが、中国が100%自由な国では「ない」ことを逆手に取って、管理的な手法で北朝鮮を一時期信託統治」させるのです。そして、トップをはじめ、核開発や拉致、テロ、麻薬密売などの犯罪を犯した人物を摘発すると共に、経済のリストラをするのです。

中国一国に責任を持たせるのは筋論として無理があるので、例えば国連が主導して、朝鮮戦争の休戦委員会の延長のような形で、米国、ロシアやEUあるいは日本も入る、但し、実際の「仕切り」は中国に任せるという体裁でしょうか。

最初は競争力は出ないでしょうが、上手く安い労働力を使いながら、中国そして韓国の製造委託先として徐々に経済を拡大し民生を向上させるのです。そして、100%の自由は適用しないながらも、一種の改革開放を進めるというわけです。ちなみに、中国はそのようなシナリオを持っていたはずで、その場合に為政者の代替として金正男という「隠し玉」を持っていたわけですが、そのことを察知した、あるいは邪推した弟に殺されてしまったわけです。

要するに北朝鮮を緩衝国家過渡的国家として中国による後見に委ねるというわけですが、勿論、幾つかの副作用があります。一番の危険は、再統一の悲願を掲げた韓国内のグループが強く反発するということでしょう。仮に北朝鮮の中に呼応するグループが登場して、それが弾圧を受けるようですと、中国と韓国の関係もギクシャクすることが考えられます。

ですが、中国と韓国が力を合わせて北を「ゆっくりと改革開放させながら安い労働力として使う」ということになると、韓国と中国には関係を改善させる要素ともなると思います。そうなれば、例えばですが、財界主導の韓国の右派は、このスキームに乗って親中、統一を悲願とする左派は反中ということで、韓国の内部対立が激化するかもしれません。ですが、自殺行為的に「なし崩しの統一」を行って「成熟社会を崩壊させるよりは韓国にとっても東アジアにとっても遥かにマシではないかと思います。

問題は核開発はともかく、拉致やテロの責任者や実行犯などについて、真相解明と責任追及が100%徹底できない危険です。ここは、何とか情報公開の透明度を高めて最終的に徹底できるようにすべきですが、何とも難しいところです。

更に懸念されるのは中国がリスクを取って、こうしたコミットをするだろうかという問題です。確かに朝鮮戦争の際には、勢い余って「北伐」にのめり込んだマッカーサーに対して、中国は北朝鮮救済の義勇軍を送った経験があります。ですが、それによって得たものはそれほど多くはないわけですし、何よりも中国4,000年の歴史を振り返れば朝鮮半島にコミットしてもロクなことにはならない」という教訓を彼らは持っています。

具体的には、隋(高句麗遠征の泥沼化)と明(秀吉に対抗した李氏朝鮮の救済作戦)の2つの大王朝が、このために滅亡しているのですから、過去の歴史に教訓を求める彼らとしてはどうしても慎重になるのではないでしょうか。

そもそも中国は政治の季節を迎えており、秋の常務委員人事が固まるまで何もできないし、そこで習近平の権力がより強固にでもならない限りこうした大きな負荷のかかる案件の処理は難しいかもしれません。

それ以前の問題として、アメリカをはじめとする西側としては、非人道的で対外的にも戦争犯罪的な性格を持つ政府に対する処断としては、やはり自由を与えて国民を開放してあげたいという強いイデオロギー的な使命感を持ってしまう部分があります。韓国の統一悲願をどう納得させるかも難しいポイントです。

また、北朝鮮のリストラを行う場合にそのコストが日本に回ってくる、少なくとも韓国に与えた借款などと同等の「戦後処理費用」が請求されたとして、それが日本で理解を得られるかという問題もあるでしょう。

シナリオ5=ズルズルと現状維持

そんなわけで、「危機の最終的な解決=出口戦略」というのは、政治的・経済的にコストがかかるわけで、簡単には実現しそうもありません。そうなると、ズルズルと現状維持ということになります。

そうなった場合に、ここまで露骨な核・ミサイル開発をやっても、国連や国際社会から「黙認される」という誤ったメッセージを北朝鮮が受け取る、第三国に(例えばシリア対策)対しての悪しき前例となるという問題が出てきます。

また、拉致やテロ、国内での人道危機といった犯罪も事実上の黙認」状態となり、同時に「原状回復」のないままに時間が更に空費されるという問題も出てきます。ですが、事実上は、この「ズルズルと現状維持というシナリオが一番可能性としては高そうです。何とも政治的には困難な状況が続くということです。

 

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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