MAG2 NEWS MENU

韓国の新大統領は本当に反日なのか。日本の外交戦略が時代遅れに

先日行われた韓国大統領戦で下馬評通りの圧勝を飾った文在寅(ムン・ジェイン)氏。同氏については一部メディアが「反日・親北」と伝えるなど、今後の日韓関係、対北朝鮮対策等に懸念を示す向きもあるようですが、事実はどうなのでしょうか。ジャーナリストの高野孟さんが自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、さまざまな側面から文新大統領の真の姿を分析するとともに、その登場により北東アジアの戦略構図が変わる可能性と、安倍政権が同地域で取り残される危険について考察しています。

文在寅政権登場で変わる? 北東アジアの戦略構図──安倍政権の米日韓同盟路線は時代遅れに

韓国大統領に文在寅(ムンジェイン)が当選したことを報じる5月10日付「読売新聞」の一面トップ記事が「『親北・反日路線9年ぶり左派政権」と大見出しを立てたのは、いささか常軌を逸していた。内外の専門家はもちろん責任ある主要メディアの中でも、このような粗雑な決めつけ方をした論調は、私の目配りの範囲では皆無だった。

文大統領が「反日」とは本当か?

むしろ逆で、このような短絡的な思考を戒める論調の方が目立った。

朝鮮問題専門家の小此木政夫=慶応大学名誉教授は「文氏を『反日』という枠組みでとらえようとすると無理が出てくる」、文氏を理解するキーワードは「民族主義だと指摘する。日本だけでなく米国、北朝鮮への対応を方向付けるのは、左右のイデオロギーや特定の国に対する好き嫌いではない、と(AERA5月22日号)。

また朴チョルヒ=ソウル大学国際大学院教授も「日本では文大統領に対して『反日親北』というイメージが一人歩きしているが、本当にそうだろうか」と問いかける。文が慰安婦合意に批判的なのは事実だが、それだけで反日の烙印を押すのなら、今回の選挙のすべての候補が反日的だったことになる。「しかし文大統領は慰安婦問題の解決を日韓協力の前提条件とするような強情な反日論者ではない。文大統領の主な関心事は北朝鮮にあり、核問題解決のための対日協力や、経済分野における協力を排除する理由は何もない」と(14日付東京新聞「時代を読む」)。

さらに元外務省の分析官で慶応大学現代韓国研究センター長の西野純也教授は「文在寅氏について『左派』『反日』とレッテルを貼るのは正しくない」と述べ、その理由として、新大統領が慰安婦問題を巡る日韓合意を見直そうとするのは、彼が「反日」だからではなくて、「多くの韓国民にとって日韓合意は、朴政権による正義のない合意』だと見なされて」おり、安倍晋三首相との会談すら拒んできた朴がなぜ急転直下で合意したのか、そのプロセスを再検証するのは、前政権によって損なわれた社会的公正や社会正義を立て直そうとする内政上の課題の一環だからであると指摘する(5月11日付毎日新聞オピニオン欄)。

この西野の指摘は的確で、安倍政権が米国に手を回して圧力をかけさせて朴前大統領を屈服させたという経緯に、韓国民は決して納得していないどころか、むしろそこに大国の思惑に翻弄されて国の舵取りを誤った前政権の屈辱を見ている。文がそれを再検証しようとするのは、反日のためではなく、まして左だ右だでもなくて、「民族主義」すなわち自国の尊厳を重視する立場からして当然なのだろう。

だから今、日本としては、読売のように「左派→親北・反日→嫌い」という感情を剥き出しにして、慰安婦問題の決着と少女像の撤去が最優先課題であるかのような幼稚な姿勢で文在寅政権に向かうようなことをしてはならない。

文大統領は「親北」なのか?

文が盧武鉉大統領の側近としてその太陽政策を推進した経歴を持つことからすれば、前大統領に比べて「親北」的であるのは間違いないけれども、これもまた、「左右のイデオロギーや特定の国に対する好き嫌いではない」(小此木)ことに留意する必要がある。

現下のこの地域の安全保障を巡る中心問題は、北朝鮮の核・ミサイル技術が急速に向上する中で、それが米本土を攻撃可能なICBM大陸間弾道ミサイルの実戦配備という重大事態に至る以前に、いかにしてストップをかけられるかにある。

それには、理屈の上では、軍事的と外交的の2つの方策しかない。軍事的とは、米軍が単独で、もしくは韓国軍との共同作戦で、さらには日本軍の集団的自衛権発動による支援も得て、先制的に北朝鮮を攻撃して壊滅させることで、それには、

  1. 米国がクリントン政権時代に構想したように北のすべての拠点700カ所を一斉爆撃して全土壊滅
  2. それは余りにも過剰なので、政治中枢・重要核施設・軍事拠点など数十カ所を爆撃
  3. 金正恩の居所を狙ってモグラ爆弾なども使ってピンポイント爆殺
  4. 米海軍特殊部隊シールズを突入させて金の首を掻く

──など、大中小いろいろな作戦があり、年々改定を重ねて来ているとされるが、いずれの場合も、北の反撃能力を100%壊滅させられる確証はあり得ないので、絶望の淵に追い詰められた北が残された核および通常爆弾のすべてを韓国および日本に向かって発射して大戦争になる。

1.の場合、94年当時の在韓米軍司令部は「最初の90日間の死傷者は米軍5.2万人韓国軍49万人民間人死者は100万人以上」という損害見積もりを提出したので、ワシントンはこのオプションを諦めた。20年後の今日では、北の反撃能力は格段に向上していて、とうていその程度の被害では済まないし、2.~4.ではなおさら報復被害は大きくなる

従って、軍事的方策で北の核を止めることは出来ず、外交的方策で平和的な対話を通じて解決せざるを得ないというのが唯一、論理的な結論となる。それをそうと認めると、「親北」とか「左派」とか「軟弱」とかとレッテルが貼られるのであるけれども、では日本と韓国の一般市民何百万人もの犠牲を出さずに実行可能な軍事的方策があるなら誰でもいいから堂々と提案して頂きたい。

そんな提案はある訳がなく、そこで次善の策としてしばしば持ち出されるのは「圧力と交渉のミックスという何の知恵もない常套的なお伽噺である。どれだけ圧力をかけると相手は怯えて膝を屈して来るのかということが計測不能であるため、牽制と抑止と威嚇と挑発の間には境目がない。こちらとしては「牽制」のつもりであったのに相手は「挑発」と受け止めて、偶発的な衝突が激発するといったことはいくらでも起こりうる。

今回、トランプ政権が空母艦隊や潜水艦や補給艦を朝鮮半島周辺に派遣し、日本がはしゃいでそれと共同訓練を実施したり、安保法制を初適用して「米艦防護」を発令したりしたのは、米日からすると牽制なのに、北から見れば挑発」と映るかもしれない。だから軍事的圧力による交渉というシナリオには何の成算もない

文が軍事的方策によらない北朝鮮問題の解決を目指したとして、それは極めて冷静な、どうしたら自国民の命を何百万も失わなくて済むかという判断によるものであって、「親北とかいう軽薄な話ではない

米中韓に露も加わって新しい構図が

現実にも、文大統領は「親北・反日の左派政権」のような行動はとっていない。

第1に、文は首相に知日派の李洛淵(イナクヨン)=全羅南道知事を指名した。彼は東亜日報東京特派員、議員になってからは韓日議員連盟副会長兼幹事長で日本語も堪能で、この人事そのものが強烈な日本に対するメッセージである。

第2に、文は当選後、真っ先に韓国軍の制服トップである合同参謀本部議長に電話をかけて北の動きに警戒を怠らないよう言葉をかけた。

第3に、トランプ大統領に電話をして韓米同盟の重要性を確認した。

10日の就任演説で「必要なら直ちにワシントンに飛んで行く。北京と東京にも行き、条件が整えば平壌にも行く」と述べて、全方位外交を展開するバランス感覚を披露したのだが、しかしここで、飛んで行く順番をキチンと述べていることが重要である。

いま東アジアの国際政治の主軸は、米国と中国との協調関係が織りなし始めていて、北朝鮮の核・ミサイル危機を巡っても、4月のトランプ・習近平のフロリダ会談では(同じ場所でゴルフなんぞやって喜んでいた安倍首相とは違って)かなり戦略的にシビアな話が交わされたようだ。それはつまり、

  1. 軍事的解決はありえないことについて習が強くクギを刺し
  2. ではどうするのかと問われて、石油供給の全面ストップに至る経済制裁強化
  3. それでダメな場合には、中国が糸を引いて北の将校を動かして「宮廷クーデター」を起こし金正恩暗殺(これも一種の準軍事的手段ではあるが、米特殊部隊突入の場合とは違って大戦争になりにくいところがミソなのだ)も実は用意している
  4. こんな手段はとりたくないのだと言って中国が北を説得し、米朝交渉による解決に導いていく

──といったところに、シナリオは絞り込まれてきたということだろう。こうした構想については、ロシアのプーチン大統領もすでに理解を示している。

トランプ政権の不可測性は相変わらずで、衝動的な先制軍事攻撃に打って出て何もかも滅茶苦茶にしてしまう危険はまだ残ってはいるけれども、「それだけはやってはならない」という習近平の警告を今のところトランプは受け入れて、中国主導による事態の打開に期待する姿勢を示している。

文政権は、一面でこの米中協調を歓迎しつつも、他面、韓国の頭越しに両国が朝鮮半島の運命を決めようとすることには反発するだろう。文は選挙前に米紙「ワシントン・ポスト」のインタビューに答えて、

韓国が後部座席に座らされて、米中協議や米朝交渉を見守るだけになることは望ましくない。

この問題で韓国が主導権を発揮することが、結果的に韓米同盟を強めることになると信ずる。

とはいえ、私が「主導権を発揮する」と言う場合、それは、米国との事前によく相談せずに北との交渉を一方的に始めることを意味しない。

となかなか絶妙な言い方をしている。米中に勝手に仕切られることには「民族主義」的に反発するが、かと言って米中と相談せずに北にアプローチすることはないという、正確な進路設定がなされている。

となると、米中協調を主軸にそれに韓国も同調しロシアも側面支援するという形で、北朝鮮問題の非軍事的な解決を求めていく戦略構図がすでに出来上がりつつあると見なければならない。

そこで安倍首相の居場所はどこに?

安倍政権は、残念なことに、この新しい展開に全く付いていくことが出来ないでいる。

トランプの行動は(繰り返すが)不可測的であるけれども、今のところ米国自身による軍事的圧力手段と中国経由の交渉による平和的解決手段とのミックスを採用し、その中ですでに前者を従とし後者を主とする判断に傾いていると見てよい。となると、南シナ海問題ももはや焦点ではなくなって、トランプもASEAN諸国も騒ぎ立てることを止めてしまった。

ところが安倍政権は、あくまで米国が前者を主として対処してくれることを強く期待し、米空母との共同訓練や安保法制初適用による「米艦防護」、北ミサイルに備えたミサイル防衛強化や住民避難訓練の実施、敵基地攻撃能力を持つトマホーク巡航ミサイルの配備検討、共謀罪法案の強行など、日本の「準戦時態勢化を推進することで米国が強硬姿勢をとるよう激励しているかのようである。その背景には、米日韓軍事同盟を主軸として東南アジアや豪州、ニュージーランド、インドなども動員した軍事的・外交的な「中国包囲網」を作り上げようという冷戦型発想へのしがみつきがある。

前出の西野純也は、「韓国内には、トランプ政権が朝鮮半島の危機をあおり日本がそれに便乗しているように見えることにも反発が強い」と指摘しているが、その通りで、それはつまり、トランプ政権の軍事的手段を放棄していないという危険な側面に安倍首相がことさらにしがみついているという歪んだ構図のことを言っている。さらに西野は、こうも言う。

日米韓はこれまで「抑止」と「防衛」で協調してきたが、韓国は北朝鮮への「関与」に力点を置くだろう。他方、北朝鮮への圧力を最大限にかけたトランプ政権が、ある段階で一転して「関与モード」に入り、日本が米韓に取り残される可能性も否定できない。

正しい分析で、しかし私は、すでにトランプ政権は関与モードを主とし軍事圧力を従とする判断に踏み切っていると見ている。安倍外交は足元に口を開けたクレバスに落ちるかもしれない。

 

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け