ビジネスの場において、最も神経をすり減らすシーンのひとつに「交渉」があります。スムーズに進んでいた話も言い方ひとつで決裂、などという場合もあり、一瞬たりとも気が抜けないものですよね。今回の無料メルマガ『弁護士谷原誠の【仕事の流儀】』では、そんなシビアな場で相手の気持ちをほぐすのに一役買ってくれる「クッション言葉」を挟んだ交渉テクニックについて、著者で現役弁護士の谷原さんが紹介してくださっています。
感情の手当てをする
こんにちは。
弁護士の谷原誠です。
交渉において注意すべきことにとして、相手の感情があります。金額などの条件にそれほど異論がなく、理性的に考えればよい条件であっても、感情面が邪魔をして、合意に持ち込めないことは多々あります。
相手が自分をないがしろにしているのではないか、自分だけ得をしようと思っているのではないか、といった感情が沸き起こり、我慢ならない、合意してたまるかといった頑なな姿勢になってしまうのです。
交渉では理性と感情をしっかり分け、感情面に必要な手当てをしてから条件交渉を行うことが大切です。そのための効果的な方法として、金額など核心の話をする前に、感情から出る言葉をクッションとして入れる方法があります。
その時、相手に伝えるのは「私は、私とあなた、双方ともが満足いく合意を望んでおり、そのために努力している」ということ。もっといえば「あなたのことを、大事に思っている」ということ。それを言葉にして伝えるのです。
相続の遺産分割の話し合いなどは、感情が入る交渉の典型でしょう。相続財産はすべてがお金であることは少なく、割合が決まっていても金額だけで簡単に分けられることはほとんどありません。そして、とくに実家など、家や土地などの不動産には、相続人各人の思い入れがある場合があります。
こちらには、とくに不動産にこだわりがなく、家は兄弟に譲り、自分はお金の取り分を多くして提示するとします。ここで、実際に分割案について話す前に
「家について大切にしていることはよくわかります。それを踏まえて、お互いが満足するよう分割案を考えてきました」
と、まず相手の気持ちに共感し、お互いの希望が叶うように努力しているということを示します。
こういった言葉は、相続だけではなく、意外とビジネスの場でも効果があります。同じ条件でも、会社にとってメンツが立つ、譲歩した形にならないなど、感情の部分が合意に大きく影響することがあります。
「御社にとっては、この条件が大切だと思いますので、こうしましょう」
といった説明があると、同じ条件でもよりスムーズに話を進めることができることがあります。
実際は、交渉に参加する人すべてが、なるべく自分にとって都合の良い結論を得ようとしています。それは相手も承知しているでしょう。それでも、こういった感情面を手当てする言葉は大切です。
えてして私たちは、交渉の場での感情を軽視しがち。気遣いのセリフを、意味がない、しらじらしいと考えたり、照れくさいと感じたりといった理由で省いてしまうものです。また、とくに家族や友人などには、改めてそういった言葉を入れなくてもわかってもらえるだろう、という期待もあります。
解決の糸口が見えないような激しい紛争も、きっかけは「感謝の言葉が一言でもあれば」「一度でもあのことを謝ってくれれば」といった感情面のしこりであることが多いもの。言葉足らずのまま要求を通そうとして、する必要のない衝突を起こす、もったいないケースは避けたいところです。
「心情は理性の知らないところの、それ自身の道理を持っている」 パスカル
今回は、ここまでです。
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