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米国による「先制攻撃」が現実的にありえないシナリオである理由

未だきな臭さは残るものの、一時期ほどの緊張感を以て伝えられることが少なくなった北朝鮮問題。ジャーナリストの高野孟さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、読売新聞により報じられたコーエン元米国防長官のインタビューを紹介しつつ、米朝が互いに先制攻撃することはほぼありえないとの見方を示していますが、その根拠とは?

米朝双方が「先制攻撃」をしなければ戦争は起きない──元米国防長官の至極常識的な見解に賛同する

ますます安倍晋三後援会の機関紙と化しつつある「読売新聞」だが、たまには私でも感心するような記事が出ることがある。6月3日付国際面のウィリアム・コーエン元米国防長官のインタビューがそれで、「北を先制攻撃ないはず』」と見出しが立っている。

コーエンは、第2期クリントン政権の国防長官として北朝鮮の核問題にも取り組んだ経験があり、この問題を語る十分な資格がある人物と言える。要点はこうである。

コーエン元長官の問題の捉え方

  1. トランプ大統領は北朝鮮政策の見直しにあたり、武力行使や金正恩政権の転覆も含めた「すべての選択肢」を検討した。米国と(韓国などの)同盟国には、北朝鮮を破壊する十分な軍事力があるが、米国による先制攻撃はトランプの計画の中には入っていないはずだ。
  2. クリントン政権は北朝鮮が核の再処理に踏み切ろうとした94年、空爆を検討したが踏みとどまった。最も極端な状況下においても軍事力の行使を控え、交渉に懸けた。何十万、何百万もの死者につながる決断は非常に重い。
  3. 米国が武力行使に踏み切るのは、北朝鮮が韓国や日本を先制攻撃した場合だけだ。それは、米国が先制攻撃しても、全ての核施設を壊滅させることが難しいためでもある。[そもそも]米国が核施設や攻撃目標をすべて把握しているかどうかもはっきりしない。
  4. 制裁を厳しくしない限り、北朝鮮の核開発の志は変えられないが、米国の取り得る選択肢は限られており、中国が燃料供給を止めるか大幅に減らすことが有効だ。
  5. 制裁強化で北が考え方を変えなければ、いずれ政権が崩壊するか、攻撃に打って出て米韓の反撃に遭い、国家そのものが滅亡する。それを避けるには、北が核放棄に向けて(IAEAなどの)査察を受け入れることが必要だ……。

この問題の捉え方に、ほぼ全面的に賛成である。

トランプは先制攻撃に出ない(はずだ)

第1に、トランプ大統領は、何をするか分からない人物ではあるけれども、北朝鮮にいきなり先制攻撃をかけることは99.9%しないだろう。シリアにはいきなり巡航ミサイルを撃ち込んだではないかと言うかもしれないが、シリアには米国やその同盟国に報復的な反撃に出る手段がない。北朝鮮が同じ目に遭った場合は、目の前に在韓・在日米軍という敵がいて日常からそれに照準を定めて訓練を怠っていないので、確実に韓国や日本を巻き込んだ大戦争となる。

クリントン政権の時には、ペンタゴンが北朝鮮を焦土と化すかの過激な作戦を立案し、当時の在韓米軍司令官が、そんなことをすれば「3カ月で死傷者が米軍5万人、韓国軍50万人、韓国民間人の死者100万人以上」という試算を提出して、米政府が断念した(本誌No.887「北朝鮮危機は回避されていた。犬猿の米中が分かり合えた複雑な事情」既報)。この試算には、北朝鮮軍民のおそらく数百万の死者も、日本のおそらく数十万(で済むのかどうか)の死者もカウントされていないし、それよりも何よりも、94年当時の北朝鮮は核もミサイルも持っていなかったのであって、今では桁違いの被害となるのは火を見るより明らかである。

そういう大惨事になるのは、コーエンが言うとおり、米国が予めすべての破壊すべき目標を把握出来ているかどうかは極めて疑わしいし、また仮に把握できていてもその全てを最初の攻撃で壊滅させることはまず不可能だからである。加えて、北のミサイルは移動式発射台を用いるようになっているので、ますます把握が難しい。従って、どれほど激しい先制攻撃をかけたとしても、何らかの程度の反撃能力が残ることは確実で、北はそのありったけを動員して韓国と日本(の主として米軍基地)に降り注ぐだろう。

そのため、米軍が先制攻撃をかけて北朝鮮の政治中枢、軍事機構、核関連施設を一挙全滅させるというのは、94年当時よりも今の方が遥かに難しく、現実には成り立たないシナリオなのである。

金正恩が先制攻撃に出る可能性は?

第2に、金正恩が先制攻撃に出る可能性はあるだろうか。私の意見では99.9%ない

北朝鮮が飲まず食わずの状態に耐えて何としても核とミサイルの開発を最優先しているのは、気が狂っているのではなくて、そうしないと米国による核恫喝に抗して国家として生き残ることが出来ないと思い込んでいるからである。

ほとんどの日本人の皆様には信じられないことであるかもしれないのだが、北朝鮮は、朝鮮戦争最中の1951年、戦線膠着を打開するためマッカーサー司令官が中国軍の補給路を断つための戦術核兵器の使用を進言してトルーマン大統領と対立、解任された事件以来、「米国というのはイザとなれば平気で核兵器を使う国なんだ」「その米国と我が国は『休戦』しているだけで、いつまた戦闘が再開されるかもしれないのだ」という恐怖感に苛まれたまま、戦時態勢を解かずにこの3分の2世紀を生きてきたのである。

その米国の核攻撃を防ぐには、

  1. せめてソウルと在韓米軍基地を撃てる火砲数千門を並べ
  2. 東京と在日米軍基地、さらにグアム、ハワイに届く短・中距離ミサイルを備え
  3. 出来うるならば直接米本土を狙える大陸間弾道弾を開発して自ら保有するしかない

──と思い詰めてきた。だから、簡単な話、38度線の休戦協定が恒久的な平和協定に置き換わって、相互軍縮と信頼醸成のプロセスが始まって、それと並行して米朝国交正常化の交渉も始まり、やがて在韓・在日の米軍基地の縮小も始まるということになれば、北朝鮮がそれでもなお核・ミサイルを開発し続けなければならない理由が存在しなくなる。原因を取り除けば結果は自ずと消滅するというこれは極めてロジカルな話なのである。

余談ながら、イランに核開発の野望を捨てさせるは、米欧がイスラエルの核武装を解除すればいいのである。米国はイランの宗教的指導者や北朝鮮の独裁者が血に飢えた狂人であるかに言い立てるが、そうさせているのは直接間接に自分自身の力任せの政策であることを伏せているので、相手を狂人に仕立てないと話の辻褄が合わなくなるだけのことなのだ。

というわけで、北朝鮮の目標は、当たり前のことながら、金自身とその国家及び人民の生き残りなのであるから、何もない時に自分の方から韓国や日本に対して先制攻撃するという自殺行為に出る可能性は絶無である。

しかし、気を付けなければいけない2つのケースがあって、1つは、コーエンが言うように、経済制裁を逃げ道のないやり方で強化して締め上げるばかりだと、窮鼠猫を噛むことになって暴発する。中国はそこを慎重に量りながら、石油供給を減らすのか止めるのか、航空燃料だけ先に減らすのか──等々、考えているようである。

もう1つは、偶発的な接触から戦争になるケースで、例えば今のように日本海に米空母機動部隊が出張って行って、安倍政権が調子に乗って海自との共同訓練だなどとハシャギ回っているうちに、北の潜水艦が偵察のため接近してきたのを米側が誤解して撃ってしまい、北は戦争開始と判断してありったけのミサイルを米空母に撃ち込むといったことが、いくらでも起こりうる。米朝間には軍同士の緊急時の海空連絡メカニズムは築かれていないから、これに歯止めをかける方法がない。

「圧力」には表も裏もそのまた裏も……

第3に、「圧力」である。これには3次元があって、1つには、いま検討したように、軍事攻撃という解決策はありえないのだが、戦争にならないように気を付けながらその瀬戸際まで軍事的圧力を加えるという古典的な方策がある。

しかしこれはなかなか危険で、こちらとしては警告、抑止、威嚇のつもりでも相手がそう受け止めて同じレベルで駆け引きゲームに乗ってくるかどうかは確証がない。だから、トランプ政権が日本海に空母艦隊を徘徊させるのも、安倍政権がそれと共同訓練だとか言って海自艦艇をちょろちょろさせるのも、無思慮の極みなのである。安倍首相がやっていることは、「もし米軍が先制攻撃に出る時には日本自衛隊も助っ人に加わるのだぞ。お前ら、覚悟しろよ」と、米国の大きな背中に半分隠れながら相手に口先だけで悪態をついている弱虫男という風情で、結果的に相手は「おう、そうか。ならば在日米軍基地だけでなく自衛隊基地も攻撃目標に追加しようじゃないか」と思わせているだけなのだ。

2つには、オーソドックスな経済政策という圧力で、これは今までのようなやり方では効果がなく、そうかといって本当に効果が出るように絞り込むと北が暴発しかねず、ではその限界はどのあたりなのかと言っても誰も分からない。

そこでその裏には、3つ目として政治的恫喝という手があって、中国は北の政治指導部や軍幹部の中に親中派を培っていて、そのコネクションを通じて金正恩除去の宮廷クーデターを仕掛けるというシナリオがある。

金正恩除去という目的のためであれば、米空軍によるピンポイント爆撃による爆殺(イラクやリビアで試みて失敗)、米特殊部隊による突入・暗殺(在パキスタンのビンラーディンでは成功)という手もあるけれども、対北朝鮮では、仮に金暗殺に成功したとしても、予めプログラムされている死に物狂いの反撃・報復作戦が発動されるのを防ぐことが出来ない。従って、米国の手で金を取り除くのは無理で、中国が陰で糸を引いて北の内部で静かに首を掻く以外に方法がない。

もちろん金正恩はそのことを知っていて、だからこそ張成沢~金正男の親中派ラインを抹殺した。しかし中国はまだそのシナリオの改訂版を用意していると言われ、それは「俺にこんなことまでやらせるなよ」という金に対する習近平の脅迫的な政治的メッセージとなっている。

軍事的圧力も経済的圧力も、どこまでやれば効果があり、それ以上やれば危険だという測定がまことに難しく、やたらに強めればいいというものではない。それで、中国が「俺にこんなことまでやらせるなよ」と凄んで脅し上げるという奥の手がある。もちろん、それが迫力を持つには、本当にそれを成し遂げるだけのシナリオとその達成能力が用意されていなければならないが、私の推測では、中国にはそれだけの用意があり、それを習金平はトランプに説明し、だから米国が先制攻撃に出るといった愚挙を避けるべきだと説得したのだと思う。

安倍政権の幼稚園レベルの対応

そう見てくると、第4に、安倍政権の余りにも稚拙な対応が恥ずかしい。

安倍首相は、米国が「あらゆる選択肢をテーブルに乗せた」という話を聞いて、「おっ、トランプ政権は先制攻撃をも辞さない強硬路線に突き進むのだなと興奮し、それっ、共同演習だ、米韓防護だとハシャギまくった。しかし「あらゆる選択肢」には、もちろん軍事的先制攻撃シナリオも含まれていたけれども、上述のような理由で却下され、その反面では、AP通信が報道したように「北朝鮮を核保有国として容認する」(ことを通じて交渉を通じて問題を解決する)という軟弱なシナリオもまた含まれていたわけである。

米国が、対北朝鮮で開戦も辞さずという勢いで突き進むかと言えばそんなことはあり得ない。今のところはむしろ逆で、中国が主米国が従となった軍事的・経済的・政治的な「圧力」強化で北を交渉の場に引き出せるかどうかを試している。そこで鋭く問われる焦点は、まず北が核を放棄しなければ一切の交渉に応じないというこれまで通りの立場をとるのか、それともAP通信が報じたように、核放棄を含めて交渉の対象とするところへ踏み込むのかどうかというところにある。

とろこが安倍首相は、そのような米中共同による軟着陸路線の微妙さを全くご存じないかのようで、相変わらす米国盟主の下で日韓が協力して北朝鮮を力で攻め立てるという倒錯的な路線を追求し続けているかのようである。

 

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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