以前掲載の「今度は「お酒」も規制へ。日本の居酒屋文化は消えてしまうのか」では、改正酒税法により、「飲み放題」を売りにする店を中心に居酒屋文化が衰退していく可能性があるということをお伝えしました。今回の無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』では、追い打ちをかけるように来春から始まる「ビール大手4社の値上げ」による影響を、著者の佐藤昌司さんが分析・予測しています。
ビール大手4社が来春に業務用のビール類を値上げ。居酒屋文化は衰退してしまうのか?
大手ビールメーカーが相次いでビール類の一部商品の値上げに踏み切っています。
サッポロビールは11月29日、瓶や樽に入った容器が回収できるタイプのビール類の一部を来年4月から値上げすると発表しました。すでにアサヒビールとキリンビール、サントリービールが同様の値上げを来春に実施すると発表していたので、大手4社が足並みをそろえる形となりました。
これにより、居酒屋を中心とした飲食店が提供するビール類の価格に大きな影響を及ぼしそうです。転嫁する形で価格を値上げするとなると客離れが懸念されるため、飲食店各社は難しい判断を迫られそうです。
ビールメーカー大手4社は値上げの理由として「コストの上昇」を挙げています。トラックドライバーなどの人手不足に伴い賃金が上昇しているため、物流コストが長期的に高騰する恐れがあるとしています。
容器回収商品の需要が減少傾向にあることも影響しています。キリンビールによると、瓶に関しては業界全体でこの10年間で約4割減少しているといいます。
6月に施行された改正酒税法も大きく影響しています。正当な理由なしに仕入原価に人件費などを加えた原価を下回った金額で販売した場合、社名公表や酒類の販売業免許の取り消しといった厳しい処分を受ける可能性があります。ビールメーカーは法令に抵触しないように値上げに踏み切った面もあります。
大手ビールメーカーによるビール類(ビール・発泡酒・新ジャンル)の販売は厳しい状況が続いています。
アサヒビールの2010年度のビール類売上高は8,125億円でしたが、16年度には7,616億円にまで減りました。6年で約6%減少しています。キリンビールは10年度が7,068億円で、16年度は5,664億円です。6年で約20%も減っているのです。
ビールメーカー各社はもちろん努力しています。しかし、若年層の酒離れや高齢化の進展による飲酒量の減少などを背景に国内のビール類市場の縮小の動きは止まりそうもありません。ビールメーカーの販売量が上向くことは当面ないでしょう。
ところで、ビールメーカーにとって6月の酒税法の改正は都合が良い法改正だったのでしょうか。それとも都合が悪い法改正だったのでしょうか。スーパーなどで安売りできず販売量が減るため、ビールメーカーにとっては都合が悪いようにも思えます。
ただ、必ずしもそうとは言い切れません。収益性が高まるため、酒税法の改正は都合が良い法改正とも言えます。
改正酒税法により小売店の安売り競争が沈静化するため、小売店からの卸売価格の値下げ圧力が減り、リベート(販売奨励金)の支払いを抑えることもできます。そのためビールメーカーの収益性は高まります。
居酒屋など飲食店に対する値上げの口実にもなります。改正酒税法を守るための値上げということであれば、多くの飲食店は仕方がないと思うよりほかないでしょう。市場を支配している大手4社による一斉の値上げのため、高くなったからといって他のメーカーに切り替えることができないという事情もあります。
投資家は収益が改善されることを期待して値上げを歓迎しているようです。先鞭をつける形で10月4日に値上げを発表したアサヒグループホールディングスの株価は値上げ発表後に大きく上昇しました。同時にキリンホールディングスとサッポロホールディングスの株価もそれぞれ上昇しています。
ビールメーカーは収益の改善が期待されます。一方、居酒屋は難しい判断を迫られそうです。主力商品であるビール類の値上げは客離れに直結してしまうからです。
鳥貴族はビールメーカー大手4社が値上げを発表する前の10月1日から全店で全商品の値上げを実施しました。280円均一商品は298円均一とし、約6%値上げしています。値上げの理由の一つとして、6月からの改正酒税法を挙げています。
鳥貴族は約6%という高い上げ幅で値上げを実施しました。改正酒税法によりビールメーカーが値上げに動くと先を読んでのことかもしれません。ただ、値上げを実施した翌月の11月は既存店客数が前年同月比で7%も減少してしまいました。まだ1カ月分のデータしか公表されていないことと客単価が上昇していることもあり、値上げによる経営への影響はまだなんとも言えませんが、予断を許さない状況です。
値上げを見送る居酒屋もあるようです。11月22日付日本経済新聞によると「ワタミは21日時点では、運営する飲食店について『価格を据え置く方針だ』との考え」と報じており、ワタミは今のところ値上げをしないようです。
居酒屋業界は厳しい状況に置かれています。日本フードサービス協会の調査によると、市場規模は1992年の1兆4,600億円をピークに、その後は減少の一途をたどっています。ただ、東日本大震災直後の11年と12年は1兆円を割り込んだものの、その後は回復し、近年は1兆円をわずかに上回る水準で概ね横ばいで推移しています。
改正酒税法は居酒屋にとって追い風になる面もあります。近年、スーパーなどでお酒を安く買って自宅などで飲む「家飲み」に注目が集まり居酒屋業界の脅威となっていましたが、改正酒税法の影響でスーパーなどでの安売りが鳴りを潜めたため、家飲みをしていた人の一部が居酒屋に流れることが期待されているからです。
このように、改正酒税法の影響で居酒屋利用者が増える可能性もあります。一方、居酒屋が仕入れるビール類の価格が上がることで居酒屋経営が苦しくなる面もあります。
居酒屋は、値上げすれば客離れが起き、しなければ利益が圧迫されるという苦しい立場に立たされています。値上げするかどうかや値上げする場合の時期や値上げ幅などは、居酒屋各社の経営状況を総合的に判断して考える必要があります。
ビールメーカーによるビール類の値上げは、居酒屋文化を衰退させる危険性をはらんでいるといえそうです。
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