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幼い兄の悲痛なSOS。探偵はいかにして被虐待児を救ったのか?

著者で現役探偵の阿部泰尚さんの「実体験」が毎回紹介されている人気メルマガ『ギリギリ探偵白書』。今回の依頼は、「母の彼氏に弟が暴力を受けている」という小学生男児からのSOSなのですが…、証拠もなく、児童相談所も警察も動けないという最悪の事態に、阿部さんはどのように立ち向かったのでしょうか?

地元

阿部はショッピングモールの一角にあるおもちゃコーナーにいた。暇そうに世間話をしている店員に声を掛けたのは、音の出る鉄砲を探すためであった。店員は「この辺ですよ」と言いながら、その一角を指差した。阿部はスマホから写真を探し、その商品と照らし合わせた。

「おお、これだ!!」

試しに引き金を引いて音を確認すると、安っぽい電子音が鳴った。阿部は嬉しそうにそれをレジに持っていき、会計をする店員に「領収書をください」と名刺を差し出した。店員は、え? という表情をしながら、胸に挿したボールペンを手に取り「T.I.U.総合探偵社」と宛名に書いた。

阿部 「機材代として」

店員は、また、えっ? という表情で領収書に書き込んだ。阿部はその場で箱を処分してくれるように頼み、車に戻った。車に戻ると、トランクスペースから工具箱を取り出し、すぐにこのおもちゃの鉄砲を分解した。

このおもちゃの中に阿部は超小型のカメラを仕込んだ。カメラユニットとシンプルなプッシュボタン、マイクロSDカードに記録するという仕組みで、トリガーを引く時とその前後5枚を撮影するプログラムを組み込んだ。また、音センサーを組み込み、90デシベル以上の音を感知すると、その前後3枚の写真と録音をする仕組みをグリップ下に仕込んだ。

ここまでの製作におよそ30分ほど。おもちゃの鉄砲を元の形に戻し、再び写真を見て、塗装が薄くなっているところなどを細かい番手のヤスリで削った。

準備が整ったところで、阿部は車のスタートボタンを押した。ショッピングモールから出て、しばらく走り、住宅街に入ったところで車を停めた。「おもちゃのお医者さんと背中にプリントされた赤いジャンバーを羽織り阿部は車から降りると、伊達眼鏡をかけてから髪の毛をボサボサにするように頭を掻いた。

そしてアパートの鉄階段を登り、呼び鈴を鳴らした。すぐに飛び出てきたのは、少し目つきの悪い少年であった。彼の背後から嬉しそうな表情でカケてきたのは、まだ小学生になっていない男の子であった。

阿部は、この男の子から先ほど改造したおもちゃの鉄砲と同じ型の鉄砲を受け取ると、再び車に戻った。車で一服し、30分ほどで、再び呼び鈴鳴らした。今度は笑顔で男の子が玄関を開けた。

阿部 「少し重くなったけど、ちゃんと動くようにしておいたよ」

男の子は大喜びで、部屋の奥方へ下がっていった。仕掛けは十分である。

この機材手渡しの日から2日ほど前、阿部は奇妙な相談を受けた。時間と場所を確認し、いざ出向いてみると、待ち合わせの場所にいたのは、小学生の男の子であった。その後ろに立っているのは、母親のように見えたが、話を聞けば、彼の叔母であった。

回りくどい話から始まったが、簡単に言えば、彼の弟が母親の彼氏から暴力を受けているということだった。すでに多少の問題になっているということであったが、決定的な証拠はなくひどい怪我まではしないため保護されるまでには至らないということであり、そもそも、彼の母親は、子供達の言葉より、彼氏の話を常に信用して、全く取り合わないということであった。

阿部 「だから、証拠を撮りたいと?」

阿部の質問に、彼は深く頷いた

阿部 「事情はだいたい飲み込んだが、君の叔母さんに一応の契約者になってもらうよ。いいですか?」

叔母は困った顔をしつつも、「わかりました」と書類にサインをした。

叔母から補足の説明を受け、阿部はその対象者となる幼児の写真を数枚撮った。その中に、この男の子が常に持っているというおもちゃの鉄砲に目をつけた。このおもちゃの鉄砲は、兄である彼が他界した父親に買ってもらったもので、自分が学校に行っている間、持っていていいよと渡したものであった。すでに音が鳴らなくなり、弟は口で音真似をして遊んでいるそうだが、お風呂に入る時以外は常に持ち歩くそうだ。

母親の彼氏というのは、叔母も下の名前しか覚えはなく、この子らを迎えに行った時に、たまたま出くわした程度の関係だそうだ。年は20代後半くらい、働いている様子はなく子供の前でタバコをふかしていて、馴れ馴れしく話しかけてきたそうだ。

印象は悪く、この彼氏が来ると、彼は弟を連れて外に出ることが多いが、最近では、家に入り浸っていて、リビングやキッチンは占領されているということだった。幼児である弟がテレビを見ようとすると、頭を叩かれたりつねられて泣かされたりするということだった。

叔母の家は子供はいるが、受け入れてもいいと阿部に話した。

おもちゃの鉄砲にカメラを仕掛けてから7日後、阿部は再び、そのアパートを訪ねた。訪ねる時間帯は、だいたい決まっており、母親の彼氏がパチスロに出かけている時間帯に自転車を確認してから呼び鈴を鳴らす。

おもちゃの鉄砲を交換し、その画像を阿部は確認した。画像には、髪の毛半分が金髪頭の若い男がくわえタバコをしている様子や、手を上げた瞬間の様子などが写っていた。音声には、若い男の声で、「触んな! ばか!」「また殴られたいのか?」という声が入っていた。タイムスタンプを確認し、それが日中に起きていることだと確認した。

阿部はこれを叔母に報告した。一緒に報告の場に来た叔母の夫は、その様子を聞きながら顔が赤らんでいくのがわかるくらい、怒りをあらわにした。

 「すぐに○×ちゃん(彼の母親、叔母の妹)を呼びなさい。子供らをすぐに迎えにいくから。探偵さんはここで、もう大丈夫ですから」

阿部「そうですか、では」

帰ろうとすると、叔母に止められた。

叔母 「すみません。阿部さん、夫と一緒に行ってください」

 「いや、もういいだろ。お金もらってる仕事なんだから」

阿部 「お金はもらってませんよ。その点、誤解しないようにお願いしますね」

 「え? …なら尚更、これ以上迷惑はかけられない」

阿部 「でもまあ、私が知る限り、これまでやった200件以上の虐待事案で言えることは、この程度では児相は動きませんね。間違いなく」

 「明らかに虐待だよ」

阿部 「そうですね。でも彼らは、忙しいんで、もっと重篤な事案を抱えているつもりだから、やらないんです。いつも。で、この件が重篤になってから動くかどうか検討するんです。いつも」

 「…」

阿部 「変に先走れば警戒され恨まれより深い虐待が始まる。兄弟のうち、兄は生き残るにしても弟はもう狙われていますから、救うタイミングを外せば、あとは彼の運次第。もしくは強硬策しか無くなります」

 「じゃあ、どうすれば」

阿部 「とにかく、保護したいですね。この家で迎えられるならそれが一番いい。奥さん、適当に妹さんに理由作って、彼らを強引に預かってみてはどうです」

 「よし、それだ! 電話しろ」

とにかく、迎えに行くのだという夫を止める気はない阿部は、車に乗り込みおよそ10分。アパートにつき、子供らを保護した。

子供らしか居なかった為、話はスムーズであった。ほぼ同じ地域に住んでいる叔母の夫婦の一軒家で過ごすのは、兄弟にとってホッとする時間なのかもしれない。

車の中で眠そうにする兄弟。兄の方は弟の右腕、上腕のあたりを大丈夫とさすっていた。

阿部 「蹴られたか? 男に」

頷く兄弟の様子を見て、阿部は病院に向かうようにと言った。

病院で診断書をもらい医師に事情を説明して写真を撮ってもらったりすればこれ自体が虐待を表す証拠になるし、怪我をしてれば、暴行罪が成立するから、警察の介入が見込めるわけだ。

夫 「自分、地元で、友達が病院やってるんです。そこに行きます」

阿部 「いいですね。じゃあ、議員さんとか警察とか知り合いいませんか?」

 「警察は地元にはいませんが、両方いますよ」

阿部 「尚更いい。市役所はどうです?」

 「同級生がいます」

阿部 「全員、今日集められますか?」

 「集めます」

夫の友人である医師に事情を話すと、彼はすぐに診察を始めた。夫の電話でこの病院に同級生らが集まり、軽いミーティングが始まった。叔母から母親には外泊の許可が出ていると連絡が入り、この間にいかに動くかが最重要項目として話し合われた。

少年 「大丈夫かな」

阿部 「大丈夫だろ。とりあえず、アイス買いに行こうぜ」

少年 「アイス?」

阿部 「アイス。腹減ってきたし」

阿部は診察の終わった弟の方も連れて、道路の向かいにあるコンビニに兄弟と歩いた。全員分のアイスを袋に入れて、兄弟の分をその場で出して、「食っていいぞ」と手渡した。弟の方はアイスに夢中で、はしゃいでいる。

阿部 「で? 君のお母さんがあの男を切れるかどうかが問題なんだよ。その辺、どうだ」

少年 「うん、僕にもわかんない。」

阿部 「結構、ダメな人多いんだよな」

少年 「…その時はその時だよ」

阿部 「その時はその時か。お前、随分大人だな。アイスは子供のくせに」

阿部は病院に戻り、アイスを大人たちにも配り、役割の確認をした。

医師が言うには、古い痣が複数箇所あり腕は打撲していた。骨折はないが、男に蹴られたことは明らかで通報してもよい件だと判断したそうだ。議員は児童相談所に問い合わせをし、警察は被害の通報があれば動くという段取りができ、さらに集まってきた友人らにも役割ができた。阿部は彼らのモチベーションをさらに上げるために、得られた証拠類の説明を、病院の待合室の一角を使い行った。一部暴走しそうな者に、暴走しないように注意し、あとは地元の大人たちに任せる事にした。

それからおよそ1か月後。阿部は自身が代表理事を務めるNPO法人に多めの寄付金が入金されていると事務長から聞かされた。寄付の名前は、少年の名前だった。早速、お礼の電話を叔母の家にすると、祝日であったこともあり、夫が出た。

そこで、あのあと、母親の彼氏という若い男が任意で警察に引っ張られ事情聴取で暴行を自白、その場で逮捕となり、義理の妹である母親の方は、みっちり説教を受けたという話を聞いた。今は、親子がこの叔母夫婦の一軒家を間借りする形で、一緒に暮らしているそうだ。

で、少年は大人になってお金稼いだら、「アイスをおごってくれるそうだ。でも、高い大人アイスはダメなんだそうだ。

阿部 「まっ、楽しみに待っとくわ」

阿部は笑いながら電話の先に少年に応えた。

image by: Shutterstock.com

 

※当事者の許可を得てメルマガで紹介したものを引用しています。

著者:阿部 泰尚(T.I.U.総合探偵社代表)

阿部泰尚『ギリギリ探偵白書』

『ギリギリ探偵白書』

著者/阿部泰尚(探偵)

T.I.U.総合探偵社の現役探偵が、実際に体験した事を語ります。アクションあり、感動あり、お笑いあり、役立つ情報あり!! ストーカーに遭わない方法や浮気の見抜き方など、探偵的リスクマネージメントについての紹介をしていきます。

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