知的障害者や精神障害者への強制不妊手術を法で認めた「旧優生保護法」という法律が、1996年まで半世紀以上も存在していたことをご存知でしょうか。ある訴えをきっかけに今、その問題が注目を集めています。メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』の著者で「ニュースステーション」に天気予報士として出演していた健康社会学者の河合薫さんは、「過去」のこととして忘れられつつあるこの法律の残酷さについて持論を展開しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年1月31日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
9歳女児に不妊手術の愚挙
「1981年の日本で、まだそんなことが行なわれていたのか?」
朝刊を広げた途端、思わず声をだしてしまいました。
「強制不妊手術9歳にも 宮城、未成年半数超」という見出しが飛び込んできたからです。(以下、内容)
知的障害者や精神障害者らへの強制不妊手術を認めた旧優生保護法
(1948~96年)の下、宮城県で手術を受けた記録が残る男女859人のうち(63~81年度)、未成年者が半数超の52%を占めていたことが判明。
最年少は女児が9歳、男児が10歳。9歳の女児は2人で、いずれも不妊手術の理由を「遺伝性精神薄弱」とされ手術を受けていた。
同法は「不良な子孫の出生防止」を目的とし、医師が必要と判断すれば都道府県の審査会での決定を経て、「優生手術」として不妊手術を実施できる。旧厚生省は「本人の意見に反しても行うことができる」として同意がなくても手術は強制可能と通知していた。
同意のないまま優生手術を受けた人は同法施行期間中、全国で1万6475人に上っている。(2018年1月30日 毎日新聞)
※優生保護法が「母体保護法」に改正されたのは1996年。
今回の事実は、宮城県の60代の女性が、「個人の尊厳や自己決定権を保障する憲法に違反する」として訴えを起こしたことで明かになりました。
女性は幼い頃の麻酔治療の後遺症で重い知的障害が残り、15歳で強制手術を受けさせられました。
大人になり縁談があったときも、不妊手術をしていることが原因で破談になったそうです。
……信じられません…。
「優生手術」という名の下、不妊手術が行なわれていたのは知っていましたが、「本人の意志に反しても行なうことができた」ことも、半数以上が未成年だったことも知りませんでした。
しかも、9歳の女児や10歳の男児にまで行なわれていたとは……。
言葉もありません。
旧優生保護法は、ナチス・ドイツの「断種法」がモデルの国民優生法が前身です。
この法律は国際的にも問題視されていて、2016年には国連の女子差別撤廃委員会が、「優生手術の実態調査や手術を受けた人への補償」を日本政府に勧告。
日本弁護士連合会も昨年2月、「優生手術が対象者の自己決定権を侵害し差別だったことを認め、謝罪・補償するべきだ」との意見書を国に提出しました。
それらの勧告に国は難色を示していたとのことですが、今回の問題をきっかけに旧優生保護法の問題を検証し、国にはきちんと過去と向き合って欲しいと思います。誠実に対応することが未来にもつながる行為になるからです。
そもそも日本は「過去」を振り返ることを、なおざりにしてきました。
歴史を振り返ることでしか人は学べないのに、残念なことです。
たとえば、ドイツでは「二度と過ちをおかさない」という強い信念のもと、歴史教育を学校と社会で、徹底的に行なっています。
強制収容所について学ぶことは義務づけられていますし、近現代史に多くの時間がさかれる。
真ちゅうのプレートに、ナチスに虐殺された人たちの名前などが刻印された『つまずきの石』と呼ばれる敷石が、ドイツ国内に無数に埋められ、ありとあらゆる場所に加害に関するミュージアムや史跡がある。
「すごい!ここまでやるのか!」と驚愕するほど、過去の歴史と向き合う取り組みが行なわれているのです。
片や日本はどうでしょうか?
今回、先のニュースが報じられ、テレビやラジオの出演者の多くが、「え? 1996年までそんな法律があったの? それが驚き」という発言をしていました。
確かに、たった20年前です。
でも、それはたった20年前のことを「知らなかった」という事実でもあります。
そうです。たった20年前。バブルが崩壊して山一証券が自主廃業を発表したときの記憶は鮮明に残っているのに、「優生」という、極めて問題のある文言が法律から消えたときのことは覚えていないのです。
お恥ずかしいことですが、かくいう私もそのひとりです。
1996年、私は「ニュースステーション」に出演していました。
報道の第一線の現場にリアルタイムでいながら、当時、どのように番組で、優生保護法改正のニュースが報じられたのか?
そもそも改正されたことが、報じられていたのか?
どちらの記憶もない。
微塵もないのです。
もし、仮に報じられていたとしても、当時の私は「え! 今頃? ナチスドイツじゃあるまいし、遅過ぎる!」なんて気持ちにはならなかったと思うのです。
だって、批判を恐れずに告白すると、興味がなかった。
女性のための法律。出産に関係する法律。その大切な法律を女であり、30歳というこれから子どもを産むであろう年齢でありながら、「自分には関係ない」とどこかで思っていたのだと思います。
そして、今。自分自身が社会問題を提起する立場になり、いかに社会問題が「自分の足下の問題」であるかを痛感しています。
貧困問題、子どもの問題、高齢者問題、健康問題、教育問題、労働問題……etc etc。
日々報じられるいくつもの社会問題は、何一つ「自分に関係ない問題」は存在しません。
マクロをミクロにすれば、自分の問題になるし、海外の問題もやがて海を渡り、自分の問題になる。
その一方で、「自分とは関係ない」と興味を示さない人たちの多さに、途方に暮れるのです。
無知であることほど、罪なことはありません。
無知であるが故に、人を傷つけ、刃となる言葉を平気で吐く。
そして、何か問題が起き、そこに憎むべき対象があると、うすっぺらな正義を振りかざし、“場外”から石を投げるーーー。
なんだか話しがちょっとばかり広がってきてしまいましたが、小さなことでも問題提起していきたいと、今回改めて思いましたし、そのときにはこれまでもそうだったように、「そもそも(=過去)」を振り返りつつ、考えて行こうと思います。
今回の旧優生保護法を振り返ることは、LGBT、障害者など、「今ある問題」につながる大切な事だと思います。
みなさんのご意見もお聞かせいただきたく。
どうぞよろしくお願いいたします。
image by: Shutterstock
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年1月31日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年1月31日号)より一部抜粋