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「米を食べるとバカになる説」を真に受けて稲作文化をバカにした「令和の米騒動」の真犯人

この夏、突如日本を襲った米不足。その原因についてはさまざまな「説」が語られていますが、かねてから日本の農政に警鐘を鳴らし続けてきたジャーナリストの高野孟さんはどのように見ているのでしょうか。高野さんは今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、農水官僚が「令和のコメ騒動」を招く一翼を担ったとして彼らがこれまで進めてきた政策をつぶさに解説。さらに第2次大戦後に厚生省(当時)が展開した米偏重を侮蔑する「栄養改善運動」の論理的後ろ盾となった、慶應大学医学部教授による「米を食べるとバカになる」という驚きの説を紹介しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:日本文明の基礎を掘り崩す農水省の「米を作らせない」政策/時ならぬ「米騒動」の根本原因

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

原因はインバウンドでも買い占めでもない。なぜ令和の米騒動は起きたのか

この8月に降って沸いたかのように東京はじめ大都市圏を襲った「米がない!」の大騒動について、訪日外国人の数が7月に前年同月比41.9%増の329万2,500人、2カ月連続で過去最高に達したからだとか、8月8日に宮崎県地震でいよいよ南海トラフ巨大地震か!?という不安が広がり、さらに下旬には台風10号が超ノロノロ進路で滞留し10日間も列島各地に激しい雨を降らせるといった異常な姿を見せたことで買い溜めに走る人が増えたからだとか言われている。

しかしそれらは原因ではなく結果であり、そのようなちょっとした変動要因でたちまち店頭から米袋が消えてしまうような米市場の驚くべき脆弱性、その背景にある農水省の積年の水田破壊・農民潰しの悪政こそが根本要因である。この馬鹿騒ぎを、日本文明の根幹としての「米」をどう守っていくのかに改めて思いを馳せる機会にしなければならない。

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小賢しい「農民に米を作らせない」政策の果て

農家に「米を作らない」ことを奨励――というより強要する「減反」政策は、1970年に始まり2017年まで約50年間も続いた。

それ以前は、1942年に東條内閣が制定した食糧管理法の下で、政府が公定価格で米・麦を農家から買い取り、食糧営団を通じて配給する食糧管理制度がとられてきたが、戦争直後の飢餓状態を脱して生産も消費も落ち着きを取り戻すと共に、生産者から高く買って消費者に安く売ることによる逆ザヤ負担が耐え切れないほどに膨らんだ。そのため、1970年頃から、

  1. 政府米に買い入れ限度を設ける一方、
  2. 農家が卸業者などに直接販売することを許容。
  3. 同時に、水稲の作付け面積を制限することで米価の下落を予防するという無謀な統制的発想から、

水稲栽培を止め(減反)、他の作物を作付けする(転作)か、何も作らない(休耕)と、つまり「米を作らない」と補助金が出るという政策が始まった。

どこぞの国立大学の法学部を出て、統計の分析や法律の解釈は得意かもしれないが田植え・稲刈りなどやったこともなく鎌で指を切ったこともないヒョロヒョロ官僚が机上の空論で編み出したこんな政策がうまくいくはずもない。

日本は、安田喜憲の定義によれば東洋の「稲作漁撈文明」の極致とも言うべき国柄でありそれは欧米の「麦作牧畜文明」と並んで世界を二分する文明原理の1つであり、それをまた安田の師である梅原猛は、東洋は「安らぎの文明・慈悲の文明」であるのに対し西洋は「怒りの文明・力の文明」と位置付けた(安田『稲作漁撈文明』、雄山閣、2009年刊)。

ヒヨッコ官僚に分からないのは、この目先の赤字の辻褄合わせでしかないこの小賢しい「農民に米を作らせない」政策が、まさに日本文明の根幹に対する冒涜であり、数千年にわたり土を作り田んぼを守ってきた農民の人間としての誇りに対する侮辱だということである。戦後日本の「堕落」はここから始まったと言っても過言ではない。その行き着いた先がこの情けない「米不足騒動」である。

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「米を食うとバカになる」説に飛びついた政府

もちろん、水稲をバカにしそれを担う農民をコケにしたのは農水官僚だけではない。戦後、厚生省は米国からのララ物資、ガリロア・エロア資金による「メリケン粉」輸入ですっかり米国拝跪病に陥り、「我が輩は米と魚と野菜の貧しい日本人の食卓を、パンと肉とミルクの豊かな食卓に変えるためにやってきた」(マッカーサー元帥)、「太平洋戦争はパン食民族と米食民族との対決であったが、結論はパン食民族が優秀だということだった」(GHQ公衆衛生福祉局長サムス准将)などの占領軍イデオロギーの手先と化し、米偏重を侮蔑し欧米風の食事を理想する「栄養改善運動」を展開、そのための栄養改善法という法律まで作った。

その運動の“バイブル”となったベストセラーが、慶應大学医学部の生理学教授=林髞『頭脳』(カッパブックス、1958年刊)の「米を食べると頭が悪くなる」説だったことはよく知られている(が、読んだことがない方が多いと思うので、文末に要旨を掲載しておく)。

また通産省は、そうやって農民が蔑まれ、親たちが子供らに「こんな村に居てはいけない。お前も都会に出ていい給料を貰えるようになれ」と工場労働者や事務員になるのを勧める風潮を喜んだ。こうやって馬鹿な政府が自国の文明の基礎を掘り崩したのである。

この結果、水稲の作付け面積は、1969年の317万haをピークに75年272万、85年232万……2023年134万haまで減少の一途を辿り、収穫量も1967年の1,426万tをピークに75年1,309万、85年1,161万……23年わずか661万tにまで下落した。

言うまでもなく稲作に限らず農作物の栽培は何よりも自然条件や天候に大きく左右され、工業製品のように計画通りに出荷できることなどほとんどあり得ない。だから机上の空論の需給見通しに沿って供給量を出来るだけ絞ることで価格暴落や品不足に備えるというのはあり得ない愚策であり、EUや米国で行われているように基本的には市場の変動に委ねながらも農家の努力ではどうにもならない原因で採算がとれなくなった場合には政府が個別農家の所得を補償するという仕組みしかありえないはずだが、09年民主党政権が実験に取り組んだこの戸別所得補償制度を「バラマキ」の一言で何も学ばずに投げ捨てたのが次の安倍政権だった。

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なぜ米を食べるとバカになるのか

参考》「米を食べるとバカになる林髞教授説要旨

■林著『頭脳』P.155~161

頭の働きにはどうしても蛋白質が必要で、その蛋白質の分解つまり眠りによる回復にはどうしても炭水化物が必要だということになる。その上に、つぎのことがわかってきた。脳髄が働くには蛋白質が分解してできる窒素化合物であるプラス物質とマイナス物質が必要で、プラス物質が生ずるのにはビタミンB1、B12、それにおそらくビタミンB類のうちのパントテン酸が必要である。同様にマイナス物質をつくるにはビタミンB6が必要である。これらのうちとくに必要なのはB1である。

もしこれらビタミンB類が欠乏すると、頭の正しい働きができなくなる。そして、一種の気ちがいが生ずることがわかってきたのである。

さて、脳髄は、子供のときからじょじょに発育し、およそ24歳まで(おそい人は27歳ぐらいまで)ずっと発育する。その発育の途中で、これらのビタミンB類が不足すると、脳髄の働きがわるいまま発育してゆく。ちょうど、生まれてまもなくから毎日膝を折ってすわりつづけていた日本人が、身長が低く育ってしまうのと同じで、発育の途中にB類が絶対に必要である。私どもは子供を育てている母親たちに、とくにこのことを注意していただきたいと願わすにはいられない。

私たちが主食を作り、用いるのに、生命のために一番よい形のものを選ぶべきである。

いま、全世界の国々がなにを主食としているかを見てみると、イギリス、フランス、イタリア、スエーデン、ノールウェー、チェコ、ソビエト連邦、アメリカ合衆国、アルゼンチン、チリなどの国々は、小麦(すなわちパン)を主食としている。

これに対して米(すなわち白米)を主食としている国々が一方にある。それは、日本、中国、フィリピン、ベトナム、ジャワ、スマトラ、インド、パキスタン、アルジェリア、エチオピア、ホッテントットなどである。

この2つの主食のちがいはどこにあるかというと、小麦は、胚が中にあって、そのまわりにビタミンB類があるので、精白してもビタミンは失われない。しかるに米は、胚が外がにあって、そのまわりにビタミンB類があるから、精白するとまったくB類欠乏食になる。いっそう注意すべきことは、ビタミンB類のうちのもっとも重要なビタミンであるB1は、平圧ではいくら煮てもそのままのこる。ところが高圧(1.2~2気圧以上)にすると、たちまち、こわれてなくなる性質があるので、玄米でも、胃腸を害さずに食べるように煮れば、全てビタミン欠乏食となってしまうことである。

さてこういうわけで、私ども日本人は、いままでビタミンB類欠乏食を主食としてきたのである。だから、他の食物や野菜からわずかにB類が補給されただけであった。それで、脚気(白米病)にかかる人が多かったのである。

であるから、B1があっても、白米を食べてその消化に用いられてしまうと、頭の方で用いるのに不足する。それで、日本ではいつも不足がちの働きしかしない頭脳のままで成長発育するから、大人になってからたいへん不都合なことが起こっていることは、よく理解できる。

そこで、主食として白米を食するということは、とくに少年少女のためにたいへんなことであると考えなければならない。

どうしたらよいか。これはせめて子供の主食だけはパンにした方が良いということである。大人もできればそうしたいが、日本ではそれはなかなかたいへんであろう。とくに農業立国の国であり、米を食わないとなると血の雨が降らずにはすむまい。だから、そういうことはこわくて言えない。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年9月16日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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