長崎原爆のいわゆる「被爆体験者」44名が被爆者認定を求めていた裁判で、「15名のみを認定する」という大方の予想に反する判決を下した長崎地裁。この不可思議とも言える判決の裏側には、「ある狙い」が存在する可能性があるようです。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、裁判の判決が「次期首相の初仕事を見越したもの」と判断するに充分である理由を、これまでの「歴史」を振り返りつつ解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:小泉劇場、再び!
再びの「小泉劇場」か。長崎地検が不可思議な判決を下した裏を読む
9月9日、長崎の爆心地の東西約7~12キロで原爆に遭いながら、国が指定した被曝地域よりも外側にいたとして、未だに被爆者と認められていない通称「被爆体験者」44人(うち4人死亡)が、長崎県と長崎市に被爆者手帳の交付などを求めた訴訟の判決がありました。この裁判は、安倍政権下の2019年に原告全員の敗訴が確定したため、再提訴していたものです。
その後、菅政権下の2021年、広島の同様の訴訟で広島高裁は原告84人(うち14人死亡)を被爆者と認める判決を下しました。この判決により、被爆者と認める条件が大幅に緩和され、約6,600人が新たに被爆者と認められ、医療的援助を受けられるようになりました。
広島と長崎、どちらの訴訟でも原告らは、原爆の爆発後に「黒い雨」に打たれており、これによって多量の放射性物質に晒されて被爆したと見られていたため、長崎地裁の判決に注目が集まっていました。広島高裁の判決を踏まえれば、今回の長崎の訴訟でも原告全員が被爆者と認められると予想されていました。
しかし、長崎地裁の松永晋介裁判長は9月9日、原告44人のうち旧矢上村、旧古賀村、旧戸石村の3村に住んでいた15人だけを被爆者と認め、手帳の交付を命じた一方で、それ以外の村に住んでいた29人については「黒い雨が降ったという証拠がない」として、訴えを退けたのです。来年で原爆投下から80年の節目を迎えるというのに、それでもなお、被害者を苦しめ続けるこの不可解な格差判決に、新聞各紙は一斉に社説などで「全員を救済すべき」と批判の声を挙げました。
このコーナーでは、以前も広島の「黒い雨訴訟」について取り上げましたが、こうした原爆による被爆や各地での公害病などで被害を受けた地域住民が、各自治体や国を相手取って行なった訴訟では、多くの場合、たとえ裁判で国の責任が指摘されたとしても、国はなかなか認めずに控訴します。それはまるで、裁判を長引かせて原告たちが寿命を迎えるのを待っているかのような卑劣な対応です。
しかし、これらの訴訟でも、国が突然、手のひらを返したように責任を認めることがあるのです。たとえば、先ほど挙げた広島の「黒い雨訴訟」です。この訴訟は、安倍政権下の2015年に起こされたものですが、当時の安倍政権は一貫して国の責任を認めず、常に対決姿勢でした。そして2020年9月、安倍晋三が突然、首相辞任を発表し、官房長官だった菅義偉が後継者となりました。
そんな菅義偉は、日本学術会議の問題などでスタートからつまずいた上に、福島第1原発の放射能汚染水の海洋放出を認めるなど、国民を無視した剛腕な政権運営に批判が出始めました。そして、翌年には猛威を振るっていた新型コロナの唯一の対策だったワクチンの確保に手間取ったことや、新型コロナ禍での東京五輪の強行などに批判が集まり、内閣支持率は急降下し、2021年7月の世論調査では、ついに「危険水域」と言われる30%を割り込んで29.3%となってしまったのです。
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内閣支持率の回復に「黒い雨訴訟」を利用した菅義偉
この世論調査の結果を時事通信社が報じたのは、7月16日でした。そして、この2日前の7月14日、広島高裁は安倍政権時代から6年間も争い続けて来た広島の「黒い雨訴訟」で、原告の住民84人全員を被爆者と認めた広島地裁の一審の判決を支持しました。しかし、これは高裁の判決なので、これまでの流れから考えれば、国は当然、この判決を不服として、最高裁に上告すると見られていました。
上告期限は2週間なので、国は7月28日までに上告しなくてはなりません。しかし菅義偉は、期限の2日前の26日に記者会見をひらき「上告を断念する」と発表し、被爆者手帳の交付などの救済措置を早急に講じると約束したのです。これによって結果的には約6,600人もの被爆者が救済されたのですから、この英断は評価すべきでしょう。しかし、もしもこの時、内閣支持率が高い数字で安定していたら、果たして菅義偉は上告を断念していたでしょうか?
「危険水域」まで落ち込んだ内閣支持率を少しでも回復させるために、菅義偉はこの訴訟を利用したのではないでしょうか?
【関連】自民党政権の醜い本質が見えた「黒い雨訴訟」上告断念の首相談話
この時あたしは、ある出来事が脳裏に蘇りました。20年以上も前のことなので、一定以上の年齢の人しか覚えていないと思いますが、史上最低の内閣支持率で退陣に追い込まれた森喜朗の後継として、2001年4月の自民党総裁選に出馬した小泉純一郎は、主婦層に人気のあった田中真紀子とタッグを組み、橋本龍太郎、麻生太郎、亀井静香を破りました。この時の総裁選で小泉純一郎は「自民党をぶっ壊す!」と連呼し、街頭演説には数千人から数万人の観衆が押し寄せる「小泉旋風」を巻き起こしました。
森喜朗が地に落とした自民党の支持率とイメージを、完全に刷新することに成功した小泉純一郎は、戦後の内閣として歴代1位の87%という高い内閣支持率で、2001年4月26日、第1次小泉政権をスタートさせました。今ほどインターネットは普及していませんでしたが、小泉純一郎が新政権のスタートとともに発行したメールマガジンは、あっと言う間に200万人を超える購読者を獲得し、その注目度の高さを知らしめました。
こうなって来ると、全国の人たちの期待度も高まります。自民党に批判的だったあたしですら、この時は「小泉さんなら自民党を変えてくれるかもしれない。日本を良くしてくれるかもしれない」と期待しました。そして、政権発足の翌5月には、あたしの期待は確信に変わったのです。
日本では多くのハンセン病の患者が「らい予防法」という悪法によって不必要な隔離措置を強制され、差別されて来ました。この悪法は1996年に廃止されましたが、この廃止措置を受けて1998年、熊本と鹿児島の療養所にいたハンセン病の患者のうち少数が、熊本地裁に国家賠償訴訟を起こしました。長年差別されて来た患者たちの多くは、裁判の原告となることに消極的でした。しかし、原告団の努力によって、最終的には全国のハンセン病の患者、約4,500人のうち半数以上が原告となりました。
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自分の「見せ方」をよく理解していた小泉純一郎
そして、第1次小泉政権がスタートした2週間後の5月11日、この国家賠償訴訟を審理していた熊本地裁は、大方が予想していた「国側勝訴」という既定路線を覆し「原告勝訴」との判決を下したのです。正確には「一部認容、一部棄却」でしたが、自分たちの勝訴を信じていた政府(厚労省と法務省)は焦りまくりました。そして、すぐに控訴の準備に入りました。そのため、原告団は支援者らとともに首相官邸前で座り込みを行なって抗議し「控訴断念」を訴えました。
すると、小泉純一郎はすぐに原告団との面会に応じ、5月23日、首相官邸で原告団の代表者と面会をしたのです。そして、わずか2日後の5月25日、小泉純一郎は自身の政治決断で高裁への控訴を断念し、その内容を明記した首相談話を発表しました。これによって熊本地裁の判決が確定したのです。
この裁判に注目していたあたしは、この時の小泉純一郎の英断に感動し、日本にも素晴らしいリーダーが現われたと確信したのです。しかし、この年の9月11日にアメリカで同時多発テロが発生すると、小泉純一郎は「テロ対策特措法」を成立させてまで米軍のアフガン侵攻に日本の自衛隊を参加させたのです。このあたりから、あたしは小泉純一郎に違和感を覚え始め、この人が「アメリカの飼犬」だったと気づくまでに、そう長い時間は掛かりませんでした。
政権発足直後というタイミングで、ハンセン病の患者による国家賠償訴訟の地裁判決が出たのは、小泉純一郎が「持ってる」ことの証明だったと思います。そして、厚労省と法務省を敵に回しても「控訴断念」を決断したのは、どうすれば国民にリーダーとしての資質をアピールできるか、誰よりも良く分かっていたからでしょう。
アメリカの戦争に自衛隊を派遣したことで批判の声が挙がって支持率が下がり始めると、自らが北朝鮮に乗り込んで派手に拉致被害者を連れ戻して来る。サスガは広告代理店に選挙対策を依頼するほどの人物です。自分の「見せ方」というものを良く理解しています。
そして、ここまでの流れを読めば、原告44人のうち15人だけしか被爆者に認定しなかった9月9日の長崎地裁の不可思議な判決の理由も見えて来たと思います。そう、次の自民党の総裁、つまり次の日本の首相が、就任直後に行なう口切の仕事として、長崎地裁に認定されなかった29人全員を政治決断で被爆者に認定し、速やかに被爆者手帳の交付などの救済措置を行なわせるという作戦です。少々頼りなく見える首相でも、これで新しい日本のリーダーとしての「掴み」はオッケーでしょう。
こんなことを言うと「陰謀論」だと一蹴されてしまいそうですが、残念なことに今の日本は、8年弱の第2次安倍政権の間に、各省庁の官僚たちは政権の言いなりになり、裁判所も危険な原発の再稼働停止訴訟などで地域住民の訴えを次々と棄却するという極めて政権寄りのスタンスに変わってしまいました。こうした事実と照らし合わせれば、今回の長崎地裁の不可思議な判決も「次の首相のための配慮」に見えて来ますし、一概に「陰謀論」では片付けられなくなると思います。そして、その真偽が分かるのが、今から数週間後なのです。
(『きっこのメルマガ』2024年9月18日号より一部抜粋・文中敬称略)
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