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中国急成長の裏で「9重苦」に押しつぶされる中国農民の現状

以前掲載の「習近平の神格化でますます虐げられる、中国9億人の貧困層」などでもお伝えしているとおり、好調な経済が伝えられる中国において、悲惨とも言える扱いを受け続けている農民たち。中国政府は、出稼ぎという手段で都市部の生活を支えているといっても過言ではない彼らを保護するどころか、首都から追い出すクリーン作戦をはじめたといいます。メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』の著者で台湾出身の評論家・黄さんは、このような形で追い詰められる農民たちが習近平政権の最大の不安定要素だとした上で、「これからの中国を見るために必要な5つの視点」を記しています。

※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2018年2月27日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め1月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。

【中国】「9重苦」に苦しむ中国農民の現状

寒空の北京、路頭に迷う10万人の出稼ぎ者たち

2017年11月、北京市の郊外にある北京市大興区西紅門鎮新建村で大規模な火災がありました。火災があった場所は、出稼ぎ労働者が居住する地域であると同時に、多数の工場が立ち並ぶ彼らの職場でもありました。しかし、ここにある建物の多くは違法建築であり以前から政府に目をつけられている場所でもありました。

そうはいっても、ここで働く人々の労働力が北京市民の生活を支えている面もあり、地方からの出稼ぎ労働者は仕事を、北京市民は労働力を供給してもらって互いに成り立っていました。さらに、出稼ぎ労働者の収入で住める場所は限られており、郊外の工場に勤務する人々は、工場に隣接する安普請のアパートに部屋を借りて住んでいました。家賃は400人民元(約6,800円)~700人民元(約1万2,000円)ほど。市内でアパートを借りようとすれば、その倍以上はします。

中国の農村部では、両親が長期で都会に出稼ぎに行ってしまい、子供だけを実家に残していくいわゆる留守児童」が問題となっています。親たちがどれだけ必死に働いても、得られる現金はわすかばかりで、地方に残してきた子供たちの生活は決して楽なものではありません。子供だけで生きていくことに疲れ、将来を悲観した子供が自殺することも少なくなく性被害などの犯罪に巻き込まれることも多くあります。

こうした「留守児童」の実態は、ネットで検索すれば山ほど出てきますし、以前、このメルマガで紹介した映画監督・王兵の作品三姉妹~雲南の子』という作品でも見ることができます。

王兵監督の作品に登場する三姉妹は、典型的な留守児童であり、母親は失踪、父親は街へ出稼ぎに行っており、三姉妹は祖父と暮らし、食事は親戚の家で嫌味を言われながら取っています。長い間風呂に入らず、着替えもせず、体に湧いてでるシラミをつぶしながら、毎日家畜やジャガイモの世話をして暮らす様子が克明に記されたドキュメントです。風呂に入らないのは、寒い地域ながらお湯が出ないからでしょう。

三姉妹~雲南の子

寒さでは北京も負けていません。朝晩はマイナスになります。そんな極寒の中、大勢の出稼ぎ労働者が住む場所を奪われ、路頭に迷うことになったのです。冒頭の記事に戻ります。北京郊外の出稼ぎ労働者の町であった新建村で起こった火災では、19人が死亡しましたそのうち8人は子供だったそうです。違法建築だったため、火災対策などあるわけもなく、火災発生時に室内にいた人々は逃げ場もなく一酸化炭素中毒で亡くなりました。

記事によれば、現場となった聚福縁公寓は、「工場アパートとして建てられたビルだったが、5~6年前に地上2階と3階の一部を改造して10数㎡程の部屋を305室作って貸室とした」ものだったそうです。工場アパートとは、工場として貸し出すことを目的に建てられた建物であるため、現場の建物も地下一階は冷凍倉庫となっていたそうです。

こうした建物に住む時点で命がけですが、それでも雨風をしのぐ部屋に住めるだけ有り難いと、出稼ぎ労働者たちはときには一人で、ときには一部屋を数人でシェアして住んでいました。そんな懸命に生きている彼らに対し、北京政府は容赦なく立ち退きを迫るのです。郊外地域の違法建築を徹底排除して、再開発を進め、クリーンなイメージにしたいとのことから、火災が起こる前から新建村の住民には立ち退き勧告をしていたそうです。

しかし、彼らには立ち退いた後に行く場所はありません。故郷に戻っても現金収入を得ることはできないため、なんとか都会で働かなければなりません。そうして立ち退きが遅れていた最中の火災でした。現地報道によれば、火災の火元は不明とのことで、容疑者は何人か身柄を確保しているそうなのですが、政府の立ち退き要求に従わなかった彼らを、政府関係者が卑劣な手段で強制排除しようとした可能性もあると憶測してしまうのは私の邪推でしょうか。

記事によれば、火災があったのが2017年11月18日夜で、11月21日には火災があった「大興区の北部に位置する“旧宮鎮”の地元政府が次のような緊急通知を布告したことがネットに掲載されて話題になった。」そうです。その通知を以下に引用しましょう。

《緊急通知》

 

“大興区政府”および“旧宮鎮政府”の通知に応じ、北京市政府の関係文章の要求に基づき、本地区にある全ての“公寓(アパート)”および“出租房屋(貸室)”は5日間を期限として大至急清算し、返却することを要求する。11月26日には水、電気、ガスを強制的に停止する。全ての居住者はこの期限前に完全に退去することを要求する。この期限を過ぎても退去しない者は本公司および政府が強制的な措置を採るが、その結果は自己責任である。

 

2017年11月21日

こうして強制退去させられた出稼ぎ労働者は10万人とも言われています。地方から来たこれだけの人々を追い出してしまった北京では、北京市民の生活の一部が麻痺したこともあったそうです。例えば宅配便は人手不足を理由に一時ストップしてしまったとか。ここには、田舎の戸籍と都会の戸籍による圧倒的な差が問題の根底として横たわっています。

年が明けて2018年2月11日、旧暦の正月の最終日に、北京でも繁華街として賑わう西単で一人の男が無差別殺人事件を起こしました。被害者は13人、そのうち一人は亡くなったということです。

北京西單大悅城商場持械行兇事件:致1死12傷(視頻)(《新聞時時報》2018年2月11日)

犯人の人物像について詳細を記した記事があったので、以下に引用します。

男は河南省西華県出身の35歳で、周囲に社会に対する不満を漏らし、報復したいと話していたという。また、事件を伝えた中国メディアによると、男は中学校を中退して実家を出、河南省、河北省、江蘇省と移り住みながら主に工場を渡りあるいていたのだが、仕事も生活もうまくいかず、実家にも寄りつかず、人と交流もせず、ネットカフェを転々とする生活を送っていて、世の中を悲観していたのだという。

中国の出稼ぎ青年を無差別殺傷に追い込んだもの

犯人は河南省出身の出稼ぎ労働者で、工場を転々としながら働いていたとのこと。冒頭の火災現場に住んでいた人々とほぼおなじ境遇と言えます。極寒の中、少ない現金収入のなかやりくりしてやっと手にいれた住処を追い出された10万人の一人だったのかもしれません。

この現実は、個人の努力で何とか出来るほど簡単ではないでしょう。戸籍の問題は中国人の中に根強く存在しています。そして、農村の戸籍を持つ者は下級人口」として排除の対象として虐げられ続け、都会の戸籍を持つ者は富み続ける。虐げられ続ける側のやるせなさは、限界を超えると凶行という形になって発露するのかもしれません。

習近平が任期撤廃して、すべての富、名声、権力を手に入れていく一方で、「下級人口」はどんどん追い詰められていくのです。この負のエネルギーが限界まで大きくなったとき中国で何かが起こるかもしれません

習近平は、「打老虎(虎退治)」と言われる汚職追放運動の後、「大気汚染追放」キャンペーンを印象づけるために、練炭の使用を禁止した上に、民工農村からの出稼ぎ労働者を首都から追い出すクリーン作戦をはじめたのです。

しかし、どれだけ美辞麗句を重ねても、「虎退治」も「クリーン作戦」も、習近平の子分たちや富裕層には全く関係がなく、被害者は専ら民工たちです。中国では、古代から農民は都市に流れてくるのが掟です。今年の北京の冬は、例年以上に厳しい寒さに見舞われています。民工たちはどこまで追い詰められていくのか。これは習近平政権の最大の不安定要素です。

私はいつも、中国の農民は「九重苦」を抱えていると言っています。それは、

  1. 大量の役人を養わなければいけない
  2. 教育を受けるのが難しい
  3. 移動や移住が難しい
  4. 社会保障がない
  5. 観念(思想知識)の遅れ
  6. 物的資源も人的資源も乏しい
  7. 意思表示が難しい
  8. 農業から異業種への企業創設も他企業への転職も難しい。貯金が出来ない
  9. いつも陵辱されている

の9つです。

習近平体制は、現在、権力強化の昂進中ですが、社会主義のイデオロギーは消失しつつあるのではないでしょうか。私は、今の習近平がやっていることは、漢の時代に王莽が目指した理想的儒教の千年王国の樹立に似ているように思えます。

全権掌握の面から見れば、民国初期の袁世凱の帝政への回帰にも似ています。しかし、これら二つの例はいずれも失敗に終わっています。失敗の原因は、理想と現実の乖離による時代錯誤にあります。特に、毛沢東主義への回帰は、世界の潮流からかなりかけ離れています。

今の中国は、表面的には軍事も経済もかなり好調に見せていますが、経済力の後退は隠しきれるものではありません。中国の対外債務の金額については、様々な憶測がなされていますが、33兆米ドル(約3,700兆円)という数字が有力ではないかと思います。これからの中国を見るうえにおいて、私の考えを以下に述べましょう。

  1. 90年末の高度経済成長の延長線上から、これからの中国を読むのはタブーです。
  2. 習近平は、トウ小平以来の「改革開放」のルールを変えようとしていますが、その背後には江沢民や胡錦濤とは違う事情があります。経済が後退している今、政治力で経済後退を乗り切ろうとしているのではないでしょうか。
  3. 経済力があるから軍事力を支えられるわけであり、経済後退の今、ますます強気に出ているのは劣等感と危機感の裏返しではないでしょうか。
  4. 中国人は、個人よりも一家一族の「天下国家」を優先する民族だと知っておくべきです。
  5. 2000年以降、中国に魅力的なソフトパワーはありません。金と力だけで人の心と魂を買ってきました。中国をそんな国にしてしまった習近平に対しての崇拝はありません。いくら習近平の思想を党の要項や憲法に組み入れても、それは張り子の虎に他ならないし、それこそが今後の中国の行方を左右していくものではないでしょうか。

image by: 苦い銭 - Home | Facebook

※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2018年2月27日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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