MAG2 NEWS MENU

シリアは本当に化学兵器を使ったのか? 米国には「やらせ」の前科

4月13日に米英仏が共同で行った、シリアのアサド政権に対するミサイル攻撃。その根拠を米国は「化学兵器の使用」としていますが、果たして本当にシリア政府は化学兵器を使用したのでしょうか? ジャーナリストの高野孟さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』の中で、かつて米ブッシュ政権がイラクのフセイン大統領を「大量破壊兵器を隠し持っている」と決めつけて処刑した過去に触れ、その当時から変わらぬ、気紛れで過激な攻撃を仕掛ける米国のやり口を猛批判しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年4月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

戦略不在のまま気紛れで過激戦術を濫用する米英仏の愚──アサド政権は本当に化学兵器を使ったのか?

トランプ米大統領に率いられた米英仏連合軍によるシリアの化学兵器関連施設へのピンポイント的なミサイル攻撃は、2017年4月の場合はもちろん、13年8月にオバマ米大統領(当時)が辛うじてシリア空爆を思い留まった時まで遡っても、全く同じ特徴があって、それは「本当にシリア政府軍が反体制派の支配地域に対して化学兵器を使用したのか」の明白な証拠を米国が示すことができず、従って国連の支持や国際社会の賛同を得られず、従ってまた国際法違反であることに疑いの余地がないと言うのに、作戦が強行され、あるいはされそうになったことである。

具体的証拠を何も示せない米国

もちろん、アサド政権側が本当に化学兵器を使用した疑いが消えているわけではない。しかし、状況証拠的に見て……、第1に、アサド政権=シリア政府軍は、すでに主敵であるISをほぼ壊滅に追い込み、さらに反アサドの反体制武装勢力の支配地域も狭めて全土で秩序を回復しつつある。

今回問題となった、首都ダマスカスに隣接する東グータ地区は、かつては3つの反体制派組織が支配していたが、2つは既に撤退ないし壊滅し、「イスラム軍」がドゥーマ町を中心に最後まで抵抗を続けて来た。しかしアサド側は3月31日までに同地区全体の95%をすでに掌握し、近く“完全解放”されるとの見通しを発表していた。さらにその裏側ではロシアが仲介してイスラム軍の残党を北部の本来の本拠地に移送するとの停戦交渉が進み、合意が成りつつあった。つまり、大勢は決していたのであり、この場面で圧倒的優位に立つアサド側が、国際的な衆人環視状態の中で4月7日にわざわざ化学兵器を使わなければならない理由は皆目、見当たらない

さらに第2に、アサド政権は、自らも加盟国である「化学兵器禁止機構(OPCW)」に対し、4月7日の一件に関して調査に入るよう要請し、その調査団が14日から現地入りする予定だったが、その直前に爆撃が実行された。

これは既視感のあることで、アサド政権は2013年3月に北部戦線で反体制軍が化学兵器を使ったとして、国連による調査を要請した。反体制側は「使ったのは政府軍だ」と主張する中、国連は7月に調査団派遣を決め、8月18日にアサド政権との合意に基づきダマスカスに入って現地調査の準備を進めていた。その最中の21日に、「アサド政権が化学1兵器を使用し、少なくとも426 人の子どもを含む1429人が殺害された」というニュースが大々的に流れて、国際世論が沸騰し、オバマも一時は大規模空爆を決意しかかかった。この時も、アサド政権がわざわざ国連調査団を招き入れておいてその目の前で自ら化学兵器を使うなどということがどうしてあり得るのかと指摘されたが、真相は分からずじまいだった。

第3に、マティス米国防長官は4月12日の段階では「実際の証拠を探している」と、まだちゃんとした証拠を手に入れていないことを正直に語っていた。ところが翌13日には一転、「アサド政権が化学兵器による攻撃を行ったことは間違いない。軍事行動に値する信頼できる情報を持っている」と言い出したものの、その日ホワイトハウスが発表し得た証拠とは、シリア反体制派のSNS でのつぶやきなどでしかなかった。

それをさらに遡れば、ブッシュ政権がイラク反体制派のゴロツキ連中の売り込み情報を真に受けて「フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っていて、それがテロリストの手に渡る危険が切迫している」としてイラク戦争を発動したことにも行き着く。この国は、いい加減な情報に頼って、ほとんど気紛れと言ってもいい気軽さで、平気で他所の国を爆撃するという自らの戦争マニアの暴力的な歴史から何も学んでいないのである。

こうして、13年の時もさんざん指摘されたのと同様に、今回も、追い詰められた反体制派が自作自演で化学兵器を爆発させ国際世論を惹き付けて米国を戦闘に引き戻そうとした疑いが濃厚である。にもかかわらず、その疑いを検証する努力も払わずにいきなり軍事行動に訴えるというのは、ただの粗暴でしかない。

シリア内戦を挑発したのはネオコン

アラブの春が北アフリカからエジプトを経てシリアにまで波及したのは2011年3月のことで、最初は比較的穏健な、アサド大統領に対して一層の民主化措置を求める市民のデモとして始まった。

ところがそれがたちまち先鋭化し、一部は武器を持ってアサドの治安警察と戦うようになった。そうなったことについては、米欧寄りの報道では「アサド独裁政権が平穏な市民のデモに対して無慈悲な弾圧を加えたので、止むに止まれず市民が武器をとった」というのが定説になっているが、必ずしもそうとは限らない。当初はアサドも、市民らとの対話に応じ、それなりの民主化措置の案を示すなど、柔軟な姿勢を見せていたのである。

他方、これをアサド体制打倒の好機と捉えた国外亡命グループや、イラク戦争後に行き場を失っていたスンニ派の過激集団など、雑多な連中がたちまち流入してデモに紛れ込み、その中には米国のネオコン陰謀集団やイスラエル諜報機関と繋がりのあるゴロツキどもも混じっていて、早速に挑発行為を始めた。アサド側の弾圧と市民側の過激化と、まあどっちもどっち、鶏か卵かというところだったのではないか。しかし、ネオコン的勢力はまことに手回しよく、その年の9月には主だった反体制グループを集めて自由シリア軍を結成させ、それに米CIA 、そのダミーである世界民主化基金、ソロス財団、トルコ、サウジなどが武器と資金を供給するという態勢を作り上げた。それでシリアは一気に内戦に転がり込み、それに乗じてISが勢力を拡張したのである。

それが全て米国のネオコンやそれと重なる狂信的な反共右翼政治家による陰謀だという見方は広く存在していて、例えばネットメディア「ヴォルテール・ネット」14年8月18日付のティエリー・メイサンの「ジョン・マケイン:“アラブの春”とカリフの指揮者」によると、米共和党の大物マケイン上院議員は自ら主催して2011年2月にカイロにリビアとシリアの亡命反体制派を総結集させて「アラブの春をリビアとシリアに波及させる」ためのシンポジウムを開いた。その直後に、まさにその両国で「春」が始まり、あっという間に内戦に転化して行ったのである。

マケインは、シリア内戦が膠着状態に陥りつつあった13年5月には、トルコからシリアに密入国して反体制派の指導者たちを集めた会議を開き、アサド打倒で頑張るよう激励した。その会合の写真は広くネットで出回ったが、左端にいるのは、この時はまだ「自由シリア軍」の幹部の1人であったがすでにイラク北部で「イスラム国(IS)」の樹立を宣言し自らカリフを名乗り始めていたアブ・バクル・アル・バグダディである。

ネオコンやマケインは世界中の独裁者を倒して米国流の民主主義を輸出しようというイデオロギーに取り憑かれたカルトで、彼らがブッシュ政権の中枢を乗っ取ってアフガニスタン戦争とイラク戦争を仕掛けてビン・ラーディンとサダム・フセインを血祭りに上げ、次にカダフィとアサドを殺し、その勢いでさらにウクライナのヤヌコヴィッチも倒そうとしたのである。

シリアのこれからをどうするつもりなのか

しかし単に独裁者を暴力的に除去しただけではただの無秩序が続くだけだというのは分かり切ったことで、とりわけシリアについて言えば、雑多な反体制派を寄せ集めてアサドを追放したところでそれに取って代わるだけの統治能力のある政権が生まれるはずがなくむしろその混乱に乗じてISが伸張してシリア全部を乗っ取ってしまう可能性のほうが大きかった。ロシアやイランが米国主導のアサド打倒一本槍の短慮方針に反対したのはそのためで、まずはアサド政権と反体制派が一時休戦して共にIS絶滅のために戦い、しかる後に両者協議の上、その後のシリアの政体について平和的に協議すればいいし、その場合にアサド自身の延命にはこだわらないと主張した。

ところが、これについての米欧寄りのメディアの解説は、「ロシアの真意はアサド体制の温存にある」「その動機は、シリアにあるロシアの軍港権益を失いたくないからだ」といった幼稚極まりないもので、日本でもそれが罷り通ってきたけれども、そうではない。ロシアが提起しているのは、取り敢えずはアサド指揮下のシリア政府軍の精強な部隊が中心となってイラク政府軍やクルド族民兵と連携しつつISに立ち向かい、それらの軍がそれぞれの領域で治安秩序を回復し国民の生活を再建するのでなければ、ISという全世界的なテロの恐怖の震源地を壊滅させることは不可能だという、至極当たり前の戦略である。

これは戦略論の初歩の話で、米欧が反体制武装勢力を支援してアサド政権打倒とIS壊滅を同時達成しようとする二正面作戦は、丸っきり成り立たない。ある局面における主敵は1つであり、それに向かって小異を捨てて大同につくのでなければ、その局面は打開できない。これは毛沢東『矛盾論』が説く「主要矛盾」論の要諦であって、プーチンの「まずはIS主敵」論はそれに適っている。

そのロシア戦略が何とか達成されようとしているこのタイミングで、また「化学兵器を理由とした爆撃でブチ壊し内政に行き詰まった米英仏の各指導者の憂さ晴らしとしてはそれでいいのだろうが、さてシリアのこれからをどう着地させようとするのだろうか。もしロシア提案とは別の有効な選択肢があるならそれを責任を以て提起し、とことん語り合うことを提唱すべきだろう。何の先行きの戦略展望もなしに、反体制派のSNS 情報程度の理由でアサド政権が化学兵器を使用したと断定して爆撃戦術を発動するというのは、余りに衝動的である。戦略なき戦術の濫用ほど有害無益なものはない。

ちなみに、イギリスのメイ首相が飛びつくようにして爆撃に参加したのは、自国で起きた元ロシア・スパイの毒殺未遂事件の影響もあるかもしれない。メイはこれに用いられたのが旧ソ連軍が開発した神経剤「ノビチョク」であったことから、これがプーチン政権の仕業だと断定して一気に炎上し、強硬な制裁措置を発動したのだったが、常識からして、ロシアがわざわざロシア製と分かる毒物を使って外国でこういう事件を起こすのかどうか。落ちついて考えた方がいいのではないか。

image by: Jack Fordyce / Shutterstock.com

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年4月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー

※ すべて無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。

2018年3月分

※ 1ヶ月分864円(税込)で購入できます。

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け