一時は「軍事衝突寸前か」とまで言われた朝鮮半島情勢ですが、4月20日には金正恩委員長が核実験とICBM発射の中止、そして核実験場の廃棄を表明、27日には南北会談が行われるなど、信じられない速度で改善に向かいつつあります。日本国内にも「楽観論」が広がりつつあるようですが、そんな流れに警鐘を鳴らすのは、アメリカ在住の作家で世界情勢に詳しい冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、これまでの北朝鮮の「やり口」を鑑みれば今回も「カネ」の問題を避けて通ることはできず、しかも北は日本に対して「取れるだけ取れ」という思いを抱いていると持論を展開しています。
北朝鮮危機の出口、カネの問題をどうする?
北朝鮮危機に関しては、現在のところ大きな2つのストーリーで進んでいるように見えます。1つは、「核放棄、長距離ミサイルも放棄」という話で、これは恐らく中朝会談で決まっていたものを、今回、南北首脳会談に先駆けて発表したものと思います。
もう1つは、とりあえず軍事オプションは回避、北の政権交代はなしという雰囲気が濃厚ということです。「ある種の」現状維持が図られるということであり、当面は南北が平和的に共存していくという理解です。
少なくとも、この2つがハッキリしているからこそ、トランプ、安倍の両首脳はフロリダでゴルフを楽しむことができたわけです。また、ポンペオCIA長官が極秘訪朝していたというのは、彼自身が「北の政権をすげ替える」などという過激発言の張本人だったわけで、その本人が行って「違います」と否定するのがお互いの信頼関係に取って最善ということだったのでしょう。
日本の一部では、拉致被害者の帰国問題、そして短距離ミサイルの問題に話題が移りつつあるようですが、そうした具体論へ進めるのも、このような「ある種の現状維持」が図られつつ「核危機」が出口へと向かうという「楽観論」の結果であるように思われます。
そうなのですが、この問題の全体を「カネ」という切り口で見たときには、どうもしっくりこないと言いますか、どうしても懸念が残るのです。
そもそも北朝鮮が、一種の鎖国状態になり、時には南との対決をしたり(2010年の延坪島砲撃事件など)、あるいは世界のアングラ経済に関与している(麻薬、偽札、闇の兵器流通など)と噂されたり、更には国連などの人道物資が「横流しされている」懸念など、世界的に孤立しているのはどうしてかというと、そこにはカネの問題があるわけです。
1990年ごろまでの北朝鮮は、冷戦構造の中に完全に組み込まれていました。ですから、ソ連と中国という2国は、この38度線における力の均衡を国是としており、そこから米国のパワーが北進しないためには、北朝鮮に軍事力だけでなく、経済的な援助も行なっていたのです。
更にその背景としては、北朝鮮の冷涼な国土という問題があります。朝鮮半島というのは、北には鉱物資源や豊かな水量ゆえの水力によるエネルギーなどの資源があるものの、国土が冷涼なために、農業ということでは非常に貧しいわけです。ですから食糧の自給はできません。
ですが、90年代以降は冷戦が終結して、十分な援助を自動的に受けられる状況ではなくなりました。そこから再三にわたる核危機の繰り返しが始まるわけです。正に繰り返しになるわけですが、だからと言って北朝鮮という国は、そのカルチャー自身の中に、核兵器を持って世界と喧嘩をしたいという「主義」を隠し持っているわけではありません。
そうではなくて、経済的に食糧自給ができない一方で、政権が国際社会に対して「頭を下げている」姿勢を見せれば政権のメンツが保てない、そこで、反対に国際社会を脅し、国際社会を翻弄して見せて、政権としては威信を保ちつつ、最後にはカネを出させるというストーリーを描いて、そのようなシナリオのドラマを繰り返してきたわけです。
そんなバカなことはやめて、コツコツ地道に稼げばいいではないかという考え方もあります。例えば、中国の胡錦濤前主席は、晩年の金正日に対して、「改革開放をやって経済成長を目指せ」ということを真剣に説得していたという説があります。ですが、北朝鮮はその政策は採用しませんでした。と言いますか、そうした政策は選択できないのです。
というのは、中国のように「経済活動は自由にするが、政権批判は禁じて社会体制は維持する」という手品のような手法は北朝鮮には使えない、金正日はそう考えたからです。経済を自由にすれば、必ず世界から自由に情報が入ってくる、そうすれば体制は崩壊するだろうという危機感から自由になれなかったのでした。
韓国との間では、経済特区を設けて韓国資本に投資させての工業団地を展開したわけですが、例えば開城工業地区におけるプロジェクトは喧嘩別れになっています。表面的には、韓国が「ミサイルに資金が流れる」懸念から消極的になり、これを受けて「メンツを潰された」格好となった北が韓国企業を追放したという格好になっています。
この開城のケースですが、潰れたことの直接的な理由はともかく、やはり北朝鮮の中に大規模に自由経済を導入することには、北の体制というのは非常に臆病であるということが推測されます。
ですから、自分たちで自由な経済の中でコツコツ稼ぐこともできないわけで、だからこそ、何らかの形で国際社会からカネを引き出す、その際に「物乞いをしている」ようなメンツの潰れた姿勢ではなく、その正反対の「核兵器」による脅迫という「彼らなりにメンツの立つ」方法を繰り返してきたのです。
そう考えると、今回の危機の出口においても、カネの問題は避けて通ることはできません。といいますか、北朝鮮サイドからすれば、国際社会からカネを引き出すというのが本筋であり、そのために核開発などという面倒な芝居を続けてきたということもできるからです。
ここに大きな問題があります。
北朝鮮が「それなりに民生を安定させ」ると同時に「アングラ経済への関与を止め」るようにさせる、しかも「政権の国民に対するメンツ」が立つ二様にする、そのための「カネ」が一体どの程度になるのかは簡単には算出できません。
そうではあるのですが、中国は「鴨緑江の安定」の代償として何らかのカネは出すでしょう。また、桁は違うでしょうが、ロシアも出すのではないかと思います。また、韓国は経済力に限りがありますが、一種の当事者として出せるだけの金は出すでしょうし、政治的にも出せる状況です。トランプも、ディールの一部として出すでしょう。
問題は日本です。北朝鮮は、日本に対して「韓国の朴正煕政権が60年代に受け取ったカネ」と同じような「植民地化への謝罪・賠償ニュアンスのカネ」は、当然受け取れるものと思っていると思います。また、今回の「危機の処理のカネ」としても、支払能力のある日本からは「取れるだけ取れ」という思いはあるでしょう。
だからこそ、現時点では短距離ミサイルの廃棄などは言っていないし、拉致被害者に関しても冷淡な発言を続けています。どちらも、日本向けのカードとして切るつもりなのでしょう。
では、日本は払えるのでしょうか?
世論としては非常に抵抗があると思います。ですから、例えば、ポスト安倍として野党とまでは行かなくても、自民党内で比較的リベラルな政権が成立したとして、「核危機の出口」の一環として大金を出すということになれば、大きな反対が起きるのではないかと思います。
一つの考え方としては、北朝鮮に対する強硬イメージを政治的に維持してきた安倍政権なら「どうしても国際社会との協調」をする中で「カネを出さねばならない」という場合に、他の政権とは違って比較的「出せる」のではということが指摘できます。
原籍が左で国際協調の政治家が、国際協調のために多額の金を出そうとすれば、自国優先という右の世論の反発で動きが取れなくなる一方で、原籍が右の、例えば安倍政権が国際強調を狙ってカネを出す場合は、比較的抵抗が少ないというわけです。
勿論、法外な額を吹っかけられた場合は毅然として拒否するという選択もあるのでしょうが、その場合も、国際的孤立というような罠にハメられないために、事前に問題を察知して落とし所へ持っていく戦略性は必要でしょう。
いずれにしても、この核危機の「本当の本筋」はカネの話であり、今週の南北会談のあたりから、その本筋がジワジワと見えてくるのではないかと思われます。