5月8日に「イラン核合意」から離脱すると発表した米トランプ大統領。表向きの理由はともかく、その裏には別の真実が隠されているようです。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、これまでの経緯をたどりながら「米が離脱した真の理由」について分析しています。
アメリカの「イラン核合意離脱」で、中東大戦争が起こる?
皆さんご存知と思いますが、トランプさんは5月8日、「イラン核合意」からの離脱を宣言しました。
トランプ大統領、イラン核合意からの離脱を発表 欧州説得実らず
BBC 5/9(水)12:00配信
ドナルド・トランプ米大統領は8日、オバマ前政権が締結したイラクとの核合意から離脱すると発表した。合意は「衰えて腐って」おり、「市民」として「恥ずかしいものだ」と語った。2015年に米国と共にこの合意を結んだ欧州各国からの忠告に反し、トランプ大統領は合意の見返りとして解除していた経済制裁を再び実行すると明らかにした。
この件ですが、アメリカの決定を支持しているのは、イランと敵対するイスラエル、サウジアラビアだけです。2015年の「イラン核合意」に参加したイギリス、フランス、ドイツ、中国、ロシアは、皆反対の立場。さらに、世界の核を監視するIAEAも、トランプの決定を強く非難しています。なぜ? イランが、「核合意」を守っているからです。
「イランは核合意順守」=IAEA
5/9(水)21:40配信
【ベルリン時事】国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は9日、米国のイラン核合意離脱表明を受け「現時点では、イランは核開発に関する合意を順守している」との声明を出した。声明は「IAEAは動向を注視している」と説明。その上で「イランは核合意により、世界でも最も強力な監視体制下に置かれている」として、核合意が有効に機能してきたことを強調した。
イランが合意を守っているのなら、なぜアメリカは、離脱するのでしょうか? 表向きの理由は、こちら。
トランプ氏はかねてから、この合意がイランの核計画を期限付きでしか制限しないことや、弾道ミサイル開発を制止しないを批判してきた。さらに合意によって、中東地域全体に「武器と恐怖と抑圧」をもたらすために使われた1000億ドルの臨時収入を、イランに与えてしまったなどと非難してきた。
(BBC 5月9日)
- イランの核計画を期限付きでしか制限しないこと
- 弾道ミサイル開発を制止しない
だそうです。次に、大きな流れから「本当の理由」を考えてみましょう。
石油利権とブッシュ(子)政権
アメリカが、「イランは核兵器を開発している!」とさわぎはじめたのは、02年のこと。この時、大統領はブッシュ(子)で、「イラクに大量破壊兵器がある!」と批判していました。イラクの方は、03年に戦争がはじまっています。なぜ、この時期、ブッシュはイラクやイランにアグレッシブだったのでしょうか?
当時、「アメリカ国内の石油は、2016年までに枯渇する」と予測されていた。それで、中東支配を進めることが絶対必要だった。「…ていうか、イラクについては、『大量破壊兵器』が攻撃理由でしょ?」などと突っ込む人はいるでしょうか? フセインが「大量破壊兵器を保有している」というのは、アメリカのウソです。そのこと、実はアメリカ自身も認めている。読売新聞06年9月9日付。
米上院報告書、イラク開戦前の機密情報を全面否定
[ワシントン=貞広貴志]米上院情報特別委員会は8日、イラク戦争の開戦前に米政府が持っていたフセイン政権の大量破壊兵器計画や、国際テロ組織アル・カーイダとの関係についての情報を検証した報告書を発表した。
報告書は『フセイン政権が(アル・カーイダ指導者)ウサマ・ビンラーディンと関係を築こうとした証拠はない』と断定、大量破壊兵器計画についても、少なくとも1996年以降、存在しなかったと結論付けた。
(同上)
そして石油の話。日本で「イラク戦争の理由は石油」といえば、いまだに「陰謀論者あつかい」でしょうか?? しかし、このこと、あのグリーンスパンさんが断言しています。
「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露
[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、2003年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。
(2007年9月17日時事通信)
イラク戦争の理由は他にもありますが、ここでは触れません。
で、イラクとイランは、「中東の資源大国」ということで、似たもの同士なのです(イラクは約80%がアラブ人、イランは約50%がペルシャ人で、民族構成は似ていませんが)。それで、ブッシュは、アフガン、イラクの後、イランを攻撃しようとした。しかし、アフガン、イラク戦争が予想以上に長引き、断念していました。アグレッシブなブッシュでしたが、中東の同盟国イスラエル、サウジとの関係は良好でした。
中東への関心を失ったオバマ
09年からアメリカは、「オバマ時代」に突入します。彼は当初、「グリーン・ニューディール」などといっていました。ところが、しばらくすると、まったくそんなことはいわなくなった。なぜ? 「シェール革命」が起こったからです。それで、今やアメリカは、
- サウジ、ロシアに並ぶ産油大国
- ロシアに並ぶ産ガス大国
になった。アメリカは2016年、40年ぶりに原油輸出を再開。いまや天然ガス輸出先を確保するために奔走しています(日本も、「貿易不均衡」の批判をかわすため、アメリカからの原油、ガス輸入を増やせばいいでしょう)。それで、オバマ時代、「資源がたっぷりある」中東の価値が急落した。結果、アメリカとサウジ、イスラエルの関係は、最悪になってしまいました。
この流れで出てきたのが、2015年7月の「イラン核合意」です。合意は、イスラエルとサウジを激怒させました。しかし、オバマさんは、お構いなしです。「アメリカは、自国にたっぷり石油、ガスがあるのだから、中東には同盟国はいらない」という感じだったのです。
ネタニヤフ首相の親友トランプ
ところが2017年にトランプが大統領になると、すべてが変わりました。トランプは、大の親イスラエルなのです。なぜ?
まず彼は、昔からイスラエル・ネタニヤフ首相の親友だった。そして、娘のイヴァンカさんのダンナはユダヤ人クシュナーさん。イヴァンカさんは、結婚時ユダヤ教に改宗したので、彼女も定義上ユダヤ人。孫もユダヤ人。それで、オバマ時代に悪化していたアメリカ、イスラエル関係は急速に改善されてきました。今回の「イラン核合意」からの離脱は、まさに「イスラエルの要求に従って」ということなのです。
そういえばトランプさん、もう一つイスラエルに大きなプレゼントをしています。
在イスラエル米大使館、正式移設 エルサレムで開設式典
CNN.co.jp 5/15(火)11:48配信
(CNN)米政府は14日、在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移設し、エルサレムでトランプ政権の高官数人が出席して新大使館の開館式典が開かれた。
なんというか、「イスラエルのためには、世界を敵にまわしてもいい」という勢いですね。
中東大戦争は起こるか?
現在イスラエル最大の敵は、イランです。その次が、アサドのシリア。ネタニヤフさんは、今何を考えているのでしょうか?
まず、アメリカは大統領によって、対イスラエル政策がコロコロ変わる。ブッシュ(子)の時は良好、オバマの時は最悪、トランプ最高。しかし、アメリカはもはや、中東の資源を必要としないので、トランプの次の大統領が反イスラエルになる可能性は否定できない。であるのなら、「トランプが大統領の間に、イランをつぶしてしまえ! 対立が激化すれば、必ずアメリカが助けてくれるはずだ」と考えている可能性があります。それで現在、イスラエルと、イラン、シリア(アサド政権)との対立が激化しています。実際、戦闘がはじまっている。
イスラエル軍「シリアのイラン軍から攻撃」 報復で空爆
朝日新聞DIGITAL 5/10(木)13:13配信
イスラエル軍は10日未明、内戦が続く隣国シリアに展開するイランの部隊が占領地のゴラン高原のイスラエル軍拠点にロケット弾約20発を発射した、と発表した。数発は、イスラエル軍の対空防衛システム「アイアンドーム」で迎撃され、死傷者はなかったとしている。
イスラエル軍は今回の攻撃を「非常に深刻に考えている」とし、シリア領内にあるイランの部隊の軍事拠点数十カ所を、戦闘機が空爆したことを明らかにした。
イランが、イスラエル軍にミサイルを撃ち込み、イスラエル軍は、シリアのイラン軍を空爆した。中東で大きな戦争が起こる可能性が増しています。アメリカと北朝鮮の和解も、中東情勢と無縁ではないでしょう。