ある意味ブレない強気な姿勢で、各国各地域と貿易面での衝突が絶えないトランプ大統領ですが、これに対して否定的な味方を示しているのはジャーナリストの高野孟さん。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』の中で、米国内でかつて出された近未来予想の報告書などを引きながら、将来確実に訪れる新しい国際秩序を紹介しつつ、それを理解できずに悶々とする米国とオロオロついて行こうとしているだけの日本を厳しく批判しています。
※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年7月2日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
「2050年の世界」に適応できずに沈没する米国──米シンクタンクの遠慮がちな忠告
ハーレーダヴィッドソンがEUによる25%の対米報復関税を回避するため生産拠点を海外に移すことを決めたのに対し、トランプ米大統領が「その美しいバイクを米国でつくってくれ。お願いだ」と哀願したり、「俺たちをなめるなよ」「輸入車すべてに20%の関税をかける」と凄んだりしているのが滑稽きわまりない。要するにこの大統領は、世界の中での米国の地位というものが何も分からないまま、ただ思いついたことを騒ぎ立てているだけで、こんなことをしていては米国の没落が制御出来ない形で進むのを避けられない。
第1に、ハーレーにとって欧州は主要な市場の1つで、約2割のシェアを得ているが、欧州車の対米輸入は微々たるもので、17年の米国での車の売れ筋ランキングを見ても、1~3位は米国製のピックアップ・トラックだが、以下10位まではトヨタ、ホンダ、日産で、11位以下でも20位にヒュンダイが入ってくるものの後は日本車と米国車で欧州車の姿はない。欧州車の米国でのシェアは全車種を合わせても1割以下。「輸入車すべてに20%の関税」をかけた場合に主としてダメージを受けるのは日本車である(と言っても、多くの日本車は米国内やメキシコなどで生産しているが)。
第2に、ハーレーが海外に出るのはこれが初めてでなく、本拠地の米ウィスコンシン州ミルウォーキー以外にすでにブラジルとインドに工場を持ち、タイでも建設中である。とすると、ハーレーのこと1つとっても、米本国だけでなくブラジルやインドやタイの生産者や欧州はじめ世界のハーレー愛好者の皆が幸せになるように取り計らわなければならないのであって、泣いたり喚いたりしている場合ではない。
12年前の本誌の指摘
このような有様は、今に始まったことではない。私は2006年9月11日の奥付で、それまで5年間に書き綴ってきた9・11以降のアフガン・イラク両戦争についての論考の主なものを再録して『滅びゆくアメリカ帝国』(にんげん出版)を上梓し、その終章で、
イラクの決着がどうであれ、我々が目撃しているのは、米国が世界史上最強の軍事・経済帝国として絶頂を極めた(かに思われた)その瞬間に、崩壊への予兆に囲まれて立ちすくむという、まさに絵に描いたような弁証法的な展開である。
と述べ、さらにエマニエル・トッド『帝国以後』から次の部分を引用した(P.251~253)。
つい最近まで国際秩序の要因であった米国は、ますます明瞭に秩序破壊の要因となりつつある。イラク戦争突入と世界平和の破棄はこの観点からすると決定的段階である。……〔イラクという〕弱者を攻撃するというのは、自分の強さを人に納得させる良い手とは言えない。戦略的に取るに足らない敵を攻撃することによって、米国は己が相変わらず世界にとって欠かすことのできない強国であると主張しているのだが、しかし世界はそのような米国を必要としない。軍国主義的で、せわしなく動き回り、定見もなく、不安に駆られ、己の国内の混乱を世界中に投影する、そんな米国は。
ところが米国は世界なしではやっていけなくなっている。……米国はもはや財政的に言って世界規模の栄光の乞食にすぎず、対外政策のための経済的・財政的手段を持たないのである。経済制裁や金融フロー中断の脅しは、もちろん世界経済にとって破滅的にはちがいないが、それでまず最初に打撃を受けるのは、あらゆる種類の供給について世界に依存している米国自身なのだ。アメリカ・システムが段階を追って崩壊していくのはそのためである。
これが12年前にすでに起きていたことであり、トランプが出てきたから急に米国がおかしくなったということではないのである。
新しい国際秩序への模索
もちろん米国には昔も今も、正気の政策立案者たちがいる。上掲の拙著ではさらに、CIAなど米政府の情報機関が結集した国家情報評議会(NIC)が04年12月に出した「2020年の世界」と題した近未来予想の報告書が、「米国は2020年においても最も重要な単独の大国に留まるであろうけれども、その相対的なパワーは徐々に衰えていくのを自覚することになろう」と述べているのを紹介した(P.257)。
この言い方はなかなか絶妙で、米国は十分に「大国」ではあるだろうが、もはや屹立する「超大国」ではありえず、次第に他の大国と肩を並べるワンノブゼムに近づいて行くという自覚が控え目ながら表白されていて、その時に想定された「2020年」が目の前に近づいているのである。
この手の近未来予測は米シンクタンクの定番もので、ごく最近ではペンタゴン直属のランド・コーポレーションが6月25日付のマイケル・マザールの論説「我々には新しい国際秩序が必要だ。その理由がここにある」をウェブに載せた。
米国絶対の戦後国際秩序が役立たない以上、米国はワンノブゼムになっていくという現実を心静かに受け入れて、進んで多国間の協調による世界的な問題の解決に貢献するのでなければならない。ところがそのことが理解できないトランプやその取り巻き、そして支持者がいてどうにもならないので、マザールはまず、2050年に否応なく訪れてくる世界構造を分かり易いグラフに表現して説得しようとしている。
図1は、2016年の世界経済の景色で、丸の大きさは購買力平価で表したGDPで、その下の小さな数字は米ドルで表した1人当たりGDPである。購買力平価ではすでに中国が世界トップで、日本はインドに抜かれて4位である。
図2は、2050年予測で、中国とインドが圧倒的に1~2位を占め米国は3位、日本はメキシコにも抜かれて8位である。下の風船の紐のような糸は、「米国の西側同盟国」は右端の4つしかいないことを示している。図が見にくければ、オリジナルをご覧下さい。
● We Need a New International Order. Here’s Why
ところで、このように中国とインドが世界最大を競い、その両国を合わせると世界GDPの半分を遥かに凌駕するというのは、実は世界史の“常態”である。図3は、これまでも何度かお目にかけているが、マディソンの有名な世界GDP変遷図で、これを見ると、紀元前後から18世紀半ばまでは中国とインドを合わせると世界経済の6~7割を占めている。
A History of Balance of Power Sources – GDP data for years 1-2000: Angus Maddison, University of Groningen; 2016 IMF Projected GDP Growth; 2050 PricewaterhouseCoopers Projected GDP Growth
インドでは東インド会社、中国では阿片戦争以後、欧米帝国主義の侵略・簒奪によってしばらくは酷い目に遭ったけれども、2世紀を経た2050年頃には世界史の元々の姿が復元されるだろうというのが中国やインドの歴史意識で、それを米国はどうしても理解出来ずに悶々とするのである。
その米国にオロオロしながら付いて行こうとしているのが日本で、これはもう救いようがない。
image by: a katz / Shutterstock.com
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2018年6月分
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