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なぜ今オウム死刑一斉執行なのか?法務省がケリをつけた訳

発生から30年近くを経てほぼ風化していた感のある一連のオウム真理教事件。死刑判決が下った13人全員の刑が僅か1ヶ月という短期間で執行され再び注目を集めましたが、ゴーサインを出した上川法務大臣の会見は釈然としないものでした。元全国紙の社会部記者で、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者である新 恭(あらた・きょう)さんは、罪を悔いている者も反省の弁すらない者を一斉に死刑執行したことを疑問視。このやり方は国際社会からの「日本の死刑制度」への批判にもつながることを警告しています。

法務省はオウム死刑一斉執行で何を狙ったのか

オウム真理教事件の死刑囚13人全員が7月6日と26日の二回に分けて絞首刑を執行された

いまだ事件の真相が解明されたとは言い難い。亡くなった死刑囚たちの証言の食い違いを埋めることもこれで永久にできなくなった。

被害者や遺族たちの心情は単純に推し測れないが、死刑を望む気持と、真相へ迫る手段を失った切なさが、交錯しているかもしれない。

それにしても、法務省はなぜ事件をいっぺんに歴史の資料庫にしまいこんでしまうかのような判断をしたのだろうか。巷間囁かれているように、新天皇即位、東京オリンピックと、祝賀ムードが続く来年、再来年を避けるためなのだろうか。

上川陽子法務大臣は7月26日、執行後の会見でこう語った。

「裁判所の判断を尊重しつつ、法の定めるところに従って、慎重かつ厳正に対処すべきと考える。命を奪われた被害者の方々、御遺族、傷害を負わされた方々、その御家族が受けられた恐怖、苦しみ、悲しみは想像を絶する。『鏡を磨いて、磨いて、磨ききる』という心構えで慎重に検討を重ねた」

鏡を磨ききる。どういうことだろうか。一点の曇りもない心境にいたるまで検討したということなのか。

刑事訴訟法475条に「死刑の執行は、法務大臣の命令による」と定められている。

しかし通常、大臣の独断で行われるものではない。死刑の執行命令起案書に官僚が判を連ね、最後に大臣がゴーサインを出すのである。

法務官僚の起案を受け、上川大臣は決断した。いかに国家転覆の妄想に基づき多くの無辜の人々を殺傷した事件とはいえ、国家権力で人命を抹殺するのである。その最終責任者が、「鏡を磨ききった」と言えるのは、想像を絶する。

民主党政権時代の千葉景子法相は、二人の死刑執行を命じ、絞首刑の現場に立ち会った。もちろん大臣の立会いなど、過去に例はない。

千葉法相は就任以来、検察庁、法務省を回議して上がってきた死刑執行命令書に決裁の署名をするのを拒んできた。

だが、法相としての責任を問われ、プレッシャーを受けるなか、法務官僚の説得を受け入れざるを得なくなった。サインするだけでは済まない心境だったに違いない。

上川法相の場合、どうだったのだろうか

元刑務官、坂本敏夫氏は著書「死刑のすべて」で、死刑を決める人間と、執行する者との没交渉ぶりをこのように書いている。

死刑を求刑した検事、死刑の判決を下した裁判官、死刑の執行命令起案書に印鑑を連ねた官僚と大臣を数えれば百人を超す。彼らは死刑執行の現場には一歩も立ち入らない。全くの部外者なのである

そして、最終決断をする法務大臣については、このように疑問を投げかける。

霞ヶ関の近代的な高層ビルにある大臣室の窓からは皇居、丸の内、日比谷一帯を見渡せる。この景色を見ながら果たして暗い陰湿な刑場を想像することができるだろうか

被害者側の感情を思うなら、そのような想像は無用かもしれない。死刑執行を命じる役割を担う法相には、死刑囚への思いやりより、冷徹さが求められるかもしれない。

それにしても、同じ月の間に、13人の死刑を執行するというのは前代未聞である。国際社会からの厳しい批判も十分に予測できただろう。

大雑把にいうと、イスラム圏とアジアの多くは死刑存置国だが、民主主義的な先進国で死刑を廃止していないのは日本と、アメリカの50州中36州だけだ。1989年12月、国連総会で死刑廃止条約が採択されたさい、日本はアメリカ,中国などとともに反対票を投じた。

ヨーロッパでは、ほとんどの国で死刑は廃止され、EUの加盟条件にもなっている。今回の処刑について、EU代表部、EU加盟国の駐日大使、アイスランド、ノルウェー、スイスの駐日大使は、事件の被害者と遺族の苦悩を共有するとしたうえで「いかなる状況下での極刑の使用にも強く反対する」と日本政府に死刑廃止を訴える共同声明を発表した。

死刑制度の是非論もさることながら、オウム真理教事件の特異性と、今後への影響についても考える必要があるだろう。

オウム真理教が起こした最初の事件から30年近くを経て、しだいに世間の関心も薄れ、風化が進むなか、事件に関わった主要人物たちを抹殺し、口を封じることが、この社会にとっていいことなのかどうか、大いに疑問が残る。

死刑が執行された13人のうち、麻原彰晃、井上嘉浩を含む10人が再審請求中だったとみられる。かつて法務省は、再審請求中の場合、死刑執行にはきわめて慎重だった。しかし、いまは違う。

刑事訴訟法475条第2項にはこうある。

前項命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない

確定から執行までの「六箇月以内」に、再審請求手続き期間を含めない。これをどう解釈すればいいのか。

上川大臣は「再審事由の有無等について、慎重に検討し、これらの事由がないと認めた場合に初めて死刑執行命令を発することとしています。再審請求を行っているから執行をしないという考え方はとってはいません」と語った。

一連のオウム真理教裁判はことし1月に終結したが、被害者遺族はいまだ多くの「不可解」を抱えている。死刑執行を遅らせるための手段として再審請求を用いることはあるだろうが、精査すれば再審すべき死刑囚も何人かはいたのではないか。

検察ストーリーに都合のいい証言を繰り返し、他の被告との食い違いが目立っていた井上嘉浩も再審請求をしていたという。再審が実現すれば、井上が証言を覆すことも予想された。そうなると、死刑から無期懲役などへ減刑される者もいたかもしれない

井上の口封じで完全に幕を引きたいと考えたかどうかは知らないが、法務省が早くこの事件にケリをつけたかったのは間違いないと思われる。

ところで、そもそも死刑は憲法違反ではないのだろうか。日本国憲法第36条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」とある。

戦後間もない1946年に起きた殺人事件に関し、死刑判決を受けた被告・弁護側は「日本国憲法第36条によって禁じられている公務員による拷問や残虐刑の禁止に抵触している。そもそも『残虐な殺人』と『人道的な殺人』とが存在するというのであれば、かえって生命の尊厳を損ねる」と主張した。

これについて最高裁大法廷は1948年3月12日、「死刑制度は合憲」との判決を下し、上告を棄却した。そのさい、示したのが下記の憲法13条である。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」

公共の福祉に反しない限りにおいて個人として生命が尊重されるのであって、反していればその権利は剥奪される、という見解である。

戦後日本においてもこうして死刑制度は定着した。しかし、死刑執行が一件もなかった年が3年間ある。1990年から1992年まで。明治以来初めてのことだった。国連の死刑廃止条約が1991年に発効し、死刑を廃止しようという国際的な潮流が強まってきたことが背景にあった。

ヨーロッパの主要国で最後まで死刑制度を維持していたのはフランスだが、1981年に廃止された。その年の大統領選挙でミッテランが公約して実現した。教会が主導し死刑廃止の機運を盛り上げたといわれる。

ヨーロッパの死刑廃止論は、裁判官も人間であり、間違いをおかすことがあるという考えが基本になっている。事実、古今東西、冤罪が絶えることはない。

立憲主義が大切にされるのも、政治権力者の判断がつねに正しいとは限らないからだ。憲法を為政者に守らせることによって、国民の基本的人権が侵害されないようにするのである。

死刑に犯罪抑止効果があるかどうかは意見の分かれるところであろう。宗教や民族性などの違いもあり、一概に判断はできない。筆者自身、この国で死刑を廃止してしまうことにはいささか不安を感じる。

しかし、麻原信仰から脱却し真に罪を悔いている人と、いまだに囚われている人とを、オウム真理教事件の名のもとに、いっしょくたにして処刑するのはいかがなものだろうか。

こういうことをしていては、死刑制度への疑問がこれまで以上に膨らんでいくかもしれない。

image by: Rainier Martin Ampongan / Shutterstock.com

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