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なぜ元銀行マンは仕事を辞め戸籍まで変えて温泉宿を継いだのか?

後継者難の波は日本が誇る名湯にも押し寄せていました。今回、元『旅行読売』編集長の飯塚玲児さんが自身のメルマガ『『温泉失格』著者がホンネを明かす~飯塚玲児の“一湯”両断!』で紹介しているのは、後継者問題で廃業寸前だった群馬県の沢渡温泉にある老舗温泉宿を、銀行員の職を辞し、赤の他人の養子になってまで継いだ男性のエピソード。何が彼を突き動かしたのでしょうか。

銀行マンを辞めて温泉権の継承に立ち向かった、ある湯宿のご主人のこと

まあ、温泉業界では比較的有名な話だが、銀行マンを辞して赤の他人の養子に入り上州の名湯を引き継いだすごいご主人の話である。ちなみにこれは『旅の手帖』の取材時に聞いてきたことである。こんな話である。

まず群馬県沢渡温泉は、四万温泉とともに「草津の仕上げ湯」と呼ばれたいで湯である。強酸性の草津の湯で荒れた肌を、湯治を終えた後に、この湯で整えて帰るのが往時の習わしだった。いわく「一浴珠の肌」。ナトリウム塩の保湿効果、硫酸イオンの肌の蘇生作用などもあり、よく温まり、肌のしっとり効果、引き締め効果もあるといわれる。

「4年ほど前(取材時)に完全かけ流しにして、湯の肌触りも何もかも驚くほど変わりました。今はお湯に対してクレームをいわれるお客様はいませんね」

と、「まるほん旅館ご主人の福田智さん

福田さんがこの宿の主人となった経緯には、大変なドラマがある。福田さんはもと銀行員で、営業でこの宿に出入りをしていたそうだ。そこに後継者問題でこの宿が閉鎖されると聞いて、どうにか残したいと、担当営業として買い取り手を探した。だが温泉権の問題などで話はまとまらなかったという。親族でないと温泉の権利を引き継げないというのである。正直、この名湯を代表する宿は、その時にはまさしく風前の灯だったと言える。

そして先代が、「仕方がないなぁ。付け火にあっても困るから壊しちゃうべ」と言ったとき、福田さんは「何があろうとこの湯を守らなければ」と思い、ポロリと「オレがやろうかな」とつぶやいたそうだ。

福田さんは先代からも信用されていたこともあり、その後押しもあって話はトントン拍子に進んだ。しかし、最後まで温泉権問題は残った。そして福田さんは、仰天するような考えを思いついたのである。なんと、福田さんは一家全員で先代の養子になったのである。つまり、知らない仲ではないとは言え、家族揃ってまったくの赤の他人の養子になって、そうしてこの宿を、この湯を、引き継いだのである。

「カミさんは『何を考えてるのよ』と言うし、勤め先でも、いきなりやめると言ったから『何か悪いことでもやったのか?』と(笑)。でも、初めてここの湯に手を入れた瞬間、ビリビリと電気が走った感じがしたんです。もちろん何度も入浴させてもらっていましたし、すごくいいお湯だということも感じていました。だから、この温泉が無くなっちゃうのはマズいぞ、と。だって、あの歴史のあるお風呂も壊しちゃうって言うんだから。もったいないですよね」。

(この宿の象徴でもある混浴総檜風呂)

戸籍を変えてまで守った湯は、宿の代名詞でもある混浴総檜風呂(女性時間あり)と貸切露天風呂(予約不要・無料)、新たに完成した女性風呂(男性時間あり)にあふれている。各風呂は温度も違い、同じ源泉ながら浴感が微妙に異なる。もっともフレッシュなのは混浴風呂の大浴槽で約43度、同じく小浴槽は40度で少しやわらかな肌触りだ。新しい女性湯は41度でその中間くらい。貸切風呂は、湯船に入ると温泉がザバーっとこぼれ出る。僕もまた、混浴檜風呂の大浴槽に入ったとき、ビビビと電気が走る思いがした。

(ご主人の福田さん。いい笑顔です)

「一浴珠の肌の湯を体験して欲しい。とにかくお湯には自信があります

と、元銀行マンの宿主は胸を張った。こうして沢渡温泉の名宿「まるほん旅館」は今に続いているのである。守ってくれてありがとう、と言いたい。(2015年発行『旅の手帖』記事に加筆して掲載)

image by: 飯塚玲児, まるほん旅館公式HP

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【著者】 飯塚玲児 【月額】 初月無料!330円(税込) 【発行周期】 毎週水曜日or木曜日配信 発行予定

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