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血税4千億で陸自の「自分探しの旅」につき合わされる日本の不幸

我が国への導入が決まった地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」ですが、北朝鮮が対話ムードに姿勢を変えた今、日本にとって莫大な金額を支払ってまで購入すべき必要不可欠なものなのでしょうか。ジャーナリストの高野孟さんが自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、専門からの意見を引きながらその配備がどれだけ無駄であるかを白日の下に晒しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年11月5日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

迷走する陸上自衛隊の「自分探し」の旅──根拠不明のイージス・アショア配備

10月31日の参院本会議で、共産党の山下芳生副委員長が「イージス・アショア」について、米国の意向に従って導入したのではないかと問うたのに対し、安倍晋三首相は「わが国の主体的判断で導入している」と強弁した。主体的判断というのであれば、イージスアショアの性能がどうであって、それと莫大な導入コストがどう見合っているのかの判断根拠をきちんと国会に示して国民の判断を仰ぐのが当たり前だろうが、そのような中身のある答弁はなかった

他方、同じ日に発売された「週刊新潮」11月8日号には、市川文一「イージス・アショアの不都合な真実」という5ページに及ぶ特別読物が載っていて、これは極めて説得力がある。なぜなら、この著者は前陸上自衛隊武器学校の校長だからである。

市川氏は、速度、精度、高度、ミサイルの本数、コストの各面に渡って検討の上、イージス・アショアの導入は意味がないと結論づけている。陸自の兵器技術のプロがこう言っているのに、安倍首相は一体何に頼って主体的判断を下したのだろうか。

もう1つ、この問題で説得的なのは、田岡俊次「新装備で米国に貢献」(「AERA」10月1日号)。この2つの論考を参考として、イージス・アショア導入のアホらしさを検証したい。

及びもつかない速度と精度

そもそも、ミサイルが飛んで来た時にそれを空中で迎撃するのがミサイル防衛であるけれども、これが机上の空論に等しい。市川氏はこう言う。

イージス・アショア導入によって北朝鮮のミサイルを確実に迎撃できるのならば、確かに日本国民はより「安全」になるし、結果として「安心」することができるだろう。しかし、残念ながらそれは絵に描いた餅に過ぎない。

まずは「速度」の問題。敵がライフルを発砲した瞬間、こちらも銃を発砲し、弾丸で敵の弾丸を撃ち落とす。こういったゴルゴ13のような神業を想像すれば、ミサイル防衛の難しさをわかって貰えるだろう。しかも、一般的なライフル弾の速さは秒速900メートル前後、マッハ3程度であるのに対し、北のミサイルの最大速度は秒速5,000メートル、マッハ15とも言われている。敵の航空機を迎撃する地対空ミサイルの場合、敵機は速くてマッハ2~3程度である。

要求される「精度」も桁違いで、地対空ミサイルは敵航空機に近づいた時点で弾頭が破裂し、その破片が敵機に命中すれば撃墜できるが、核弾頭は破片では撃墜できない。敵ミサイルを無効化するには、硬くて重い物質を核弾頭に直撃させなければならない……。

SM3では高さが届かない

イージス艦から発射される迎撃ミサイルは「SM3 ブロック1A」で、イージス・アショアにはこれをさらに性能向上させた「ブロック2A」が搭載される。SM3の1Aの最大高度は500キロ、2Aでも1,000キロ。それに対して、北が17年5月にロフテッド軌道で打ち上げた火星12号中距離ミサイルは最大高度2,000キロで、これでは、残念なことに、最高高度近辺で撃ち落とすことを想定しているSAM3では全く対応できない

それだけではなく、北のミサイルはすでに多弾頭化されている可能性がある。17年5月のミサイルは着弾前に2つに、同年8月のミサイルは上空で3つに、分裂したと言われている。

言うまでもなくロシアや中国のミサイルはとっくに多弾頭化されていてSAM3では迎撃できない

ミサイルの数が足りない

これは、イージス艦導入の段階で問題になっていたことではあるけれども、田岡氏によると、イージス艦は各種ミサイルを90~96発積めるだけの発射台を備えている。

そもそもイージス・システムは、米海軍の主力である航空母艦を敵戦闘機による攻撃から防衛すべく、空母に随伴する巡洋艦、駆逐艦に搭載するために開発されたもので、その最大の特徴は、敵戦闘機編隊が空母に向かって空対艦ミサイルを同時多発的に発射してきた場合に、それらを瞬時にコンピューター解析して、先に当方に到達しそうな敵ミサイルを判別して危ない順に迎撃して撃ち落とすよう設定されたプログラミング能力にある。それを陸上の迎撃システムに移し替えたのがイージス・アショアで、どちらにしても、同時多発的なミサイル攻撃に対する備えというのがその趣旨である。

ところが、この迎撃ミサイルが「SM3 ブロック2A」で1発40億円もする。当初の旧型でも16億円で、せっかくイージス艦を買っても肝心のミサイルは米軍のように90~96発を装備するなど夢のまた夢、8発の予算を組むのが精一杯だった。ということは、イージス艦も単なるおもちゃなのである。

イージス・アショアの実際を考えても、300発のミサイルが必要だと市川氏は指摘する。北が100発のミサイルを日本に向けて発射し、うち10発に核弾頭を装着させたとして、「SM3 ブロック2A」の命中率を90%と(めちゃくちゃ過大に?)仮定しても、これらを確実に無効化するに300発の迎撃ミサイルが必要になる。それにはミサイル代だけで1兆円が必要で、「実現性に欠ける」(市川氏)。

電磁パルスを浴びせられたら

さらに、仮にそれだけを費やして万全の備えをしたとしても、北は電磁パルス(EMP)攻撃の能力をすでに備えていて、30キロ以上の高高度で核爆発を起こしすべての電子機器を攪乱することができる。これを防ぐには、対象物を導電性の金属で覆うことが必要だが、イージス・システムの核心であるレーダーを金属で覆ったのでは電波の送受信そのものができなくなるので、レーダーを電磁パルス攻撃から守ることは不可能である。

つまり、核ミサイルで攻撃してくる「意図」を持った相手から自国の安全を確保するのは、どれほどお金をかけても至難の業なのだ(市川氏)。

しかも、取得経費は2基で2,679億円とされているが、これに維持・運用費と教育訓練費を加えると4,664億円となる。この維持・運用費は「導入時には最低限の費用で見積もられるのが常である。故障した場合の修理費、システム全体が新しくなった場合のバージョンアップ費用は、事前に見積もることができないので含まれない」し、基地の施設整備費上述のミサイル本体の購入費なども含まれていない

時代の流れに逆らう3要因

こうした馬鹿げたことがまかり通りつつある原因としては次の3つが挙げられる。そこから見えるのは、陸自自体がすでに時代との関係で存在理由を見失っていて、それを、中国や北朝鮮の脅威を誇大に描くことで無理矢理に新任務やそれに必要な新兵器を手に入れようとして足掻く姿である。

第1に「冷戦後遺症」である。

そもそも、全世界的にはとっくの昔に冷戦が終わり、そうは言っても東アジア・日本周辺では北方4島・竹島・尖閣など直接的な領土紛争に加えて北朝鮮のミサイル開発や中国の南シナ海進出など剣呑な動きもあるというグレー・ゾーンにあって、日本は一体どちらを向いて生きるのかという問題がある。

仮に、世界はどうであれ日本周辺では冷戦は終わらないどころか、熱戦が起きる危険が増大しているという判断に立つなら、自衛隊の増強は必要ということになるのかもしれない。しかし「戦争か対話か」のグレーな諸問題を外交の力に頼って解決して行くことは可能だという覚悟を決めるなら、軍拡は無駄であるどころか有害だということになる。

その大前提を議論することを避けて、冷戦時代と同じように「北朝鮮は怖い」「中国は危ない」という危機感を煽り「我が国をめぐる安全保障環境はますます厳しくなっていると呪文のように言い続けているのが安倍政権である。安倍首相は秋田県知事の「米朝首脳会談がうまく行けば前提が崩れる」という判断に賛成なのか反対なのか、きちんと答えるべきである。

第2に「拝米劣等感」である。

米国で冷戦が終わらないでいてほしいと願う筆頭は軍産複合体であり、その支援を受けた上下両院議員であり、その手先となって日本などへの兵器輸出で利権を得ているリチャード・アーミテージやマイケル・グリーンなどの「対日安保マフィア」である。彼らの言いなりになっているのが外務省の主流をなす親米派であり、祖父=岸信介の屈折した拝米思考をそのまま受け継いでいる安倍首相自身である。

今時、F35戦闘機やイージス・システムやオスプレイなど超高額な米製新兵器を向こうの言い値で次々に買うなど反国益的行為だが、安倍首相はそうしないと米国は日本を守ってくれないと怯えている。

第3に「陸自の生き残り策」である。

もはや役目がない?陸自

かつては旧ソ連の脅威に備えるのが陸自の主要テーマで、具体的にはソ連極東にある強力な機甲化師団が北海道に上陸侵攻してくるのを戦車を並べて北海道の原野で迎え撃つという中心シナリオを抱いていた。

ところが冷戦が終わって旧ソ連の脅威がほとんどなくなって、困ったのが陸自である。1990年代の中頃には、急に「離島防衛」論が浮上して、北朝鮮が米韓と戦争になるか体制崩壊が起きるかすると「一部武装兵を含む北の難民が大挙して日本の離島に押し寄せて占拠するかもしれない」という危機シナリオが盛んに語られ、それに応じて陸自が「南西諸島防衛」ということを言い出して、北海道にあった戦車の一部を島々に移そうとした

この馬鹿馬鹿しいシナリオはたちまち消え去った。しかし野田政権の「尖閣国有化」の愚行のおかげで、今度は中国が尖閣諸島に攻めてくるという話として蘇った経緯については、17年7月の本誌No.896で詳しく述べたので、それを再録しておく。

いま陸自がやりたがっているのは、中国軍が尖閣はじめ南西諸島に上陸して、そこを足がかりに島伝いに沖縄本島、ひいては九州・本土にまで侵攻してくるという「素っ頓狂として言い様のない妄想的な危機シナリオに立って、

  1. 与那国島、石垣島、宮古島などに対艦・対空ミサイル基地を新設して中国の海空軍の攻撃を跳ね返す
  2. それでも尖閣はじめ島々が占領されるのは防げそうにないので、米海兵隊タイプの水陸機動団を創設し、それをオスプレイに乗せてどこへでも出撃し、奪回する
  3. また北朝鮮の脅威に関しては、海自・空自が盛んに北朝鮮を意識した日米共同訓練を行っているのが陸自にはうらやましくて仕方がないので、イージス・アショアを手に入れて、北がグアムをミサイル攻撃した場合に上空を通過する山口県と、ハワイに撃った場合に通過する秋田県とに配備して、対米忠誠心を示す

──ということで存在感を示そうとしている。が、一言で言って時代遅れの荒唐無稽でしかない。やることがないなら部隊を縮小すればいいのに、何とかありもしない脅威を言い立てて偽のアイデンティティを確保しようとする姿が哀れである。

image by: Shutterstock.com

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年11月5日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分税込864円)。

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