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異常事態。産業革新投資機構の役員退陣を新聞各紙はどう伝えたか

官民出資の投資ファンドである産業革新投資機構(JIC)と同機構を所管する経済産業省との間に内紛が勃発、JICの民間出身の取締役9人全員が辞任するという異常事態に陥っています。この一連の騒動を新聞各紙はどう報じたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で詳細に分析しています。

産業革新投資機構の役員総退陣を新聞各紙はどう伝えたか

ラインナップ

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「経産省の変化『信頼毀損』」
《読売》…「年21億円『自分には価値』」
《毎日》…「革新機構 民間役員総退陣」
《東京》…「ゴーン容疑者ら起訴」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「再逮捕 地検、詳細語らず」
《読売》…「革新機構 休止状態に」
《毎日》…「革新機構 空中分解に」
《東京》…「官民ファンド 矛盾で自壊」

ハドル

どのくらい差が出てくるか分かりませんが、官民ファンドの問題が圧倒的に多くの紙面を占めていますので、「革新機構の役員総退陣」をテーマとします。

基本的な報道内容

官民ファンドの産業革新投資機構と経産省の対立は、民間出身の取締役9人全員の辞任に発展。会見した田中正明社長は高額報酬問題で「信頼毀損行為」があったとして経産省を批判。また「投資手法についても対立し関係修復が不可能と判断したという。発足3ヵ月で経営陣総退陣の異常事態に。

田中氏は、9月に経産省の糟谷敏秀官房長がいったんは高額報酬を容認する文書を田中氏提示したにもかかわらず、11月に白紙撤回したことが「信頼関係の毀損行為」に当たるとして、経産省を厳しく批判。9人は「新産業創出の理念に共感して集まったが、経産省の姿勢の変化で目的達成が実務的に困難になった」とも述べた。後任人事は難航が予想されている。

官民ファンドはそもそも無理筋?

【朝日】は1面トップに4面解説記事、7面に一問一答。見出しから。

1面

3面

uttiiの眼

3面記事。《朝日》は、経産省とファンド側の齟齬の要因について、「糟谷敏秀官房長ら経産省側の政府内における調整不足」としている。

経緯はなかなかに複雑だ。

官民ファンド「産業革新機構(JIC)」の構想の元になったのは昨年10月、経産省内に設けられた「リスクマネー研究会の報告書で、田中氏はその委員であり、糟谷官房長は当時の担当局長だったという。田中氏は「仮に報酬1円でもJICの社長に来た」と説明、しかし9月に、年の報酬1億円超もありうる案を糟谷氏から示され、その案に従って取締役会で報酬規定を決めていた。ところが、10月3日、高額報酬案を伝える《朝日》の報道を受けて経産省は「公表しないでほしい」と要請、その後、嶋田事務次官との会談で、報酬引き下げの要請に田中氏は同意したが、さらにその後、報酬を3,150万円に減額し成功報酬は出さないという通告があり、議論は暗礁に乗り上げ、田中社長は「席を立った」という。

《朝日》は「高額報酬」問題を重点にして経緯を説明しているのだが、その経緯には不明確なところが多く、理解しづらい。取材力に疑問を感じさせる

栗林史子記者による「視点」は、官民ファンドのあり方自体を問題にしている。現在14あるファンドのうち6つが損失を抱え、JICの前身も「経営難の企業を救済する『国策』的な投資」で批判され、その反省から「新産業の育成」や「投資リターンの最大化」を打ち出したのがJICだった。ところが、高額報酬に対する世間の批判を恐れた経産省が経営陣を押さえ込みに掛かり、事実上の休止状態に追い込んでしまったと。

記者は「巨大な『官』の資金を慎重に管理しつつ、『民』の自由な投資活動で利益追求を図る」という、木に竹を接いだような官民ファンドの設計に無理はなかったかと、根本的な問いを発している。

投資手法を巡る深刻な対立

【読売】は3面の解説記事「スキャナー」のみ。見出しを以下に。

3面

uttiiの眼

《読売》は、今回の官民ファンドと経産省の対立は、「高額報酬」を巡る両者の溝だけではなく、「投資手法を巡る対立も影響していると強調している。

発足にあたり、JICは「世界の一流の金融や投資のプロによる投資活動を行う体制が整備された」と鼻息も荒く、経産省とも蜜月の関係だった。リスクマネーが集まらず新規産業が育たない日本の現状を打破し、官民ファンド不要論を払拭する役割も期待されていたという。

ところが、報酬を巡る対立が起こり、経産省はファンドへの監視強化に走る。具体的には、JICが、民間資金を呼び込みやすくするためなどとして、認可制の「子ファンド」の下に、認可不要の「孫ファンド」を設けようとしたことに対して、経産省は「やりたい放題になる」と警戒、JIC側は「運用の手足を縛られては海外で戦えない」として決定的な対立が生じていたという。この件、《朝日》は全く触れていないが、極めて重要

孫ファンドは禁止されることに?

【毎日】は1面トップに3面の解説記事「クローズアップ」、6面は「ミニ論点」で識者2人の意見。見出しから。

1面

3面

uttiiの眼

《毎日》は、「高額報酬」と「投資手法」の両方についてバランス良く書いている。「高額報酬」に関しては、年間最大1億円超の形で示された当初の報酬規定案は、「財務省から了解を得ていないことが判明」し、田中社長は「政府内で調整が済んでいないという疑念」を持ち、そして嶋田次官が総額3,150万円を提示したことで田中氏は自らの進退にも言及し、両者の対立が決定的になったとの経緯。

「孫ファンド」については、どうも、経産省側は田中氏らが孫ファンドを使って自らの収入を増やそうとしているとの嫌疑”を掛けたらしく、記者会見で田中氏は、「我々はお金のためにここへ来たわけではない」と語り、情報開示について、孫ファンドの報酬も開示する意向を提案していたと説明しているようだ。

もう1点。今回、辞任を表面した中には、取締役会議長の坂根正弘氏が含まれている。コマツ相談役の坂根氏は「経団連の元副会長で政財界に幅広い人脈を持つ」人。新たな人材を集める求心力となるべき人で、この人まで失った影響は非常に大きいと《毎日》は指摘している。

また記者は、政府はJICへの管理を強めることになり、「孫ファンド」の設立を禁じたりすれば、機構の趣旨が変わってしまう懸念があるという。「田中氏らの辞任で経産省とJICの対立自体は収束に向かうが、産業活性化という宿題は一段と重くなった」と締めている。

意思決定メカニズムの問題

【東京】は1面左肩と2面の解説記事「核心」。見出しから。

1面

2面

uttiiの眼

1面。《東京》は見出しに「法治国家ではない」という、田中社長が会見時に使った最も刺激的な言葉を採用しつつ、問題は「報酬水準」だけでなく、「投資手法を巡っての対立でもあったことを示している。

ともに辞任することになった冨山和彦取締役が「報酬の問題だけでなく、広範な事項について後から覆されるリスクが高い意思決定メカニズムになっていることが露呈した」と言っていることを紹介。この発言の意味は大きい。

2面。《東京》はこの問題を「安倍政権の掲げる成長戦略の柱の1つが揺らいでいる」問題として位置づけていることがリードに示されている。

《東京》が紹介する「投資手法」の問題は、「孫ファンド」云々ではなく、具体的な案件についての説明になっている。

田中社長は会見のなかで、不信の芽生えは就任直後に遡るとして、10月に副社長が見つけてきた米国の創薬ベンチャーへの投資問題を挙げている。日本企業との協業で「国内に米国の先端技術を還元することが狙いだった」のに、経産省や財務省との協議が遅遅として進まず、田中氏は、求められているのは「民間のベストプラクティスを活用する官民ファンド」ではなく、実態は「国の意向を反映する官ファンド」であることを実感させられたとしている。

こうした官民ファンドの根本問題について、記事は、旧大蔵省出身で慶応大学大学院の小幡積准教授に語らせている。

「官民ファンドは政治や省庁が介入するからうまくいかない」。「政治や行政にファンドを運営する能力がないから民間に協力を求めているのに、介入するならすべて解散すべきだ」と。

あとがき

以上、いかがでしたでしょうか。

朝日記事の劣化が目立つ今回のテーマ。高額報酬の件でスクープを飛ばして経産省を慌てさせたことで、「高額報酬」問題に逆に囚われてしまったというところでしょうか。他紙が揃って、「投資手法」の問題と絡めて報じているのと比べて、ちょっと惨めすぎます。どこかで挽回してほしいものですが。

というところできょうはここまで。

image by: Twitter(@世耕弘成)

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ニュースステーションを皮切りにテレビの世界に入って34年。サンデープロジェクト(テレビ朝日)で数々の取材とリポートに携わり、スーパーニュース・アンカー(関西テレビ)や吉田照美ソコダイジナトコ(文化放送)でコメンテーター、J-WAVEのジャム・ザ・ワールドではナビゲーターを務めた。ネット上のメディア、『デモクラTV』の創立メンバーで、自身が司会を務める「デモくらジオ」(金曜夜8時から10時。「ヴィンテージ・ジャズをアナログ・プレーヤーで聴きながら、リラックスして一週間を振り返る名物プログラム」)は番組開始以来、放送300回を超えた。

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【著者】 内田誠 【月額】 月額330円(税込) 【発行周期】 週1回程度

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