第二次世界大戦の原因はいったいなんだったのでしょうか。実は、戦争の背景を経済の視点から眺めてみると、そこにはもう一つ見過ごされがちな要因が存在します。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では元国税調査官で作家の大村大次郎さんが、 アメリカがなぜ高関税と金の囲い込みに走ったのか、そしてそれが世界経済と各国の運命をどのように狂わせていったのかを、歴史の流れに沿って解き明かしていきます
第二次大戦はアメリカの関税が原因だった
昨今、トランプ関税が世界経済を騒がせています。
アメリカが関税で世界を騒がせたのは今回が初めてではありません。
世界大恐慌やそれに連なる第二次世界大戦も、アメリカの関税が契機となっているのです。
今回から二回に分けてその経緯をご説明したいと思います。
実はアメリカというのは、建国当初から関税が非常に高い国でした。
というのも、アメリカ人は所得や財産に税金を課せられることを嫌ったので、関税で国家財政を賄うしかなかったのです。
しかも建国当初のアメリカは、まだ未開の途上国だったので、自国の産業を保護するためにも高い関税を敷いていたのです。
当時、輸入品に40%もの関税が課せられており、国家税収の8~9割は関税収入だったのです。
アメリカが関税以外の「本格的な税金」をつくったのは、20世紀に入ってからでした。
1913年に、ようやく所得税が創設されたのです。
今でこそ、アメリカ連邦政府の主財源は所得税ですが、1910年代までのアメリカには所得税がなかったのです。
所得税というのは、1799年にイギリスで世界最初に導入された新しい税金なのです。
といっても、人の収入に税金をかけるということは太古から行われてきました。
ローマ帝国やキリスト教の10分の一なども、広義の意味では所得税といえます。
ただ、現代的な、所得額を正確に算出して、累進的な税率をかける「所得税」というのは、この1799年のイギリスの所得税が世界初だとされているのです。
それ以来、ヨーロッパ諸国はこぞってこの所得税を導入しました。日本でも1887年に所得税が導入されています。
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しかし、アメリカはなかなか所得税を導入していませんでした。
アメリカ人は伝統的に税金を嫌っていたので、所得に税金をかけられることも拒んでいたのです。
そのアメリカが、なぜ1913年に所得税を創設したのかというと、当初は関税を下げるのが目的でした。
なぜ関税を下げたかったのかというと、「関税は貧富の差を広げる」ということで、世間の批判があったからです。
関税というのは輸入品に均等にかかるため、金持ちも貧乏人も輸入品を買えば払うことになります。
当時のアメリカは、衣料品などの生活必需品も輸入品に頼っていました。
だから、日常生活をしていく上では、金持ちも貧乏人も輸入に頼っていました。
貧乏人は収入に占める消費の割合が高いものです。
貯金をする余裕がありませんから、収入のほとんどが消費で消えてしまいます。
その消費の中には、輸入品も多く含まれており、その輸入品の価額には関税が含まれています。
一方、金持ちは、収入のうち消費に回すお金はごく一部です。
だから、収入における関税の負担割合も高くはありません。
つまり、「収入のほとんどを消費してしまう貧乏人ほど、関税の負担割合が高くなる」ということです。
そのため関税は貧富の差が広がるということで、関税を減らし、金持ちを中心に課せられる「所得税」を創設しようということになったのです。
この所得税の創設により、アメリカの関税は16.4%にまで引き下げられました。
アメリカの関税は建国以来、40~50%で推移していたので、革命的な関税の引き下げだったわけです。
が、この低関税は、長くは続きませんでした。
10年足らずで、もとの高関税に戻してしまったのです。
それが、世界大恐慌を引き起こす原因ともなったのです。
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●貿易の勝ち逃げをしたアメリカ
第二次世界大戦の要因の一つとして、1929年の世界大恐慌が挙げられます。
この世界大恐慌は、単に「アメリカのバブル崩壊」として片づけられることが多いものです。
しかし、この世界大恐慌というのは、決して偶発的なものではなく、当時の世界経済が抱えていた矛盾が一気に噴き出したものだといえるのです。
そして、この世界経済の矛盾に関して、アメリカの責任は大きいのです。
大雑把に言うならば、アメリカが世界経済の秩序を壊したために、世界経済は破たんしたといえるのです。
というのも、アメリカは国際経済における大事な義務を放棄していたからです。
その義務とは、「貿易の勝ち逃げをしてはならない」という義務です。
もしこの義務を怠れば、世界経済は回っていかないのです。
またアメリカは当時の国際金融のルールを無視して、ひたすら自国に富を貯め込んだのです。
それが、世界経済に様々なひずみをもたらし、破綻を招いたのです。
なぜアメリカが貿易の勝ち逃げをし、富の独り占めをしていたのでしょうか?
その経緯を説明しましょう。
アメリカの経済は第一次大戦で大きく成長しました。
本土は戦争による被害をまったく受けなかった上に、連合国に莫大な軍需物資を売りつけ、世界一の債権国になったのです。
アメリカが世界の大国になったのは、このときからだといっていいでしょう。
第一次世界大戦でアメリカは大儲けしたのですが、戦争が終結すると軍需が急になくなってしまいました。
ヨーロッパ諸国の経済、勝者も敗者も戦争で疲弊し、これまでのようにアメリカ製品を大量に輸入することはできませんでした。
そのためアメリカは、農業製品も工業製品も輸出が大きく落ち込んだのです。
これに警戒感を覚えたアメリカは、自国の製品を自国で消費するために、外国からの輸入を締め出す方針「高関税政策」を緊急に打ち出すのです。
1920年、1922年に関税を大幅に引き上げる法案を成立させました。
これにより、平均16.4%まで引き下げられていた関税率は、平均44.7%にまで大幅に引き上げられたのです。
このアメリカの高関税政策が、世界大恐慌の要因の一つにもなったと見られています。
第一次世界大戦の軍需により、アメリカは世界最大の債権国になっていました。
ヨーロッパ諸国は、アメリカに対して莫大な借金を背負っていたのです。
その借金を返すには、世界一の金持ち国になったアメリカにたくさん物を買ってもらわなくてはならなかったのです。
しかし、そのアメリカが輸入を閉ざしてしまったのだから、借金を返すすべがなくなってしまったのです。
もちろんヨーロッパ諸国は、どこも経済状態が非常に悪化してしまいました。
イギリス、フランスなどの戦勝国は、敗戦国ドイツに巨額の賠償金を課すことで、経済を建て直そうとしました。
では第一次大戦で多額の賠償金を課せられたドイツはどうなったでしょうか?
経済破綻に追い込まれてしまったのです。
そしてドイツの経済破綻は、決してドイツだけの問題にはとどまりません。
ドイツに多額の金を貸しているアメリカにも大きな打撃となったのです。
それが世界大恐慌の大きな要因の一つと見られます。
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●アメリカの金(ゴールド)貯め込みという悪手
またアメリカは高関税政策とともに、もう一つ非常な悪手を打ちました。
それは金のため込み政策です。
第一次世界大戦時、アメリカには、大量の金が入ってきました。
当時の世界経済は、金本位制度がスタンダードだったので、輸出の決済は最終的には金(ゴールド)で行われていたのです。
金本位制度というのは、国が保有している金の量に応じて通貨を発行するというシステムです。
当時、世界の主要国のほとんどは金本位制度を採用しており、日本も1897年に金本位制度となっています。
金本位制のもとでは、金が流入すればそれだけ通貨量を増やさなければなりません。
金本位制というのは、次のようなシステムで、各国の通貨の安定が図られるようになっています。
貿易黒字により、その国の金の保有量が増える
↓
その国の通貨量が増える
↓
その国はインフレとなり輸出品も割高になる
↓
国際競争力が落ち貿易黒字が減る
金本位制をとる国々は、この手順をとることで、お互いの通貨を安定させてきたのです。
しかしアメリカは、このルールを破ったのです。
アメリカは自国内でインフレが起きることを懸念し、金が流入しているにもかかわらず、通貨量を増やさなかったのです。
1922年8月以降、流入した金は、連邦準備銀行の金準備に含めないようにしたのです。
そうするとどうなるでしょうか?
アメリカは金が大量に入ってくるにもかかわらず、アメリカの国際競争力は落ちません。
アメリカの貿易黒字は、ますます増え、金がますます流入してくることになります。
1923年の末には、世界の金の4割をアメリカが保有していました(その後、第二次大戦終了まで、アメリカの金保有量は増え続け、最終的に世界の金の7割以上を保有するに至ります)。
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●アメリカのせいで世界の金融がおかしくなる
アメリカばかりに金が集まると、世界各国で金が不足します。
金本位制のもとでは金が少なくなると、その分、通貨が減っていきます。
なので金の減少が続くと、通貨の流通に支障をきたすようになるのです。
デフレ状態になり産業が沈滞してしまいます。
また金が不足している国は、他国から物を買えなくなるために、貿易も収縮します。
つまりアメリカが、「世界貿易の通貨」である金をため込んでしまったことが、世界を恐慌に陥れる強い「負のエネルギー」となったのです。
それに加えて、アメリカは高関税政策を採っています。
アメリカの貿易黒字は減るどころか、積みあがっていくばかりだったのです。
なぜアメリカは世界の迷惑を顧みず、これほど貿易黒字を貯め込んだのでしょうか?
それには大きく二つの理由があります。
当時の国際経済の常識として、どこか一国が貿易黒字を貯め込むことが、悪いことだという認識はなかったのです(現在も、そういう考えを持っている経済学者、政治家も多い)。
だから、アメリカは貿易黒字が膨らみ、金を貯め込んでも、それを積極的に吐き出そうとか、他国の金不足を支援しようという試みはほとんど行われなかったのです。
そしてそもそも、アメリカというのは、貿易をそれほど必要としない国でした。
資源も多く、広い農地もある。工業化も進んでいます。
1929年におけるアメリカのGNPに対する貿易の割合というのは、輸出が5%、輸入が3,4%に過ぎませんでした。
つまり、当時の世界貿易の中では、世界各国はアメリカの産品を必要としているけれど、アメリカは、他国から買わなければならないものは特になかったのです。
だから、アメリカには、貿易黒字が貯まる一方となってしまったのです。
その結果、1920年代のアメリカはバブル状態になりました。
世界の中で経済が安定している国はアメリカくらいしかなかったので、世界中の投資マネーがアメリカに入ってきたのです。
しかし、1920年代のアメリカのバブルは砂上の楼閣のようなものでした。
なぜなら、アメリカの製品を買ってくれているヨーロッパ諸国は、どこも苦しい経済状況であり、購買力はそれほど続くものではありません。
ヨーロッパ諸国が破綻すれば、アメリカのバブルも当然、はじけてしまいます。
1929年の春になって、ヨーロッパ諸国の中でももっとも経済的に厳しいドイツで、その兆候が見えてきました。
第一次世界大戦で課せられた賠償金が払えなくなったのです。
その半年後、ニューヨークの証券取引所で株価の大暴落が起き、世界大恐慌になったのです。
続きは次回で。
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