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選挙対策で「北方2島返還」を安倍首相に吹き込んだ政治家の名

期待された北方領土問題について何一つ進展が見られず、「失敗」との報道も多く見られた22日開催の日露首脳会談。そもそもどこに安倍首相がここまで北方領土返還交渉を急ぐ必要があったのでしょうか。ジャーナリストの高野孟さんが自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、その理由について様々な側面から分析・考察しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年1月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

北方領土交渉「地獄の1丁目」に踏み込んだ安倍首相──その場限りの口先だけの言い逃れでは外交は成り立たない

先週号で予想したように、安倍晋三首相の訪露による1月22日のプーチン大統領との会談は、失敗に終わった。終了後の共同記者発表でプーチンは「双方が受け入れ可能な解決策を見いだすための条件を形成するため、今後も長く綿密な作業が必要だと強調したい」「その課題は長期的で多方面にわたる価値の高い日露関係の発展だ」と、「長くとか長期的」とかいう言葉を何度も使った。それはつまり安倍首相が望むような、6月大阪での日露首脳の再会談で平和条約の基本合意発表といった短兵急な日程など全くあり得ないという、まことに冷ややかな宣告にほかならなかった。

それでも安倍首相は「平和条約の問題をじっくり話し合った」と、思わせぶりな言い方をした。しかし、領土問題について具体的な内容には一切触れず、記者からの質問も受けずに立ち去った。先週の外相会談では共同記者会見を取りやめて両外相が別途に会見を開くことにし、河野は若干の質問を受けた。今週の首脳会談ではやはり共同記者会見を取りやめて、一応両首脳が並んで記者たちの前に現れたけれども、それぞれが一方的に発表文を読み上げただけで質問は受け付けない、いわゆる「記者発表に止まった。ロシア側にはこんな風にコソコソしなければならない理由は何もなく、もっぱら日本側が正々堂々の共同記者会見から逃げたがってこういう設営をロシア側にお願いしていることが分かる。恥ずかしいことである。

北方領土問題を誰よりも深い洞察力を以て論じてきた岩下明裕=九州大学教授は、「安倍首相がいよいよ『地獄の1丁目に立ったな、という印象です」と述べているが(ハフポスト22日付)、まさにその通りで、国際社会にも国内世論にも正面切って説明し説得することが出来ないような有様で領土をめぐる交渉に踏み込めるはずがなく、この先に待つのは地獄の2丁目、3丁目ということになろう。

そもそもの動機不純が禍

この日露領土交渉の新局面は、昨年9月ウラジオストク東方経済フォーラムでの安倍首相とプーチンのやりとりから始まった(本誌No.963・969)。その場ではドギマギして苦笑いするばかりだった安倍首相が、プーチンが投げた餌に食らいついて行ったのは、私の推測では2つ理由があって、1つには、昨春以来の米朝関係の急展開に翻弄されながらも、何とかトランプの力に縋って日朝首脳会談を実現して外交成果に仕立てられないかという他力本願の画策が破綻したこと。もう1つには、そうならば国内に目を転じて改憲問題に全力を集中し、昨秋臨時国会で議論を軌道に乗せ今年の通常国会中に両院で国民投票を発議してその勢いで参院選をも勝ち抜こうという思惑が(下村博文を要に据えるという軽薄極まりないお友だち人事が裏目に出て)潰れたこと。

これでは参院選を戦い抜く目玉が何もなくて困ったなということになって、そこで安倍首相が思いついたのが、「そうだ、北方領土だ」ということだったのではないか。いや本人が思いついたのではなく、たぶん鈴木宗男が「あの9月のプーチン発言を逆手にとって2島返還論で踏み込むチャンスですよ」とでも吹き込んで、安倍首相がすっかりその気になったのかもしれないが、いずれにせよ、どうしたら参院選までに何やら目覚ましい内外成果を打ち上げなければならないというところからすべてが発している、その動機が不純なのである。

しかも、28日に始まる今年の通常国会は、そもそもビックリするほど審議時間が少ない

3月末までに、10月の消費増税への景気対策を含めた予算案を成立させなければならないが、これ自体がアベノミクス6年間と黒田日銀のパフォーマンスの徹底総括を抜きにしては論じられない大テーマである。それを何とか乗り切ったとしても、4月は統一地方選挙、5月にかけては現天皇の退位新天皇の即位という世代わりムード一色。超大型連休明けから6月の会期末までは、いくつかの重要法案を仕上げるのに精一杯となる。しかも参院選があるので大幅な会期延長はできない

そのため昨秋段階では、普通は1月末に招集される通常国会を、正月明けの1月4日召集、7日から審議開始とすることで3週間の審議期間増を確保する案が有力視されていた。それが例年どおりの1月末召集に落ちついたのは、2つ意味があって、1つは、この会期中に改憲発議が出来なくても仕方がないという断念。もう1つは、1月14日の日露外相会談と22日の同首脳会談をつうじて、6月までの平和条約基本合意が達成される可能性に賭けるという決断である。ところが日露交渉は巧く転がらず、そこへ厚労省の勤労統計のデタラメという思いもよらぬ大問題が勃発、国会は冒頭から大荒れとなる気配となり、全てが狂ってしまった

国民を騙して領土交渉?

繰り返しになるけれども、ラブロフ外相は「日本は南クリル(=北方領土)に対するロシアの主権を含め、第2次大戦の結果を完全に認めるべきで、それが交渉の出発点となる」と言った。

そこでまず安倍首相が今回「2島返還論」を採って、歯舞・色丹だけ返ってくればいいという姿勢に転換したという場合に、問題は2つあって、第1には、国後・択捉へのロシアの主権を日本が認めて返還要求を取り下げたことをロシアは当然のこととして歓迎するけれども、今まで4島が「不法占拠」されているとしてその一括返還を厳しく要求してきた政府の立場の変更を国内にどう説明するのか。安倍首相はまず国内に向かって、そのように方針転換をしようと思うのですがよろしいでしょうかと許しを求めなければならない

第2には、では国後・択捉の主権主張を放棄すれば歯舞・色丹の主権はすんなり返ってくるのかと言えば、そうは簡単ではない。プーチンが言っているのは、歯舞・色丹は日本の主権下にあるから返して当然だというのではなくて、これらもロシア主権下にあるのではあるけれども、日ソ共同宣言の「日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して」──つまり端的に言ってロシアの特別に寛容な態度によって日本に対して恩恵を施すという意味で「引き渡す」のである。さてそこで問題は、「引き渡す」のは主権の全てなのか、主権はロシアに止まったままの施政権の部分的返還なのか、あるいは各種条件を定めた上での共同管理権なのか、といったようなことは、実は何も定まっていなくて、これからの交渉次第だというのである。

このような北方領土問題の難しさをありのままに国民に説明せず、むしろ本当のことを隠して切り抜けようという姿勢では、事が成就する訳がない。

image by: 首相官邸

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