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中国が「一帯一路」に作ったタックスヘイブンに群がる富裕層たち

中国の有名女優、范氷氷さんが脱税をし、巨額の追徴課税と罰金の支払いを命じられたことは日本でも話題となりました。この事件の背景には、半ば公然となっていた映画関係者の脱税や、中国富裕層が当たり前となっている資産隠しの実態があると指摘するのは、メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』の著者で、元国税調査官の作家・大村大次郎さん。大村さんは、中国の富裕層に資産保持の観念が強い納得の理由など、彼の国での脱税と資産隠しの事情を解説しています。

現代中国脱税事情

昨今、中国の有名女優の范氷氷さんが巨額の脱税をしたとして、大きなニュースになりました。まずは、以下の記事を読んでください。

【北京=西見由章】中国の税務当局は3日までに、著名女優の范氷氷(ファン・ビンビン)さん(37)が脱税していたとして追徴課税や罰金など総額8億8400万元(約146億円)の支払いを命じた。指定期日までに支払わなければ刑事責任を追及するとしている。国営新華社通信が伝えた。

范さんの脱税疑惑については5月、著名キャスターがインターネット上で告発し、6月以降は范さんの消息が途絶えていた。当局は今回の事件を受けて、映画業界に対し「年末までに自ら申告漏れを届け出た場合は行政処罰を免除する」と通告。脱税の横行がささやかれる業界への“見せしめ”となった形だ。

新華社によると、范さんは旧日本軍による重慶爆撃を題材とする中国映画「大爆撃」の出演報酬をめぐり、当局に提出しない“ウラ契約書”を作成して所得税など730万元の支払いを逃れた。さらに法定代表人を務める企業に2億4800万元の税金未払いが判明し、うち1億3400万元が意図的な脱税と認定された。

「大爆撃」では米俳優ブルース・ウィリスさんが中国空軍を支援した米義勇航空部隊「フライング・タイガース」の教官役を演じ、范さんも特別出演している。ただ7月に発表された新ポスターから范さんの名前が消え、国内の封切り時期も当初予定の8月から10月に延期されたため、出演シーンがカットされるのではとの憶測も広がった。

范さんは3日、6200万人以上のフォロワーを持つ中国版ツイッター「微博」に謝罪文を掲載。「自らの行為を深く恥じる。資金を工面して罰金と追徴金を払いたい」としている。(2018年10月3日産経新聞配信)

范氷氷さんは、日本や香港、韓国などの映画にも出演していました。近年はハリウッドにも進出し、2014年には『Mメン・フューチャー&パスト』に出演。アメリカのフォーブス誌が発表した2015年世界女優収入ランキングでは、年2100万ドル(約23億5千万円)で4位となっていました。

しかし、2018年5月、CCTV(国営中央テレビ)の元キャスターである崔永元(チェ・ヨンウォン)氏が中国版ツイッター「微博」で范さんの脱税疑惑を指摘しました。「大爆撃」という日中戦争を描いた新作映画に関して、正規の出演契約書以外に裏の契約書をつくり、正規の契約書の5倍の出演料を受け取っていたとのことでした。その契約書の写真が「微博」で公開されたのです。

これを見て中国の税務当局も動き出し、翌6月初旬から3か月にわたって范さんのSNSの更新が止まり、「消息不明」ということで騒ぎになっていました。ネットでは、「海外逃亡したのではないか?」「税務当局の取り調べを受けているのではないか?」と噂されましたが、結局、税務当局の取り調べを受けていたわけです。

「微博」で指摘された新作映画のギャラ自体に関する脱税額は1億円ちょっとだったのですが、他の部分の脱税が恐ろしく巨額でした。おそらく、中国税務当局は「微博」での告発を受けて洗いざらい范さんの収入を調べ直したのでしょう。その結果、総額8億8400万元(約146億円)という巨大な追徴税額となったわけです。

また范さんも、この莫大な収入はただ隠していただけじゃなく、当初は政治家などとのコネクションを持ち、税務当局から見逃されていたものと思われます。これだけの巨額な資産が、普通に見逃されるというのは考えにくいところですので。が、近年、中国は富裕層の脱税について社会的な批判が厳しくなっており、また范さんの場合は、ネットで証拠写真まで公開されていましたので、税務当局も本腰を入れて調査せざるを得なかったのでしょう。

まあ、ここまでは、国際的な女優の巨額脱税事件ということ話なのですが、今の中国の場合、ここで話は終わらないのです。中国の税務当局は、映画業界に対し「年末までに自ら申告漏れを届け出た場合は行政処罰を免除する」と通告しています。つまりは、映画業界で脱税が横行しているということは、中国国内では半ば公然のことだったのです。

しかも、芸能関係者の中には、巧みな逃税方法を用いている者もいるようなのです。范氷氷さんのケースのような、二重契約書をつくっているような場合は、当然、明白に黒ということですが、中には白黒がはっきりしないような方法で税金を逃れている芸能関係者も多数いるようなのです。

「一帯一路」のためのタックスヘイブン

現在中国は、「一帯一路」という世界的な規模の経済プロジェクトを推し進めています。ご存知の方も多いかと思いますが「一帯一路」構想とは、中国西部から中央アジア、ヨーロッパにつながる地域を「シルクロード経済ベルト」と位置づけ、ここに大規模なインフラ整備を行い、巨大な物流、生産地域にしようというものです。アジアやヨーロッパの経済活性化につながるとして、世界中から注目されています。

そして、この一帯一路構想の財政面を支えるものとして、中国はAIIB(アジア・インフラ投資銀行)をつくりました。AIIBは、1000億ドルを出資金として集め、それをアジアやヨーロッパ各地の開発に投資するという目的を持っています。AIIBは、中国版マーシャル・プランとも呼ばれています。

中国は出資金のうち、30%程度を負担します。もちろん、それは、出資国の中では最大です。つまりは、AIIBは、「中国が金をだし、その金を開発投資に使おう」という趣旨を持っているのです。他の国から見れば、中国の出した金を安く借りて開発に使える機会が生じるわけです。だから、世界中の国がこぞって参加しています。イギリスはいち早く参加を表明し、ドイツ、フランスなどの西欧諸国も次々に加盟し、韓国、オーストラリアも参加しています。

日本とアメリカは、このAIIBに今のところ参加を見送っています。アジア地域においては、日本とアメリカが長く、インフラ投資支援などを行なってきました。AIIBと同じような趣旨を持つ、アジア開発銀行は、半世紀前の1966年に設立されています。出資比率は日本が15.7%で筆頭であり、アメリカが第2位の15.6%です。このアジア開発銀行は、アジアのインフラ投資にこれまで随分、貢献してきたという自負もあり、日本とアメリカは今更、中国が中心となる開発銀行に、参加をしたくないということです。

一方、中国としては、日本主導ではない、中国主導のアジア開発銀行をつくりたい、と考えたのでしょう。もちろん中国としては、一帯一路構想は絶対に成功させなければならないわけです。だから、世界の国々の参加を促すことはもちろんですが、中国の民間の資本も一帯一路に集中させなければなりません。

そこで中国は「一帯一路」の最前線の地域に、非常に税金が安くて条件もいいタックスヘイブンをつくったのです。

中国企業、富裕層の税金の抜け穴

一帯一路地域のタックスヘイブンの代表的なところが新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州にあるホルゴスという都市です。ホルゴスは、中国と中央アジアを結ぶ交通の要衝地です。まさに一帯一路構想のど真ん中にあるのです。

このホルゴスは、中国の民間企業や富裕層にとっては最強のタックスヘイブンとなっているのです。ホルゴスでは5年間は法人税が免除され、その後の5年間も法人税負担が半額になります。また個人の所得税は、なんとゼロなのです。

中国政府としては、民間企業や富裕層をここに集め、資金を集中投下させたいという狙いを持っているわけです。しかもこのホルゴスは、タックスヘイブンとして異常に緩いのです。昨今のタックスヘイブン税制では、タックスヘイブンに会社の登記をしても、その地に会社の実体がなければ無効になるという国際的なルールがあります。が、中国のこのホルゴスは、ホルゴスに会社の実体があるかどうかは問われず、ホルゴスで営業をしなければならないという義務もありません。登記をするだけでいいのです。

だから、中国の民間企業がこぞって、この地に登記を移すようになったのです。ホルゴスの税務当局によると、2016年の一年間で、2411社がホルゴスで法人登記したそうです。住所地をホルゴスに移している富裕層も数多くいると見られています。映画業界の富裕層たちも、この一帯一路地域のタックスヘイブンを利用しているケースが多いと見られています。

中国エリートたちの資産隠し

また中国の高官たちは、自国のタックスヘイブンを使うのではなく、国際的な「本当のタックスヘイブン」を使って税を逃れているようです。あのパナマ文書でも、中国共産党の要人たちも、こぞってタックスヘイブンを利用していたことが明らかになりました。

パナマ文書では、習近平の義兄の娘が設立した会社の名前もありました。この習近平の義兄の娘が設立した会社は、香港で高級マンションの一室を所有していました。そのマンションは、2007年に2000万香港ドル(日本円で約3億円)で購入されていたのです。

習近平は、「汚職追放」を強く主張してきていたので、中国国民の反発もかなり大きいものがありました。が、中国政府は、非常に中国らしいやり方で、その反発を防ごうとしています。中国では、パナマ文書に対して厳しい情報統制が敷かれており、ネットでは「パナマ文書」関係の文言は検索できないようになっているのです。

習近平の他にも、第一副首相の張高麗(チャン・カオリ-)、政治局常務委員の劉雲山(リュウ・ウンシャン)らも、親族がタックスヘイブンに会社を持つなどしていたことが発覚しています。引退した江沢民など共産党の旧幹部たちの名前も見えます。

共産党のエリートや、中国人の富裕層にとって、タックスヘイブンを利用することは、日常化していると見られます。パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の最大の顧客は中国であり、実に顧客の3分の1は、中国、香港の居住者だったのです。

中国は、現在、世界第2位の経済大国なので、タックスヘイブンを利用する富裕層が増えたという見方もできます。しかし、それにしても、中国人のタックスヘイブン利用は多すぎます。中国人のタックスヘイブンの利用が多いというのは、なぜでしょうか?おそらく、中国人の富裕層は、日本人以上に資産保持の観念が強いのだと思われます。

中国の政情は、まだまだ不安定です。だから、富裕層はなるべくお金を安全な場所に置いておきたいということだと考えられるのです。中国経済は、一応、自由化したとはいえ、未だに共産主義の看板を掲げています。過去には、文化大革命という富裕層が大ダメージを受けた出来事もありました。

現在の中国人の多くは、文化大革命で、身内の誰かを失ったり捕縛された経験を持っています。「今、持っている資産をなるべく隠しておきたい」。そういう中国人富裕層にとって、タックスヘイブンは格好の隠し場所になっているのです。

image by: holwichaikawee, shutterstock.com

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