先日、国内の18歳~39歳までの男女の25%が性交渉の経験がないという研究結果を各メディアが大々的に報じ、「草食化」や「コミュニケーション能力不足」などをその原因とする声が多数上がりました。しかし、「着目すべきはそこではない」というのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、マスコミが正しく伝えていないこの研究が行われた本来の目的を明らかにするとともに、そこからあぶり出された深刻な「日本社会の問題」を記しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年4月10日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
「性交渉 経験なし25%」の真意
「性交渉 経験なしが25%」――――。4月8日月曜日、メディア各社は一斉にこんな見出しを掲げ、「18歳~39歳の日本人の25%に異性間の性交渉経験がないとする研究結果」を取り上げました。
“予想どおり”SNSは即座に反応し、
「30代でこれって、やばくね?」
「やっぱ草食化してるんだな」
「うそ。早まってると思ってた」
「セックスレス社会だな」
「異性に限ってるからでしょ?」
「コミュ力が低いからだろ」
「つーか、こんなこと調査してんだ」
などなどコメントが溢れ、テレビなどのコメンテーターも、「草食化」「セックス離れ」「コミュ力」という言葉を多用し、「未経験」という部分に注目しました。
…ふむ。えっと“ソコ”じゃないんですよね。研究が行われた背景とちょっとだけズレてる、といいますか、なんといいますか。
メディアは常にセンセーショナルな話題に着目するため、研究者が研究に取り組んだ「本来の目的」との齟齬が生じがちです。
つまり、研究のリサーチクエッションは、「世界最低レベルの出生率の原因は、雇用形態にも関係があるのではないか?」という点にあり、出生率の低さの原因を社会的要因から検証することで「人口の先細りに歯止めをかける政策への示唆を得たい」というのが研究のねらいなのです。
分析を行ったのは、渋谷健司・東京大客員教授らとスウェーデン・カロリンス
研究所のチームです。
データは、国立社会保障・人口問題研究所が成人の結婚、出産への意識や性交渉経験などについて調べている出生動向基本調査の1987~2015年のデータなどを使用し、日本全体の未経験率を算出しました。
その結果、まず全体の傾向として、
- 18~39歳の男女の未経験率は2000年前後までは低下し、その後上昇に転じていた
- 男性では収入が低いほど未経験率が高かった
- 未経験の男女8割に結婚願望があった
ということがわかりました。
具体的には、
- 男性の1992年の未経験率は20%で、2015年は25.8%に増加
- 女性の1992年の未経験率は21.7%で、2015年は24.6%に増加
- 30代前半の男性では1987年の8.8%から2015年は12.7%に増加
- 30代前半の女性では1987年の4.0%から2015年は8.9%に増加
- 30代後半の男性では1992年の5.5%から2015年は9.5%に増加
- 30代後半の女性では1992年の4.0%から2015年は8.9%に増加
さらに、10年分のデータを詳細に雇用形態別に分析したところ、
- 25~39歳の男性では、正規雇用に比べ、非正規雇用と時短勤務の人の未経験率は3.82倍と高く、無職では7.87倍に達し、収入が低いほど未経験率が高いことがわかった
さて、いかがでしょう?こうやって具体的に見ていくと、「性交渉 経験なしが25%」という見出しより、「性交渉 経験なしは正社員の約4倍」の方がしっくりくる。
これまでも「非正規の未婚率の高さ」は何度も報じられていたので、それをさらに突っ込み、「極めてプライベート、かつ人間の基本的欲求」ともいえる行動が、雇用形態の違いにまで影響を及ぼしている点を、もっとクローズアップして欲しかった。
そもそもなぜ、未経験率が2000年以降、上昇に転じたのか?
バブル崩壊以降、日本の景気は1993年を底としてゆるやかに回復しました。その結果、1997年新卒の就職状況はいったんは持ち直します。しかし、1997年下半期から1998年にかけて大手金融機関が相次いで破綻。景気は急速に冷え込み、就職状況も最低レベルに悪化しました。
25歳~34歳の結婚適齢期の非正規雇用は、1991年は114万人(12.7%)でしたが、1996年には151万人(14.5%)に増加。2001年は241万人(17.7%)と倍増します。さらに、2000年代に入ってからは、35歳~44歳も200万人から388万人と急増しました。
つまるところ今回の調査は、「性交渉」という子供の出生に直接的に関係あるデータと、非正規という「企業に都合のよい雇用形態」との関連性を浮き彫りにした極めて重要な研究なのです。
国は少子化を解消する手立てとして、女性が働き続けられる環境作りに躍起になっていますが、雇用形態に違いによる「階級格差」にスポットを当てる必要があります。非正規と正社員の賃金格差が40代以上で顕著になるため、非正規社員の将来不安は半端なく高い。おまけに非正規というだけで、「正社員になれなかった人」というまなざしもあり、雇用形態の違いが今や「階級格差」です。
ところが、どうにも鈍い。うん、鈍い。同一労働同一賃金とは口ばかりで最低賃金は世界最低レベルです。確かに正社員化は進められていますが、あくまでもは20代、30代前半が中心で、それ以上の年齢は切り捨てられている。
「少子化、少子化」と騒ぎ立てる割には、本気でどうにかしたいとは考えていないのではないか。海外から「日本は真剣に少子化問題に取り組んでいない」と指摘されるように、全くといっていいほど実効性のある政策は取られていないのです。
研究チームは今回の結果を踏まえ、「雇用形態と出生率の高さについてさらに研究が必要だ」としていますが、とかく科学的根拠に基づく政策立案を模索しない日本ですから、もっともっとインパクトある結果を期待したいです。
みなさまもご意見、お聞かせください。
image by: Shutterstock.com
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2019年4月10日号)より一部抜粋