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マスコミの経済オンチを改善しなければ、この国が確実に滅びる訳

メディアに事実だけをありのままに伝えるな姿勢が求められるのは言わずもがなですが、時としてそれが思わぬ「負の結果」を招くこともあるようです。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、先日発表されたアップル・コンピュータの決算を巡る日米の報じ方の差などを例に上げ、日本の経済報道の酷さを厳しく批判しています。

間抜けな経済報道はいい加減にしないと日本が潰れる

4月30日に米国のアップル・コンピュータは「1Q」つまり、第一四半期の決算を発表しました。世界でもトップクラスの時価総額を誇るアップルの決算は、世界経済に大きな影響を与えます。また、アップルは、世界中の投資家が直接的あるいは間接的に投資している株でもあります。

当然、日本での報道もありました。例えば共同通信(電子版)では、

【サンノゼ共同】米アップルが4月30日発表した2019年1~3月期決算は、売上高が前年同期比5%減の580億1,500万ドル(約6兆4,000億円)、純利益は16%減の115億6,100万ドルと2四半期連続の減収減益だった。主力製品のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の販売不振が続いた。

 

製品別の売上高は、アイフォーンが17%減の310億5,100万ドルと落ち込んだ。アプリ販売や音楽配信といったサービス部門は16%増の114億5,000万ドルと、四半期ベースで過去最高を更新。地域別では、中華圏(中国と台湾)が22%減の102億1,800万ドルと不振だった。

という内容でした。この内容ですが、事実関係については間違ってはいません

ですが、同じ決算の発表を受けたタイミングで、同じような通信社であるロイターの記事はどうかというと、全く違うのです。

[30日 ロイター] – 米アップル(AAPL.O)が30日発表した第2・四半期(1-3月)決算は、1株利益と売上高が市場予想を上回った。スマートフォン「iPhone」の売り上げは大きく落ち込んだものの、アップル・ミュージックなどサービス事業や腕時計型端末「アップルウオッチ」の需要増加が寄与した。

 

第3・四半期(4-6月)の売上高見通しもアナリスト予想を上回った。ティム・クック最高経営責任者(CEO)は、値引きを背景に中国でiPhoneの売り上げが安定し始めたという見方を示した。「それに加え、ウエアラブル端末などの成功が続いており、われわれは状況がやや改善しつつあるとの確信をある程度持っている」と語った。(中略)

 

決算公表を受け、一部株主は四半期末に向けた業績改善の兆しなどを評価。また、期待水準が低かった点を割り引いて受け止める向きもいた。

 

ウィスコンシン・キャピタル・マネジメントの創設者でアップル株主のトム・プラム氏は、決算内容は良好なようだと指摘。とりわけ四半期末にかけて業績が上向いたことを評価した。

どうでしょう?同じ会社の同じ決算を受けた報道ですが、ほぼ180度違います。日本のものは徹底的に「ネガティブ」ですが、ロイターの報道は「ポジティブ」です。

問題は、この決算発表を受けて、アップルの株価がどうなったかです。結果的に、株価は時間外取引で211.50ドル、つまり5%強アップしているのです。また、その背景には、第2・四半期は1株純利益が2.46ドルで、市場予想平均の2.36ドルを上回ったということが大きく寄与しています。

では、日本の報道はどうしてネガティブなのでしょうか?それは、一種の「絶対評価」のようなものが理想とされているからです。確かに企業の決算については、株価や国の経済に大きく影響しますから、主観的にいい加減な感想を発信することは許されません。潰れそうな会社の決算を、主観的に褒めちぎって多くの株主にその企業の株を買わせるようなことがあっては、株価操作になるからです。

その点で、日本の報道は客観的です。つまり減益だから減益だとしている、それ以上でも以下でもありません。最後の文章には「不振」と書いてありますが、それも「減益」と書いた以上は、そうしないと辻褄が合わないからでしょう。

ですが、世界の経済を動かしているのはロイターのような情報です。株価というのは、市場の事前予測の合意をベースに動きます。ですから、その予想を上回る決算であったら、株は上がるのです。ロイターの情報は、少なくとも株価との整合性があります

一方で、日本式は、とにかく絶対評価ですから赤字だったら赤字、減益だったら減益という報道をします。ですが、株式投資という点では全く参考にはなりません企業経営という点でもそうです

例えば、アマゾンという会社は、今でこそクラウドなどのビジネスが寄与して、黒字体質になっていますが、長い間「万年赤字経営」の企業として有名でした。ですが、その赤字には理由があったのです。クラウドをはじめとする、巨大な投資をしたり、市場開拓をやったり、先々のことを考えて大胆な投資を先行させていたのでずっと赤字だったのです。

ですが、その間の株価は、97年ごろの2ドルから、今はほぼ2,000ドルと「約1,000倍」になっています。仮に「赤字が続いています」というだけの日本式の報道を鵜呑みにして投資していたら、絶対にこの「1,000倍」という成長の果実を共有することはできなかったわけです。

ちなみに、今回は通信社さんの報道を取り上げましたが、実は日本の通信社というのは、全国紙と同等以上の頭脳集団です。一人一人の記者は独立してジャーナリストとしても通用するレベルの人材ばかりと言っていいと思います。ですから、こうした記事が出るというのは、記者の能力ではなく、とにかくそのような「昔からの束縛」があるからだと思います。それが問題だと申し上げているのです。

日本の個人金融資産は、よく「塩漬けになっている」とか「タンス預金になっている」と言われます。そのために、日本ではベンチャーのスタートアップ資金など、「ハイリスクのマネーが枯渇しているのです。大変な問題です。この点に関しては、日本の個人金融資産が、高齢者の年金、つまり生活資金になっているのでリスクが取れないということがよく言われます。

確かにそうなのですが、これに加えて「経済報道が全くトンチンカンなので、リスクを取って投資をするということが広まらない」ということも言えると思います。

先ほど、日本の個人金融資産はタンス預金になっているとか、リスクを取るマネーがないということをお話ししましたが、その一方で、リスクを取った投資をしている資金もあります。GPIFつまり日本の年金ファンドです。

この資金は巨大で、運用資産額は140兆円に及んでいます。米国の年金ファンドと並ぶ、世界最大の機関投資家と言われています。その投資内容は株です。それこそ、アップルとかアマゾンなど米国の大型株を始め様々な銘柄に投資をしています。

このGPIFに関する報道も奇々怪々と言わざるを得ません。例えば、2015年度には、運用実績がマイナスとなり、「5兆円超の損失」が出たという報道がありました。「5兆円」という数字はショッキングであり、その数字だけを真に受けた、当時の野党の民進党は「年金損失5兆円追及チーム」などというものを結成して大騒ぎをしていました。

ですが、この報道に関しても、運用資産の総額が当時でも130兆円あったことを考えると、5兆円といっても「マイナス3.8%」に過ぎないわけです。要するに、母体の大きさを報道しないで、損失の幅だけ騒いでもバカとしか言いようがありません

報道を聞いて「5兆円の損失?、そりゃ大変だ」と驚き「これで内閣を追及できるぞ」と思った野党もバカですがそもそも報道に問題が大ありなのです。

そもそも政府系のGPIFがどうしてグローバルな株式投資をしているのかというと、中長期的には人口減と国際競争力喪失に直面している日本経済だけに日本の将来の年金を委ねては中長期にわたって年金を支えられないからです。

仮に、20年後にドル円相場、あるいは人民元と円でもいいですが、円の価値が下がって、例えば1ドル=220円になったとします。その場合に、グローバルな株に投資していれば、株価上昇が仮にゼロでも、円建てではファンドの総額は200%になります。ですから、少なくとも国民の老後を支える年金は、日本経済衰退の影響による目減りを少なくすることができるわけです。

その代わり、GPIFにはリスクが伴います。2015年には確かにマイナス5兆円になっていますが、その後16年にはプラス8兆円、17年度にはプラス11兆円と確実に運用益を上げているのです。

もう一つ言えば、そのように順調に運用益が上がっている時には報道がされないのも問題と言えるでしょう。

とにかく、日本の経済報道は、もう少しレベルアップしないといけないと思います。経済専門の新聞や雑誌にも相当な改善が必要ですが、とにかく一般メディアの経済ニュースについて、ちゃんとしたテコ入れをしないと、例えば政治の選択における世論形成なども歪んでくるのではないかと思うのです。

image by: Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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