「10年若ければ…」に現れる10年何もしなかった後悔が残念な件

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年老いてくるとつい口を衝いてしまう若さを称える言葉。独り言ならば害はありませんが、実際に発言者よりも若い人に向けられると、相手は称えられていると思えないことも多いようです。その理由をメルマガ『8人ばなし』の著者の山崎勝義さんは、「年長の者のどうでもいい愚痴」だからと斬り捨てます。しかし、いやらしく聞こえない称え方もあるようなので、愚痴に心当たりがある方は、参考にされてはいかがでしょうか?

若いということ

「若いということは素晴らしい」。この言葉通りでなくても、内容的に同様のことを誰もが幾度となく聞いて来たことであろう。そしてその度に誰もが心の内でこう思っていたのではないか。「そんなことはない」

実際、そんなことはないのである。この種の言動のほとんどは年長の者のどうでもいい愚痴なのである。「俺があと十年若ければ…」と嘆息し、十年若かった頃に何もしなかった自分を後悔し、目の前にいる十年若い者に八つ当たっているのである。後悔五分の八つ当たり五分くらいならまだ可愛いが、中には九分方が八つ当たりというひどいやつもあって「お前は俺より十年も若いのに何故努力しない」と来るから堪らない。

こんな益体もないことを言う人間には何としてもなりたくないものだが、それでもこういったフレーズを巷間よく耳にするのは、取り戻すことのできない掛け替えのない時間を無益に過ごしてしまった人間が如何に多いかということの現れでもあろう。

さらに批判的なもの言いをすると、このような軽佻浮薄な若さへの称賛にはどことなく負け犬根性が感じられて不快なのである。そもそも四十歳に五十歳が、五十歳に六十歳が「私があと十年若ければ…」と言ってみたところで何も響く筈がない。せいぜい「あんたが何歳若かろうが結果は同じだよ」と思うくらいである。当然である。今できないものをどうして過去の(若かりし頃の)自分に期待できようか。

但し、こういった若さへの称賛や憧憬が左程いやらしく聞こえない場合がある。それは、諦観を含んだそれである。「若いあなた達は自分の見ることのできない世界を見ることができて本当にうらやましい」。これは悪くない。逆に改めて「ああ、そうだ、そうなんだ」といった気分が込み上げて来て「この目でしっかりと見ます」と言いたくなるくらいである。

もう一つ気分のいいパターンがある。それは自分より若い者にそう言われる時である。「自分、まだ若いんで何とかいけますって」、「これくらい若さで押し切ります」。こう切り出されると、どんな無理無謀でもついつい許したくなってしまう。手酷く失敗したとしてもそれが無駄ということは決してないからである。

「若さ」とは羨むものではない。誇るものなのである。だから自分より年長の者に言いたい。若さを称えるな、と。そして、自分より弱年の者にはこう言いたい。大いに自慢しろ、と。

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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