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成果なしのG7でマクロン大統領が放った“場外”ホームランの真価

フランスでのG7サミットは、史上初めて首脳宣言が見送られ、目立った成果なく終わりました。しかし、G7の“外”で大きな成果があったかもしれないと分析するのは、数々の国際舞台で活躍する島田久仁彦さんです。島田さんは、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、アメリカとイランの直接対話実現の可能性が高まり緊張緩和が期待できると解説。しかし同時に、まだまだ一触即発の危険はあると、武力衝突の要因となる2つの火種について言及しています。

動き出した「期待と不安が入り混じる」イラン情勢

フランス・ビアリッツでのG7サミットは、正直、成果が見いだせない会議で、おそらく失敗の部類に入るかと思われますが、そのような中で、議長国フランスのマクロン大統領は、G7の“外”で『大きな成果』を挙げたかもしれません。

それは、26日にイランのザリフ外相をビアリッツに招いたことです。狙っていたトランプ大統領との会談は実現しませんでしたが、このサプライズともいえるフランス・マクロン大統領の“仲介”を得て、トランプ大統領もロウハニ大統領も、そう遠くないうちに(条件が整えば)直接会談する可能性について発言するに至りました。

G7サミットは、フランスとしては最も進展を望んでいた気候変動問題をあきらめさせられるという“屈辱”をフランスに与えたかもしれませんが、その当事者で来年のG7議長国アメリカのトランプ大統領との共同会見の場で、イランとの直接対話を促し、トランプ大統領からとてもポジティブな発言を引き出すことに成功するという大ホームランを打ちました。

「今回は機が熟していないから(ザリフ外相に)会わなかったが、時期が来れば、近々イランと直接的な対話に臨む準備がある」そうトランプ大統領に言わせました。それに応えるかのように、イランのロウハニ大統領からも会談についての前向きな発言を引き出しました。この『ロウハニ大統領の発言』は実は非常に重要なポイントなのです。

ロウハニ師はイランの大統領でありますが、外交・安全保障問題については、最高指導者であるハーマネイ師の“許可”なく発言することはできず、これまで「アメリカとの直接対話は毒である」と大変ネガティブだったハーマネイ師の意向が、「直接対話の可能性を許可する」という内容に変わったのではないかと考えられるからです。

安倍総理と日本政府が果たす米イラン間の“仲介”という非常に大きな役割に加え、ここでフランスとマクロン大統領というもう一つの仲介トラックが生まれ、イランをめぐる緊張緩和が加速する期待が生まれてきました。

9月26日に予定されている国連総会の場を借りた安倍総理とロウハニ大統領との会談に加え、もしかしたら同じニューヨークでアメリカとイランの直接対話が開催されるかもしれません。そうなると、緊張が危険水域まで高まってきたアメリカとイランとの衝突は、沈静化の方向へと向かうかもしれません。

もともとトランプ大統領はイランとの軍事的な衝突を願っていません。その証に6月にイランがアメリカの無人偵察機グローバルホークを撃墜し、イランへの軍事的な報復が発動直前まで行った際、大統領自ら報復を中止した経緯からもわかります。

そして、大統領就任後、一貫して主張しているのが『米軍の海外展開の縮小』です。言い換えれば、アフガニスタンやイラクにおける米軍の駐留の縮小および海外における米軍の役割の見直しです。そのような中、仮にイランとの戦争になった場合、オバマ政権の全否定の材料として主張する軍事的なコミットメントの縮小という方針に真っ向から矛盾することになります。

私自身、大統領になる前のトランプ氏と何度かお会いする機会がありましたが、彼は一貫してPacifist(平和主義者)で、軍事的なオプションについては、おそらく、これまでのアメリカ大統領に比して、消極的だと思われます。

政権内にはボルトン補佐官やポンペオ国務長官など、イランへの軍事介入やむなし!と主唱する超タカ派が力を持っているとされますが、軍部は介入に消極的であり、そのバランスをとるためには、今回の対話への扉が開いたのは、いわば渡りに船だったのではないかと考えられます。

その表れでしょうか。29日には、イエメンで長引く内戦に対する仲介をアメリカが行う意向を表明しています。フーシ派(イランが支持)と暫定政府(サウジアラビアが支持)の争いが長引き、国内は食料不足、公衆衛生状態の著しい悪化、インフラの大規模破壊など惨憺たる状況になってしまっており、国連でも何度も緊急懸念事項として提起されているほどです。

実際には、中東地域の雄であるイランとサウジアラビアの代理戦争の様相を呈していますが、ここでアメリカがイエメンの内戦の仲介を申し出たということは、まだハードルが高いとされるアメリカとイランの直接対話の前に、イエメン内戦という“媒介”を通じ、イランとの対話のチャンネルを開こうとしているのではないかと推測します。

その会議には、サウジアラビアも呼ばれ参加する意向のようですし、いつもイラン絡みでは必ず口を出したいイスラエルも、今回、このアメリカの提案については、特にコメントはしていませんので、アメリカに非常に気を使っている様子が窺えます。

ここまでの内容をお読みになれば、「もしかしたら米イラン間の緊張緩和の日は近い!」と楽観的なニュアンスをお感じになるかもしれませんが、実際のところはどうなのでしょうか。

私の仕事柄そしてその役割柄、「対話は望ましく、そしてそれは解決のためのカギで、今回の一連の動きについては楽観視している」と申し上げるべきところかもしれませんが、実は、一触即発の全面戦争の種はまだ残っていると言わざるを得ません。ではどのような“種”が考えられるでしょうか。

1つ目は、『変わってしまった戦争のかたちと人間心理の変化』です。6月にイランの革命防衛隊と思われる勢力が、アメリカのスーパーハイテクな無人偵察機であるグローバルホークを撃墜しました。この際、政権内部の対イラン強硬派(ボルトン補佐官とポンペオ国務長官)の声に押されて、一度はトランプ大統領もイラン攻撃にゴーサインを出しました。

しかし、もともと戦争を避けたいと考えていて、かつ自らの公約(アメリカ軍の海外展開を減少させる)に相反する結果を招くことになると気づいたのか、Twitterや記者会見の内容をうのみにするなら、イラン攻撃10分前に攻撃を中止したとのことでした。この“10分前”というタイミングについては、若干大袈裟ではないかと感じますが、攻撃を直前に思いとどまり、米軍の戦闘機に帰還命令を出したのは事実のようです。

しかし、7月に入ってからは、アメリカ海軍第5艦隊の駆逐艦がイランの無人偵察機を撃墜し、再度、両国の間に軍事衝突の緊張感が高まりました。この際、実はアメリカ軍は、従来のようなミサイルによる撃墜ではなく、ドローンを含む無人攻撃機・偵察機のファンクションを無効にしてしまう最新のサイバー兵器を用いたとされています。

ここで大事なことは、これまでの軍事衝突に向かう緊張の高まりとは違い、今回の衝突・攻撃の応酬は、どちらも無人戦闘機、無人偵察機という、攻撃側も迎撃される側も、直接的に人命を賭すような状況ではなかったということです。

これまでは、報復のためであろうと、相手軍の戦闘機などを撃墜するにあたり、必ずパイロットが操縦する戦闘機が活躍し、常に自らの命の犠牲と背中合わせという状況であったために、攻撃にも、撃墜にも、一種の心理的な抑止力が働いてきました。

しかし、今や攻撃する側も、攻撃を受ける側も、投入する兵器はかなり高額のものではありますが、人命を賭すことが少ないことから、これまでと違い、攻撃に対しての心理的な抑制が効きづらくなり、もしかしたら実際の軍事的衝突の頻度が大幅に高まるかもしれません。

また、無人攻撃機などの投入により、実は誤爆による民間人の犠牲者もうなぎ上りに増えているといわれています。最新の無人攻撃機は、すでにAIによって制御され、敵の目標物を認識した際、自動的に攻撃を行うシステムが導入されていますが、その精度はまだ完ぺきとは言えない状況です。

心理的な抵抗が低くなり、攻撃が自動的に行われるような現状では、必然的に“偶発的な衝突”や“誤爆”が起こる頻度が増えることになります。そうすると、fullスケールの武力衝突に発展する可能性が高まることになるかもしれません。そうなると、対話による緊張の緩和どころではなく、もしかしたら、先日お話ししたような次の世界大戦のきっかけとなってしまうかもしれません。

ほかには、最近『海洋安全保障イニシアティブ』に改名されたホルムズ海峡のタンカー防衛のための有志連合の行方です。現時点では、バーレーン、オーストラリア、そして英国が参加の意向を示していますが(イスラエルは直接的な部隊の参加は見送るとのこと)、ほかのアメリカの同盟国は対応に苦慮しています。

それは、アメリカからの要請を受けつつも、国内法や国内世論、そして国際的な自国のプレゼンスに照らし合わせた際に、なかなか条件が揃わないことがあります。

加えて、NATOの結束の低下にもみられるように、アメリカと欧州各国との間に生じている亀裂も大きな理由でしょう。そして、イランのザリフ外相による外交努力(各国に有志連合の参加を見合わせるように働きかけている)も実っているものと思われます。

しかし、今後、この『有志連合』がどのような形で作用するかによっては、対話の機運が高まる米イラン間の緊張が解れるどころか、他国そしてアラブ地域を巻き込んだ大戦争に発展する可能性も存在します。

アメリカとしては直接的な武力介入は政治的に(2020年秋の大統領選挙を控えているので)避けたいですし、アラブの軍事強国であるイランも、アメリカと事を構えて生き残れるとは思っていませんので、フルスケールの直接戦争は思いとどまるかと思いますが、両国の後ろ盾となっている周辺国などを巻き込んで、とても収拾がつかない状況に陥る可能性があります。

イスラエルは必ず何らかの形でイランと対峙しますし、アメリカが軍事的な介入をすれば、イランの後ろ盾であるロシアは必ず対抗します。そして、地域の大国トルコも、シリアにおけるクルド人の扱いをめぐる対立もあり、アメリカとその同盟国に牙をむくことになるかもしれません。

そうなるとイランとサウジアラビアの反目、イスラエルとイランの非常にデリケートな軍事的均衡の崩壊、シリアを舞台にする米ロ対立のイランおよび周辺国への波及…。いろいろな情報を総合的に見てみると、どうも大袈裟な恐れではないようです。

無人偵察機や攻撃機、そして規制の必要性が叫ばれるAI兵器などの開発と技術力の向上による利用機会の増加は、なかなか抑えきれないところはありますが、中東アラブ地域での武力衝突のドミノについては、比較的容易に外交的な解決が可能かと思います。そのためには、意図と意義については理解しますが、『有志連合の結成と実施』については、一旦、撤回する必要があるように考えます。

せっかく生まれつつある、対話による緊張緩和の努力の機会を、ぜひ最大限活用してほしいと思います。そのためには、せっかく本件の“仲介”の一翼を担う役割を与えられた日本政府および安倍総理の外交的な努力が果たすべき役割は、限りなく大きいと考えています。

image by: Casa Rosada (

Argentina Presidency of the Nation

) [CC BY 2.5 ar], via Wikimedia Commons

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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