MAG2 NEWS MENU

狙いは北極。トランプが「グリーンランド買収」を口にした裏事情

北極圏の氷の融解が加速度的に進行し、その影響への懸念も拡大しています。ジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、北極の氷が溶けることによる悪循環を挙げるとともに、それでも米中露といった大国がむしろ北極の氷が溶けることを望む理由を記しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年9月2日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

「グリーンランド買収」というトランプの馬鹿話はともかく──多国間協調で対処すべき「北極問題」の深刻なこじれ

8月15日から16日にかけていくつかの米紙が「トランプ大統領がグリーンランドを米国が買収する可能性を検討するよう指示した」と報じ、それをトランプ自身もツイッターで後追いして事実と認めた。それに対しデンマークのフレデリクセン首相は、当然のことながら「馬鹿げて(absurd)いる。グリーンランドは売り物ではないと拒否むくれたトランプは2週間後に予定していたデンマークへの国賓としての訪問をキャンセルしてしまった。

これはこれで、いかにも不動産王らしいトランプの粗野な武勇伝のまた新たな1ページとして世界中の笑い物となって、すぐに話題から遠ざかってしまったのだが、「北極問題が抱えている戦略的重要性はこんなことで笑い飛ばして済むことではない

北極の氷が溶けることによる悪循環

第1に、これこそが致命的な問題で、すべてに優先して各国が多国間で協調して取り組まなければならないことだが、地球温暖化の影響で北極の氷や北極圏に属するシベリア北部の凍土が驚くべき勢いで溶け出していることである。『ナショナル・ジオグラフィック日本版』19年9月号の「総力特集・北極」によれば、早ければ2036年遅くとも世紀の半ばまでには夏になると北極の氷が全部溶けて、カナダ北部の島々やグリーンランド沿岸にはわずかな氷が残るであろうけれども、北極全体にはほとんど氷がないという、想像することすら難しい「氷のない夏」が始まる。

そうなった時には、南太平洋のツバルはとっくに水没しているだろうし、日本でさえもその影響は深刻で、沿岸からどこまでが人間の生存可能エリアなのかという問題を突きつけられているだろう。しかし問題は海面上昇だけではなく、北極の氷が溶けることによる温室効果ガスの放出とそれによってさらに氷が溶けるスピードが加速されるという悪循環が起きることである。

特に、永久凍土が溶けることでそこに閉じ込められていた炭素が放出される量はとてつもないものであることは、最近になって明らかになってきたので、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の予測にもまだ充分に反映されていない。IPCCは昨年10月、地球の平均気温の上昇幅を今後1.5℃に抑え込むためには2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにしさらに大気中に残るガスを回収・処理する技術を確立する必要があるとの報告書を発表した。しかし、『ナショジオ』誌が凍土の急速な溶解についての最新の知見を元に独自に行った概算によると、気温上昇を1.5℃までに抑えるには、同報告書より6年も早い2044年までに化石燃料からの排出をゼロにしなければならないことが判明した。「あと25年で、世界のエネルギー体系を根本から変えなければならない」(同誌)。

いま北極を巡って切羽詰まっているのはこのことである。

開発で先行するロシアと中国

第2に、ところが皮肉なことに、北極の氷が溶けることによる経済的な恩恵”は計り知れぬものがある。北極海全体がユーラシアと北米の2大陸に囲まれた単なる丸い内海になってしまうと、船舶の航行が可能になり、(1)例えば西欧から極東までの貨物輸送はスエズ運河回りに比べて2週間も短縮されるし、(2)海底光ケーブルの敷設も計画されているし、(3)北極見物の豪華船クルーズがブームとなるだろうし、(4)新たな漁場として各国の漁船が殺到するだろうし、(5)凍土が溶けた沿岸では緑が繁って農業や牧畜が可能になるかもしれない。しかし何よりも凄いのは(6)陸や海底の無尽蔵とも言われる石油・天然ガスや希土類をはじめ鉱物資源の開発可能性が開けることで、それこそが各国が血眼になる最大の理由である。

そのため、すでに北極にのめり込んでいるロシアと中国、それに遅れをとったと感じて対応を急いでいる米国とカナダなどにとっては、北極圏の氷が溶けて地球と人類の将来がどうなるかなどどうでもよくて、むしろ溶けてくれた方がそこでの経済的な利益を得る可能性が増すという倒錯した論理がまかり通り、その次元での確執が激しくなっているのである。

北極開発で先行しているのはロシアである。それは当然で、ロシアの巨大な国土の北岸すべてが北極海に面している上、ロシア側から大陸棚が大きくせり出していて、ロシアの主張によれば北極点を含むロモノフ海嶺やそれに隣接するメンデレーエフ海嶺もロシア領である。北極海での活動能力を端的に示すのは砕氷船の数で、ロシアは大型4隻、中型31隻、小型16隻の計51隻を保有しさらに建造中・計画中も多数であるのに対し、フィンランドは中小型の計11隻カナダは同じく10隻である。

米国は大型1隻、中型2隻、小型2隻の計5隻で、その大型船は主として南極で活動しているので、急遽大型2隻を建造中である。またロシアとカナダは盛んに港湾を建設し、多くの軍事基地を置いて兵力を配置しているが、米国は北極圏に大深水の港を持たず、軍事基地と言えばグリーンランド北西方のチューレの借地に設けた空軍基地のみである。

ここ10年間で存在感を高めているのは中国で自らを准北極圏国家」と称して「北極評議会」にオブザーバー加盟。砕氷船も中小型4隻に加えて大型2隻を建造中。18年には「一帯一路」計画の一環として「北極シルクロード」構想を発表したが、その主眼は、ロシアの石油・天然ガス開発への大型投資と、欧州航路の開発である。ところがその裏側で、16年には中国がデンマークに働きかけて、グリーンランドの旧軍事基地を買収しようとし、それを察知した米国が密かに介入して話を潰すという一件があり、さらに18年にも中国がデンマークの空港建設工事に入札しようとしてこれも米国が潰した。これで米国の北極への関心が一気に燃え上がり、今年5月の北極協議会の会合にはポンペオ国務長官が自ら出席して「北極圏は新たな覇権争いと競争の舞台となっている。この地域における我が国の権益への新たな脅威に対して、戦略的に対処していく」と宣言した。

この延長でトランプの「グリーンランド買収」という与太話が飛び出して来るのである。

北極の環境・資源を守る枠組み

このまま放っておけば、北極はロシア・中国vs米国を軸とした開発競争の主戦場となってしまう。それを防ぐには、「北極評議会」という多国間の枠組みを活用して、資源掘削をはじめ開発の抑制とそれによる氷や凍土の急速溶解の食い止め策を優先した国際合意を作り出していく必要がある。

北極評議会の加盟国は、北極圏に領土を持つロシア、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、アイスランド、カナダ、米国の8カ国で、圏外ではあるが評議会によって認められたオブザーバーとして日本、韓国、中国、インド、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアの8カ国がある。

トランプ政権内の対中国強硬派の中には、「中国が北極に関して准北極圏国家などと名乗っているのは生意気だ。そんな概念は存在せずただオブザーバーという椅子があるだけだ。偉そうなことを言うなら中国を北極問題の意志決定から除外すべきだ」との意見もあると伝えられる。一説では、対中国強硬派のブレーンからその意見を聞いたトランプが「それなら、中国が手を出せないようにグリーンランドを買ってしまえばいいじゃないか」と思いついたのだとも言われる。

しかし、いずれにしてもそのようなやり方では、地球・人類に残された最後のフロンティアとも言える北極の保全と活用のバランスのとれた方策を見出す道は閉ざされて、取り返しのつかない事態に突き進んで行く。まだ20世紀的な覇権争いの泥沼を続けるのかそれとも21世紀的な多国間協調による秩序形成に向かうのかの試金石の1つが北極と言える。

image by: Shutterstock.com

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け