MAG2 NEWS MENU

米・イラン間に浮上した直接対話の可能性と懸念増すサウジの出方

サウジアラビアの石油施設が攻撃を受けたことにより、国連総会期間中の米・イランの直接対話は実現しませんでした。しかし、双方が対話を模索する動きが一層際立ってきたと見るのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんはこの状況に導いた「ペルシャ流交渉術」に感心しながらも、サウジアラビアの出方によっては、予断を許さないと、複雑な中東情勢を俯瞰しています。

緊張の激化か?それとも安定回復へのきっかけか?

9月14日未明に起きたサウジアラビア東部の原油施設への多発的テロ攻撃により、期待されていたアメリカとイランの対話に向けた機運が一気に吹き飛びました。

まだ実行犯については明らかにはなっていませんが(イエメンのフーシー派が犯行声明を出してはいますが)、アメリカのみならず、これまでイラン核合意の保持のために、イランに対してシンパシーを感じていたはずの英仏独首脳が挙って「サウジアラビア東部での蛮行の背後にイランの関与在りと確信した」と述べ(9月23日)、欧州各国のイランに対する姿勢にも変化が見られました。

9月24日に行われた国連総会でのトランプ大統領の一般演説の中で、「イランが行う挑発行為は断じて許すことはできず、このままだと最高レベルの制裁に直面することになるだろう」とイランにくぎを刺し、「友好国の理解と参加を求める」とイラン包囲網の強化を訴えかけました。

しかし、同時に「状況が許すのであれば、対話を行う可能性は否定しない」と述べ、まだ、トランプ大統領の中ではPoint of No Returnを越えてはいないニュアンスが読み取れました。

これに対して、イランのロウハニ大統領は25日に行った一般討論演説では「アメリカが2015年の核合意に復帰し、その確実な実施のために資金援助を提供するのであれば、イランは核合意の遵守を国際的に約束する」と発言しました。

しかし、前日の24日には、これまでアメリカとは制裁解除が行われるまでは対話しないとしていた強硬姿勢を少し緩め、トランプ大統領と同じく「状況が許し、必要であれば、トランプ大統領との会談も選択肢としてあるし、アメリカと直接対話し、現存の核合意に代わる新しい合意内容について協議する用意がある(2015年の核合意の修正に応じる用意がある)」とトーンを弱めています。

さらに、アメリカが提唱する『有志連合』の代わりに、イランが国際社会に対して行うコミットメントとして、ホルムズ海峡の安全保障のための航行の自由、エネルギーの取引、ペルシャ湾岸地域の安定を確実にする『希望の連合』の結成を提唱する予定であるとも伝えられていました。

表面的には、アメリカとイランとの間の緊張は緩和されておらず、相変わらずハードライナーな衝突に見えますが、実際のところはどうなのでしょうか。

いろいろと調べてみると、米・イランともに、解決の糸口を必死に模索していることがわかります。1つは25日のイランのロウハニ大統領の一般討論演説の内容が非常にアメリカに対して厳しい内容であったにも拘らず、ハードライナーなはずのポンペオ国務長官が「本件については、緊張が高まる一方の現状を憂慮しており、特に偶発的な衝突が周辺国を巻き込んだ大戦争に発展することを懸念している。お互いの主張にまだ隔たりは大きいが、イランと交渉する機会を楽しみにしている」とソフトな“呼びかけ”を行い、イランサイドからの会談への働き掛けを待っているそぶりを見せています。

イランについては、すでに態度を軟化させていますが、その決め手は、長年の苦労の末、完成形を迎えているTeam Iran(ハーマネイ師、ロウハニ大統領、ザリフ外相)の交渉姿勢でしょう。それは、強硬姿勢を貫くが、交渉カードを豊富に抱え、常に“次善策”を何パターンも用意して、じわじわと相手の頑なな要望を取り入れつつ、自らが設定した絶対的な目的は必ず実現させる交渉術です。この“ペルシャ流交渉術”、実は私も大いに参考にしています。

その“ペルシャ流交渉術”の甲斐あってか、諸説ありますが、緊張緩和の機会が見当たらないとされる極限の状況下において、トランプ大統領から「新しいディールを目指すことを視野に」という言質を引き出したのは、Team Iranによる交渉の“勝利”でしょう。

そして、この交渉術、日本やフランスという“仲介役”を買って出る国々を、様々な障害物を次から次へと作り出しつつ、巧みに操り、利用して、“ほしいものを必ず手に入れる”ものと言えるでしょう。

少し余談になりますが、同じく国際社会に緊張を与えている北朝鮮情勢とは質が異なります。イラン情勢には、イランの鉄壁のトライアングルTeam Iranによる外交交渉戦術が存在しますが、北朝鮮の場合は、そのような確立されたシステムは存在せず、あくまでも金正恩氏のワンマンとその場の判断次第の交渉ですので、もしかしたら、イラン情勢よりも大きなブレークスルーも起こりやすいかもしれませんし、逆に壊滅的な結果を招く危険性もはらんでいます。ゆえに、こちらについては、交渉の行方をしっかりと追うとともに、可能な限り、交渉プロセスに対して何らかの影響を与えていく努力をしていくことが必要だと考えます。

話をイラン、そして中東地域に戻すと、やはり現時点で無視できないのは、9月14日の事件の“被害者”であり、長年、イランとライバル関係を続けているサウジアラビアの出方でしょう。実際に攻撃を実行した主体(主犯)が誰かはおそらく明らかにはならないと思いますが、今後、9月14日の出来事を踏まえて、サウジアラビアがどのような動きに出てくるかは注目です。

対イラン問題という視点で見た場合、今回の件についてはイランに対する非難を強め、場合によってはイランとの直接対決も辞さないという姿勢を示していますが、本音としては、準備はするが、絶対にイランとの戦争は避けたいと考えているようです。

アメリカをはじめとする“同盟国”がサウジアラビアの側についてイランと戦うのであれば別でしょうが、単独でイランと戦えるほどの戦力も能力もサウジアラビアにはありません。モハメッド・ビンサルマン皇太子のルートを通じて、何とかアメリカを戦いに引きずり込もうと工作しているようですが、ボルトン補佐官が政権を去った今、もっともハードライナーと目されるポンペオ国務長官でさえ、地域に起こりうる地政学的なリスクに鑑みて、軍事的な介入には積極的ではないようです。

仮に今回の事件の首謀者がイランであることを証明できず、かつアメリカをはじめとする友好国からの軍事的な支援を得ることができなくなったら、表面上は“イランからの脅威に対抗するため”と称して、サウジアラビアは核開発に着手するかもしれませんし、すでに保有して実戦配備している無人攻撃機やドローンを用いた攻撃をイランに対して“報復”として仕掛け、それがより大規模な中東戦争から世界戦争へとエスカレートするトリガーとなってしまうかもしれません。

サウジアラビア独自の武器開発と核開発は、実はビンサルマン皇太子にとっては悲願であり、同時に彼が目玉政策として進めるサウジアラビア経済の脱石油化の目玉セクターとしてアピールすることも可能になる“強力な後押し”と捉えたとしたら、中東地域はもう制御不能な軍拡競争に陥り、そして世界大戦に発展しかねない火種を多く抱えることになるだろうと予測されます。

ここに地域に野心を抱くプーチン大統領のロシアや、地域の盟主でバランサーという立場を取り戻したりエルドアン大統領のトルコが絡み、かつロシア同様、勢力拡大を狙う中国が絡んできたりしたら、現行のシリアでの内戦同様、様々な行動主体が抱く利害が複雑に絡み合い、なかなか解くことが難しい状況を生み出すことになるでしょう。

国連外交weekの機会を用いた米・イラン間の首脳会談の実施は困難となり、確実にmissed opportunitiesとなってしまいそうですが、サウジアラビアをはじめとするイランの周辺国が、アメリカの調整力のなさを嘆いて独自の対策に乗り出す時、先の中東戦争以降、地域に非常にデリケートな安定をもたらしてきた“なにか”が、一気にはじけ飛び、ついに世界大戦に向けたパンドラの箱が開かれるかもしれません。

それを防ぐ術を持つ数少ない国として、安倍総理が率いる日本政府にはぜひクリエイティブな解決策を、我慢強く追及してもらえればと願っています。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

有料メルマガ好評配信中

    

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』 』

【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け