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倒れた電柱2000本。疲弊した日本のインフラが「次の危機」を招く

立て続けに上陸した台風により停電や断水などに見舞われ、ここに来て社会的インフラの脆弱性を露呈することとなってしまった日本列島。世界に名だたる先進国として歩んできた我が国で、なぜこのような事態が起きてしまったのでしょうか。自身も千葉県で台風の被害に遭われたジャーナリスト・高野孟さんは今回、メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』でその原因を分析するとともに、安倍政権が掲げる国土強靱化政策に対して、「戦略の体をなしていない」と厳しく批判しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年10月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

戦後日本は来年「後期高齢者」入りだという自覚の欠如──社会の基盤となるインフラの全般的危機

台風15号で私自身が体験し見聞した暴風災害については、すでに9月の本誌で2度書いているが、さらに10月に入って台風19号の豪雨災害、さらにそれを遙かに上回る10月25日の超豪雨も折り重なり、「房総は災害が少ない」のを自慢にしていた村の長老たちも面子丸つぶれの異常事態。これらを通じて次第に明らかになってきたのは、単に房総が大変で私が苦労したとかいう局所的なことではなく、日本社会の基盤を支えるインフラが全般的に劣化しているというのにその修復・補強・置換についての総合的な戦略が不在で、国民生活の安全性が内側から脅かされつつあるという深刻な現実である。本号転載の日刊ゲンダイでもそのことを書いていて、いささかしつこいかもしれないが同コラムはスペースが狭いので本文で補足的なデータを盛り込んでいくことにした。

天災もさることながら人災の面が主

こういうことが起きる度に「天災か人災か」ということが言われるけれども、余り意味のあることではない

地球温暖化で近海の海面温度が上昇して日本列島の生理が変わってしまい、天候の亜熱帯化が進行していることそれ自体は自然現象だけれども、19~20世紀を通じて人類が何の考えもなしに石炭や石油を好き放題に燃やしてそれが豊かさの徴だと妄想してきたことがその根本原因であるとすれば、それもまた人災ということになる。

結局、人間は自分勝手と言うか、目先の幸せや利益しか考えないもので、自分の日常の行いが後々までどういう影響を残し、孫の世代には何を押しつけることになってしまうのかという「想像力」は、なかなか働かない。

それでもまあ地球温暖化、あるいはこれから起こりうる首都圏直下型や東海・南海トラフの大地震、浅間山や富士山の噴火などは、一応天災に分類するとして、さてそれにいよいよ耐えられなくなっている社会的なインフラの劣化、それを薄々知っていながら正面切ってそれを立て直そうとしない政治・行政の怠慢とは、疑いもなく人災」そのものである。

北朝鮮のミサイル実験がどうしたとか言っている場合ではない。それは、将来は来るかもしれない潜在的脅威の1つではあるけれども、すでに顕在化している日本の最大の安全保障上の現実的な危機は、戦後75年、高度成長期から数えても50年を超えつつあるすべての社会的インフラが、ことごとく、劣化プロセスに突入していてこの気候変動に到底耐えられないということである。

2,000本もの電柱が倒れてしまった

インフラ劣化の象徴が電柱である。最大瞬間風速57.5メートルを記録した台風15号では、千葉県山中の2つの鉄塔と道路沿いの電柱2,000本が倒れ、最大93万戸が停電した。昨年9月の台風21号では近畿地方で約1,300本が倒れ、最大240万戸が停電した。今回、我が家でも15号で10日間、19号で3日間に及ぶ大停電を体験したが、なぜこんなことが起きるのかの理由は簡単で、

  1. そもそも鉄塔も電柱も、旧経産省令で風速40メートルに耐える設計になっていて、60メートル近い風に耐えられないのは当たり前
  2. しかもその耐用年限は40年だが、全国で3,600万本、東電管内だけで600万本あるという電柱のほとんどは1970年代に集中的に立てられていて、40年を超えて50年に達するものも出始めている。全国に25万基ある鉄塔も同様で老朽化が進んでいる
  3. なのに「原発事故で経営が苦しくなった東電は送電設備への投資を抑え、1991年に9,000億だった送配電設備への投資は15年には約2,000億円」(9月12日付日経)
  4. カネだけでなくヒトも3・11後は一貫して減らしていて、16年度に1万9,367人だった東電社員は18年度には約3,000人減って1万6,398人になり、またそれに伴って、地域にあって復旧の拠点となる支社の数も45から35に減らしている。特に地域の事情を知り尽くしたベテラン営業社員がいなくなりつつあることが大きい

この3.については東電の言い分があって、91年に9,000億円というのは電柱の新設と維持を合わせた額で、新設が少なくなった分が減っているだけで、維持のための約1,500億円はそんなに減っていないという。それにしても、今回のこの壊れ方を見れば、適正な維持・管理が行われているとは到底思えない

この深刻な状況の解決策としては、

  1. 根本的にはオフグリッド化、すなわち広域的な電力供給ネットワークの廃止、もしくはそれから離脱してエネルギーの地産地消、自給自足を実現することである
  2. それが実現しない間、無電柱化を進める。東電は、1キロメートル当たり4~5億円の建設コストがかかり、また事故の場合に全部を掘り返さなければならないのでそのコストも計り知れないと難色を示しているが、大都市中心部などでは本格的な地下施設の工事が必要だろうが、もっと簡便なやり方も研究されているようだし、事故がそもそも極めて起こりにくいことが内外で実証済み。ロンドン、パリ、香港、台北、シンガポールの都市部では無電柱化率100%であるのに対し、日本は17年度末で1.25%という超後進国ぶりをこのまま放置していいはずがない
  3. それもなかなか進まない中では、各個人、家庭、事業所がかなり強力な非常用電源を準備すること。多くの方の体験談によると、余り小型のものは役に立たず、家庭用では1.5~1.8kVA、オフィス・店舗では最低でも2.6~2.8kVAの出力が必要で、数十万円の投資となるしそれと蓄電池を組み合わせれば50万円程度に達する。「買っても滅多に使わないだろうなあ」と思ってしまいがちだが、これからはそんなことは言っていられない。使わなくて倉庫に眠ったままになるなら幸せだと考えなければならない

携帯も無線ネットもたちまち断絶

固定電話が停電と共に使えなくなるのは当然として、そういう時こそ威力を発揮するはずの携帯電話や無線ネットも、使えるのは停電後24時間で、その後はプツンと切れて何日間も通じない。我が家の場合は15号で6日間、19号で3日間ダメだった。調べてみると全国に携帯基地局は約74万局あり、そのうち24時間のバックアップ電源を持つのはわずか5,800局のみで、自治体の災害対応の施設が中心。その他は数時間程度のバッテリーしか備えていない

つまり停電は起きても数時間、最大でも丸1日中には復旧するという想定で予備電源を考えていたわけで、これではまったく役に立たないことが今回判明した。総務省は、自治体施設だけでなく病院や避難所となる建物などに長時間電源を用意するよう携帯各社に求めていく方針という(10/18読売)が、そんなふうに少し範囲を広げたくらいでは話にならない。例えば、我が家の近所では、東北電力から駆けつけた応援部隊が山間の道に入っても倒木があって通れないのだが、本部に電話をして指示を仰ぐことができず、そのまま引き返していくといったことが起きていた。これが停電の復旧を大きく遅らせる要因となったことを思うと、すべての基地局の予備電源を強化して、災害の時こそ携帯に頼れるようにして国民の安心を保証すべきだろう。

ちなみに、県と市町村がいざという時に連絡を取り合うための独自回路である「防災無線システム」も停電で作動せず、これよりも携帯基地局の強靱化を進める方が遙かに意味がある

電気が来ないと水も止まる。大元の給水場で加圧ポンプが動かず、またそうでないところでも中継ポンプ場が動かず、思いのほか広域で断水が続いた。電力を用いて配水する施設は全国に1万745カ所でそのうち62%=6,693は自家発電設備を持っていない。おまけに、これまた40年の法定耐用年限を過ぎた水道管が増え続け、特に地震には脆弱になっているが、全国1,263の水道団体の3分の11=419は赤字で、改修する体力がない。政府の対応はインチキで、この10月施行の改正水道法で「民間委託」を推進するとしている。

ほかにも電気が来ないと動かないものがたくさんあって、信号が点かないので道路が渋滞し、事故も起こりやすい。高速道は、風も雨も止んだのに何日も閉鎖が続き、なぜかと思えば、自家発電を持たないのでゲートが開かずETCカードが読み取れず電光指示板は表示できずトンネルのランプも点かないので車を通せない。

ガソリンスタンドも非常用電源を持つところだけが給油していて、そこに車の長蛇の列ができた。コンビニやスーパーも、品物があってもレジが動かないので、電卓で計算して現金で収受していた。キャッシュレス化がトレンドだと言って政府も旗を振るが、電気が来なければそれも無理ということになる。

このようにして、道路も橋もトンネルも、堤防も水門も港湾岸壁も、何もかもが40~50年を過ぎて行こうとしているのが今で、それをインフラの全般的危機と捉えて立て直す総合戦略が必要である。内閣官房HPには「国土強靱化」の特集ページがあるが、それは全身が衰弱に向かっている高齢者に部分的な筋肉トレーニングを勧めているかのようなチグハグなもので、戦略の体をなしていない。政府がこのように怠慢であることに野党もメディアも怒り、対案を立てて迫るべきである。

image by: 陸上自衛隊 東部方面隊 - Home | Facebook

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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