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このままでは「医療崩壊」不可避。中途半端な対策が招く感染拡大

先日掲載の「剥がれた化けの皮。安倍首相『やってるフリ』で逃げ切り図る賭け」では、総理の新型コロナウイルス対策のちぐはぐさを指摘した、ジャーナリストの高野孟さん。今回も高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、充分な損失補償をせぬままに企業や店舗に休業を求める政権の姿勢を批判するとともに、このような中途半端な施策が、日本をニューヨークのような医療崩壊状態に陥らせると警鐘を鳴らしています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年4月13日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

何事も中途半端で「虻蜂取らず」に陥る日本──「医療崩壊」突入は避けられないのか?

安倍政権の打ち出す新型コロナウイルス対策は、どれをとっても中途半端で勘所を外しており、それ故に虻蜂取らずというか、二兎を追う者は一兎をも得ずという典型的な失敗に突き進んでいる。その背景には、自分の頭で考え自分の言葉で語るだけの脳力を持たず、肝心の場面では役人が書いた作文を棒読みするしかない安倍晋三首相の存在があるが、その安倍首相を操っている今井尚哉補佐官を筆頭とする役人集団がまた戦略的理性を欠いたまま戦術的過激に走る君側の奸ばかりであるために、ますます事態を悪化させている。

名著『失敗の本質』のエッセンスを鈴木博毅は次の6点に要約したが(ダイヤモンド・オンライン17年2月13日号)、それはそのまま今の安倍政権の有様を語っているようにさえ見える。

  1. 「戦術」で勝って「戦略」で負ける
  2. 現実を自分に都合よく解釈し、戦果を誇大認識する
  3. リスクや脆弱性から目を背ける
  4. 現場の優れた人物を左遷し、肩書が上の人間の責任を追及せず
  5. 戦闘の第2ラウンド、第3ラウンドの想定をしない
  6. 情報の徹底的な軽視が生む、非現実的な楽観主義

マスクを届けるべき場所はどこか?

「アベノマスク」の愚劣については先週号「剥がれた化けの皮。安倍首相『やってるフリ』で逃げ切り図る賭け」で述べたが、「全国民に布マスクを配れば不安はパッと消えますよ」と発案したのは、今井本人ではなくその腰巾着の佐伯耕三首相補佐官だったようだ。どちらにしても、目先の困難を何とかかわすための小賢しさのみが発達して、全局を見渡して大きく物事を動かしていく戦略的理性を欠いた経産官僚仲間であることに変わりはない。まさに「戦術で勝って戦略で負ける」典型であり、そうなってしまうのは現実を冷徹に分析せず、それを行うことに伴うリスクに予め目を向けて第2、第3の選択肢を用意することを怠り、そのため一度始めたら引き返すことはなく突き進んでしまうという行動パターンである。

いまの日本の局面は、米国大使館のホームページが正しく指摘しているように、「医療崩壊」寸前というか、すでに部分的にそれが始まっている状態と言える。とりわけ東京都を見れば、ニューヨーク州がちょうど1カ月前に、毎日の新規感染者数が3月11日=156人が12日=358、13日=621と倍々ペースに突入、1週間後の20日には3,818人に達したというのに似た、地獄の入り口にある。これを何としても回避するには、まずは医療関係者のマスクや手袋や防護服が足りず使い捨てができずに使い回さざるを得ないために医師や看護師の感染が拡大しつつある事態を、決定的に食い止めることである。

そういう時に、医療用高機能マスクはもちろん一般用不織布マスクよりも遙かに性能的に劣る布マスクを全家庭に配ってどうするんだ。12日付読売新聞が1ページを使ってマスクの手作り方法を図解しているし、我が家の周辺では南房総市が広報を通じて型紙まで図示して自作を呼びかけていて、それで十分ではないか。しかも、先週になって明らかになったのは、その費用が郵送費用などを含めると466億円に及ぶというビックリ仰天。「アエラ」4月20日号は「この額があれば医療用マスクを1億枚前後買える計算だ」と指摘、「1億枚ぐらいならすぐに集められる。50億枚集めろというなら集めます」という某ブローカーの発言も紹介している。

いまマスクについて政府がやらなければならない最優先はこれで、医療関係者自身が次々に感染して仕事を離れなければならず、しかもそのクラスター化が疑われるその病院を直ちに閉鎖しなければならなくなって感染が爆発的に広がったニューヨークのような状態に東京が転がり込まないようにすることである。

安倍首相の「やってるフリ」演出で人気上昇を図るという政治的な狙いと、医療最前線で命懸けで戦っている人たちを全力を挙げてバックアップするという戦略的な勘所を取り違えた結果、安倍首相の人気は陰り医療現場は崩壊するという虻蜂取らずに陥る可能性が大である。

ところで、上掲「アエラ」の記事は、安倍首相が3月初めに公約したマスク6億枚、4月には7億枚はどうなったのかについて、「中国からも大量のマスクが連日入荷している」にもかかわらず政府調達による医療機関への配布が間に合わないのは「ある政治家の秘書からは『中国産は使わないという話になっているので』」と説明されているという奇怪な記述がある。同誌はそれ以上解説していないので、取材して確かめようとしたが、今号の締切には間に合わなかった。

緊急にお金を届けるべき相手は誰か?

安倍首相が「世界最大級」と自賛する緊急経済対策108兆2,000億円の一環として、休業で収入が減ったり失ったりした従業員、中小企業、個人事業者・自営業者に対して現金給付をするというのだが、これがまた中途半端。感染拡大を抑え込むには企業・店舗の休業やテレワーク化が必要で、それを徹底しようとすれば手厚い損失補償を用意して安心して休めるようにしなければならない。ところが日本の場合は、原則として「損失補償は難しい」(安倍首相)。

どうしてそうなのかと言えば、これはあくまで政府の「命令」ではなく「自粛要請」であって、国民はその要請に応え自ら粛(つつし)むのであるから、政府がその補償をしなければならない理由はないとう訳なのだ。西村康稔経済再生相は4月9日の会見で「法律上、規定はないので、一定割合を損失補償することは困難だ」と言い、11日の7都府県知事とのテレビ電話会談では「休業補償として一定割合の損失補填を行っている国は世界で見当たらない」とも述べたが、本当だろうか。

まず、法律がないないなら、安保法制がそうだったように、作ればいいではないか。それが間に合わなければ、お得意の閣議決定乱発でもいいだろう。強制命令にしてその結果を背負い込むのが嫌だからそうしないだけのことである。

また、世界のどこの国でも損失補償が行われていないというのは理解不能の発言で、新聞等で報道されている限り次のような例がある。

英国

  • 休業補償:業種を問わず従業員賃金・フリーランス収入の8割を補償、上限は月2,500ポンド(約34万円)
  • 中小支援:資金繰りを支援し、最初の6カ月の利子は政府負担

 

フランス

  • 休業補償:一時帰休の従業員に給与の84%を補償
  • 中小支援:企業倒産を防ぐため基金を作り零細・個人事業者に1,500ユーロ(約18万円)を支給

 

ドイツ

  • 休業補償:育児で在宅する保護者に賃金の67%を補償
  • 中小支援:零細・個人事業者に従業員5人以下は最大9,000ユーロ(約100万円)、10人以下は1万5,000ユーロ(約170万円)を補償

 

スイス

  • 中小支援:官民一体で120銀行が参加する中小支援制度を立ち上げ、50万スイスフラン(約5,600万円)まで政府が100%保障し銀行が無利子・無審査で即日融資

 

米国

  • 休業補償:年収7万5,000ドル(約810万円)未満の世帯に大人1人当たり1,200ドル(約13万円)、典型的な4人家族で3,400ドル(約40万円)の家計支援
  • 中小支援:500人未満の企業に最大1,000万ドル(約12億円)の融資。雇用維持や給与支払いに使う場合は返済不要

 

韓国

  • 休業補償:全世帯のうち富裕層を除く約7割の世帯に、1世帯当たり最大100万ウォン(約9万円)給付
  • 中小支援:ソウル市が14日以上休業した施設に最大100万ウォンを支援。ナイトクラブなど遊興施設は除外

 

香港

  • 休業補償:8歳以上の市民に1万香港ドル(約14万円)給付

こうして見ると、たいていの国は日本よりよほど分かりやすくスピード感のある補償制度をすでに実行していることが分かる。西村は何を言っているのか分からない。

日本のこうした制度は総じて、役人がお上の事情に基づいて机上の空論で組み立てるので、困窮している下々の事情から出発していないので条件が厳しすぎ、しかも不正受給や過剰請求などが発生し(て役所側の責任が問われることの)ないよう、迷路のごとく複雑な手続きを設定するので、何度も窓口に足を運んで書類の不備を指摘され突き返されたりしているうちに1カ月も2カ月も経って、間に合わなくて倒産したり、根負けして「もういいや」と諦めたりすることになりやすい。上記の表のスイスなど、メールで申し込むと翌日にはもう振り込まれているという迅速さで、こうでなければ非常時には役に立たない。

結局、感染拡大は防ぎたいが経済破綻は困る、休業命令を出したいがそれによる補償で財政がパンクするのも困るのでどうしようという中途半端の二乗が今の施策である。

このやり方では、補償が行き届かないから休業も外出規制も徹底せず、従って感染爆発の危険がなかなか去らないまま事態が長引き、結果として経済全体のダメージが大きくなりかねない。最初にドーンと打って出た方がよほど効果的で短期に終息させられる可能性があったのに、ウジウジと対策を小刻みにして中途半端を重ね、傷口を広げてしまった。その結果、ニューヨーク並みの医療崩壊に転がり込む危険が高まっているのである。

image by: 首相官邸

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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