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コロナから飲食店を救え。世界的エンジニアが始めた画期的な試み

新型コロナウイルスの感染拡大防止として行われている都市封鎖や営業自粛要請などで、大打撃を受けている飲食業界。一応の収束を見た後も、不特定多数が集まる場所での飲食は敬遠されることが明らかで、レストランやバーは存続の危機に立たされていると言っても過言ではありません。このような状況を受け、飲食店向けの新しいウェブサービスを急ピッチで開発しているのが「Windows 95の設計に関わった日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さん。中島さんは自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』で今回、その画期的サービス「OwnPlate」(オウンプレート)の全貌を明かしています。

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2020年4月14日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

プロジェクト OwnPlate

ここ2週間ほど、猛烈な勢いでコードを書いています。毎朝4時ぐらいに起きて、界王拳を使って朝飯前に一気にコードを書き、さらに午前中も余計なことは一切せずに廃人のようにコードを書き、午後になってようやく、メールに返事をしたり、メルマガを書いたり、(多くはないものの)家事の手伝いをしたり、という生活パターンです。

私が暮らすワシントン州では、1ヶ月ほど前から「食料品の買い出しと通院以外は一切禁止」という本格的なロックダウンが始まっており、人と会うこともスポーツを楽しむことも出来ないので、「世捨て人」のようにプログラミングをするのには絶好の機会です。

開発しているのは、OwnPlateと名付けたレストラン用のウェブサービスで、私が言い出しっぺです。新型コロナウィルスによるロックダウンにより、致命的と言えるほどのダメージを受けているのが、レストランやバーで、資金力の弱い中小のレストランの大半が既に経営危機の状態にあり、これが1ヶ月も続けば、大半が廃業に追い込まれるというほど危機的な状況にあります。

米国政府は2兆ドル(約220兆円)に及ぶ緊急財政支出で、経済へのダメージを緩和しようとしていますが、コロナ後の人々の(感染を恐れる)ライフスタイルの変化を考えれば、焼け石に水でしかなく、レストラン業界に廃業の嵐が吹き荒れるのは確実です。

私がレストラン業界に詳しいのは、先週も書いたように私の息子がシアトルでレストランをオーナーシェフとして経営しているからです。

各国の対応を見ている限り、ほとんどの国が医療崩壊を避けるために感染を徹底的に押さえつける戦略に出ているため、本当の意味での(集団免疫を得た結果の)収束はしません。つまり、(ロックダウンで達成した)形だけの収束後も、人々は感染拡大に怯えて生活しなければならないのです。

結果として、ロックダウンの解除後も従来型のバー・レストランのビジネスは非常に厳しい状況に置かれると思います。「人が集まる場所で飲食すること」に感染のリスクがあることは誰の目から見ても明らかなので、人々はバーやレストランには戻って来ないと思います。

つまり、レストラン・ビジネスの存在意義が問われていると言っても過言ではないのです。

しかし、たとえコロナ後の世界でも、人々は食べなければ生きていけません。自炊には限度があるし、インスタント食品やコンビニ弁当を毎日食べるわけにはいきません。

そう考えると、「コロナ後」のレストラン・ビジネスとは、テイクアウトに特化した、キッチンのみのテイクアウト・ビジネスであるべきだとしか私には思えないのです。それも、テクノロジーを活用し、(不要な接触を排除して)安全で効率が良く、作りたての料理が食べられるサービスを、(チェーン店ではなく)それぞれのレストランが個性豊かに提供するのです。

こんなビジョンに基づいて開発を始めたのが、OwnPlateというサービスです。レストランのオーナーは、このサービスを使って、テイクアウト用のメニュー・ページを作ります。そして、顧客はそこから食べ物を注文し、クレジットカードで精算も済ませた上で、自ら食べ物を取りに来ます。

配送サービに関しては、UberEats(ウーバーイーツ)やGrabHub(グラブハブ)などの既存の業者が既にしのぎを削っているので、そこには一切手を出しません。そもそも、あの手の業者は法外な手数料(15%~30%)を取るので、薄利なレストラン業にとっては、正しい答えではありません。

技術的には、SquareSpaceやWixを使って、自らメニューページを作ってそこで注文を取ることは可能ですが、レストランの経営者には難しすぎるので、結局は高いお金を払ってコンサルタントに作ってもらった上に、メンテナンスもしてもらうのが一般的です。

OwnPlateは、そんなメニューページをレストランの経営者が誰の助けも借りずに作れるぐらい簡単にし、かつ、手数料はクレジットカードの決済に必要な分以外は一切頂かない、まずは非営利なビジネスとして立ち上げようと考えています。

これにより、一つでも多くのレストランが生き残ることが出来れば、それは人類全体にとって素晴らしいことです。利用者が少なければ、運営費も大してかからないので、非営利団体で十分にまかなえるし、万が一爆発的に利用者が増えたら、そこからビジネスを作り出すことはそれほど難しくありません。

PCRとは

新型コロナウィルスの感染者を調べるのに「PCR検査」と呼ばれるものが使われていることは、毎日のように報道されています。しかし、一般のメディアは「PCRとは何か」を教えてはくれないので、私なりに勉強したことをここで解説します。

PCRは、Polymerase Chain Reaction(ポリミラーゼ連鎖反応)の略称で、特定のDNAだけを大量に増やす手法です。

新型コロナに感染した人から採取した鼻水には、ウィルスのDNA(正確にはRNAですが、ここでは便宜上DNAと呼びます)が含まれていますが、その量はごく僅かなので、そのままでは検出が不可能です。

一冊の百科事典の一行一行をバラバラに短冊(たんざく)状に切り刻んだ状態を想像してみてください。1ページあたり100行、1,000ページの百科事典であれば、10万の短冊が出来ることになります。

この10万の短冊を渡されて、「この中に『我輩は猫である』という文字列が含まれているか調べてくれ」と言われたら、気が遠くなりますよね。鼻水に含まれた新型コロナウィルスをそのままの形で検知するのは、それぐらい難しい話なのです。

一昔前までは、「培養」という方法で、対象を増やす手法が使われていました。検出したいのが大腸菌であれば、その大腸菌が増えやすい環境(栄養分や温度)を作り、数日間から数週間培養することにより、大腸菌の数を増やして検出するという手法です。

しかし、この手法は時間がかかる上に、特定の菌だけが増える環境を作るのも簡単ではありません。また、自分の力で増殖することが出来ないウィルスには、簡単には適用できない手法です。

そこで発明されたのが、PCRなのです。発明者はキャリー・マリスという化学者で、この発明によりノーベル賞を1993年に受賞しています。

image by:Enzoklop / CC BY-SA

上の図は、Wikipediaから引用したものですが、具体的なステップとしては、

  1. 94-98℃で、二重らせん構造の2本鎖DNAを熱で二つの1本鎖DNAに物理的に分離(20-30秒)
  2. 50-65℃で、分離した1本鎖DNAに、新型コロナウィルスだけに結合する性質を持つ「プライマー」を結合させる(20-40秒)
  3. 75-80℃で、ポリミラーゼと呼ばれる酵素を使って、プライマーが結合した1本鎖DNAを2本鎖DNAにする(長さによる、千個の塩基あたり1分)

というサイクルをひたすら繰り返すだけです。

1回のサイクルでターゲットにしているDNAの数が2倍になるため、10回で約1,000倍(正確には1,024倍)、20回で100万倍、30回で十億倍に増やすことが出来るのです(通常25~35回、回します)。

先の例で言えば、「我輩が猫である」という言葉を含んだ短冊だけを100万倍にする仕組みがあるようなものです。

この手法が素晴らしいのは、1つのサイクルが短い上に(数分)、温度の変化を与えるだけでサイクルを回せるため、自動化が可能な点です(当初のPCRは、熱を与えるたびにポリミラーゼが劣化するため、サイクル毎にポリミラーゼを追加する必要があったため手間がかかりましたが、温泉に住んでいる細菌から取り出した熱に強いポリミラーゼを使うようになった結果、その必要がなくなったそうです)。

ここ25年ほどで遺伝子工学の技術は大きく進歩しましたが、その発展はPCR抜きでは到底不可能で、遺伝子工学における最も重要な発明と言って良いほどのものです。

ちなみに、PCRの特許は、当時マリス氏が働いていたシータス社が取得し(1983年)、後にスイスのエフ・ホフマン・ラ・ロシュ社が権利を購入しましたが(1993年)、今では特許が切れ、誰でも作れるそうです。重要な技術の「特許切れ」が時代の進歩を促す、よい例でもあります。

【参考資料(全てYoutubeビデオ)】

The Evolution of PCR
PCR – Polymerase Chain Reaction Simplified
PCR (Polymerase Chain Reaction) Tutorial – An Introduction

image by: Shutterstock.com

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マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

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