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自民本部も真っ黒か。仁義なき河井夫妻「広島代理戦争」の深い闇

昨年夏の参院選における買収疑惑で逮捕された、河井克行前法務大臣と河井案里参議院議員。選挙区内で現金をばらまくという行為自体は「単純」であるものの、疑惑の裏には複雑な党内事情が絡んでいるようでもあります。そんな中でも最も見えにくい官邸周辺の権力闘争の構図に迫っているのは、米国在住作家の冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、現在進行中のバトルの勢力図を推測した上で、このスキャンダルについては「もっと掘り下げて見てゆくべき」と記しています。

広島の河井夫妻スキャンダルをどう考えるか?

このニュース、どうにも複雑であり、意味合いや構図が分からない事件であると思います。

まず分からないのが、カネをばらまいたという問題です。現在の公職選挙法、政治資金規正法、そして両方の過去の経緯から考えると、選挙区内で有権者に現金を配るのはアウトです。それは分かりますし、まともな民主国家として、そんなことを認めている国はないと思います。

ですが、今回の容疑は違います。何故なら一票を買ったのではないからです。つまり案里氏が2019年7月の参院選に勝利するようにカネをばらまいたとして、その相手は首長であったり県議であったり、要するに地元の有力者、しかも同じ自民党の政治家がほとんどということです。

そこで2つの考え方ができます。1つは、カネで一票を買ったのではなく、一回の買収行為が行われる毎に、受け取った政治家の後援会など、政治組織の構成員を買収した、つまり一気に数百とか数千の買収をしたということになります。であるならば、一回のアクションで1票を買うよりも100倍、1,000倍に悪質だという考え方もできます。また、倫理的には受け取った人間も大罪であるということになります。過去においては投票の取りまとめを要請したケースは多く有罪になっているそうですから、そういうことなのだと思います。

2つ目は全く反対の考え方です。カネの流れを考えると、自民党の本部からカネが出て、それが広島県の自民党県連の末端組織で河井案里候補を当選させるために使われた、しかも一般の有権者個人にカネをばらまくようなことはなかったとします。仮にそうであれば、あくまでも自民党内での選挙資金の移動だという考え方もできると思います。

この2つの意見を並べてみると、どっちも筋は通るように見えるから不思議です。1つ目の前提に立てば、河井夫妻の行為だけでなく、自民党本部のやっていたことも真っ黒ということになります。この河井案里氏を強引に「2人区」に立てたのは、安倍総理の周辺であるということ、また選挙資金も安倍総裁の体制から出ていることから、立場は相当に悪くなります。

ですが、2つ目の考え方に立てば「全く問題はない」ということになります。この点については、私は公職選挙法とその運用が決して安定的でないということを問題にしたいと思います。法体系が安定的でないということは、検察による恣意的な介入(もしくは不介入)を誘発するわけで、決していいことではないからです。

この河井夫妻問題については、保守系の批評家である八幡和郎氏が、なかなか上手いことを仰っています。

河井事件の原因は岸田氏の地元での指導力欠如

八幡氏の主張については、同意できる内容は2割7分ぐらいですが、このコラムは成程と思わせるものがありました。もっとも、岸田氏の問題は、指導力欠如というだけでなく、溝手議員にしても県議の体制にしても、かなりダーティですから、この書き方でも少々点が甘いと言わざるを得ません。

それはともかく、今回の事件で一番見えにくいのは、権力闘争の構図です。広島の泥臭い抗争の構図は、恐らく八幡氏の解説のようなものと思いますが、問題は官邸の周辺です。

そもそもが、「安倍総理を軽んじた溝手議員への私怨」から始まったという、まるで太閤記のような話もありますが、まあ安倍さんは徐々に消えていく存在なので、まあ横に置いておくとして、現在進行しているのはどんなバトルなのでしょうか?

一つ考えられるのが、

のような格好で、パワーが3分裂しているという可能性です。検察がここまで執拗に動いている背景には、石破さんとの淡い連携があるのかもしれません。

一方で、巷間言われているように、AとBに分裂があるのであれば、検察の活動でAもBもダメージを受けているという可能性もあります。

その一方で、二階俊博氏の動きとしては、ABCを何とかまとめてキングメーカーに、また、小池氏や維新の動向によっては、再編のキーマンにもというかなり欲張った構えであるようにも見えます。

そう考えると、何となくですが、安倍政権(Aグループ)というのは足利政権のようになってきていて、下手をすると一気に乱世になるのかもしれません。つまり、1970年代から80年代の自民党の抗争、そして90年代の崩壊という歴史が繰り返される可能性ですね。

時代が時代なので、そのようなことをやっている暇はないという批判も可能ですが、同時にそのぐらいのエネルギーがなければ、この難しい国家の運営など無理だという見方もできます。いずれにしても、今回の河井事件というのは、もっともっと掘り下げて見て行った方が良さそうです。

そんな中で、一つ非常に心配なのは、安倍政権が「マジック」を使っていたという問題です。安倍政権は「保守世論にフレンドリー」だという印象を巧妙に使いながら、日韓合意(結局は失敗でしたが)、譲位と改元、オバマとの相互献花外交、核不拡散などの中道政策を実務的に積み上げてきました。

安倍政権に批判的な人は、もっと中道寄りのイメージのある政権を望むかもしれません。ですが、中道を気取りつつ政治的な覚悟の足りない政権の場合は、政治に行き詰まると結局はナショナリズムに「おもねる」姿勢を取って破滅的な判断をしてしまうことがあります。

戦前に、最終的に総動員法へ行くような権力集中への道筋を作ったのは、政友会よりもむしろ民政党系の政治家でした。近年では、何の根回しもせずに尖閣国有化に走って日中関係を壊したのは他でもない民主党の野田政権でした。

安倍政権が嫌いな人は、岸信介の孫であり、改憲を常に口にする安倍総理の姿勢には「かつて国を滅ぼした軍国主義」の亡霊を重ねることで「本能的な危険」を感じているのでしょう。そのことは分からないでもありません。ですが、実際にこの安倍政権がやってきたことは、中道実務政権に他ならないことを考えると、脆弱な中道政権を作ってそれが保身に走って右傾化するリスクと比較すれば「はるかにまし」とも思えます。

百歩譲って、世論にあるのは、そんな複雑なことではなく、コロナ危機と経済不安の中で「人心一新」への期待があるだけなのかもしれません。ですが、そうした「人心一新」で国が良い方向に変わったかというと、近代日本の歴史の中では概ね反対の結果になっています。

いずれにしても、今回の河井夫妻のスキャンダル、整理して考えると、

  1. 事件そのものは悪質だが、法的には玉虫色
  2. その裏の権力構図は不透明だが複雑そう
  3. 一方で世論にあるのは漠然とした人心一新期待だけ

ということで、冷静に、しかし緻密に見ていくことが必要と思います。

image by: 河井あんり - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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