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為政者の資質なし。学術会議問題が国内外に示した菅首相の人格

10月1日の発覚依頼、各所で喧々諤々の議論が続く、菅首相による日本学術会議の会員候補任命拒否問題。運営費に税金が投入されている以上、公権力の人事介入は当然とする声も聞かれますが、はたしてそれは正鵠を射た指摘なのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、欧米先進国では、運営費の一部またはすべてが公的資金で賄われているアカデミーであろうとも、その顔ぶれが政治に左右されることがない事実を提示。さらに今回の拒否問題が、菅首相に為政者の資質がないことを内外に示したという厳しい見方を示しています。

心得違いの菅首相、就任早々の学術会議会長、あの会談は何だったのか

ニュートリノ研究ひとすじのノーベル賞物理学賞受賞者、梶田隆章氏が日本学術会議の会長に就任したのはことし10月1日、つい先日のことである。その最初の仕事は学究肌の梶田会長にとって過酷なものとなった。

いかなる巡りあわせか、会長交代期に勃発した新会員候補6人の任命拒否問題。10月1日の総会で新会長が取りまとめ、決議したのは菅首相への要望書だった。推薦した会員候補が任命されない理由の説明と、速やかな任命を求める内容だ。

学術会議の動きに、菅首相は冷淡なそぶりを見せた。「総理自身が梶田会長と会って直接説明する考えは?」と記者に問われたさいの発言。

「梶田会長が会いたいということであれば、お会いをさせていただく用意は持っております」

こちらから説明する必要はない、会いに来たいというのなら拒みはしない。あくまで上から目線。ノーベル賞学者への敬意などみじんも感じられない。

それでも梶田会長には、総会で決まった要望を伝える責任がある。官邸に首相との面会を求めると、秘書官から返ってきた答えは「15分くらいなら時間が取れます」。

首相官邸に乗り込み、拒否の理由を明らかにするよう迫る、という期待が梶田会長の一身にのしかかっていた。15分で何が話せるだろう。あいさつ程度の時間ではないか。

この時点で、梶田会長は、官邸のペースに巻き込まれていた。10月16日、梶田会長は菅首相に会い、決議文(要望書)を手渡したが、そこで二人が交わした話の内容は意外なものだった。

会談後、記者団の取材に応じた梶田会長は「首相から任命拒否について説明はあったか」との問いに、こう答えたのだ。

「今日は特に回答を求める趣旨ではないので、明確なことはない」

「(決議文を)渡したが、それよりも未来志向で、学術会議が学術に基づいて社会や国にどう貢献していくかについて話した」

回答を求める趣旨ではない。なんということか。事実、菅首相は記者団に「梶田会長は就任挨拶のためにいらっしゃいました」と言い、食い違いはない。

しかし、形は挨拶であっても、要望書を手渡したのは確かだ。また、それが注目のマトになっているのも承知しているはずである。

ところが、要望書を受け取った菅首相は、その文面を一顧だにせず、全く違う話をした。「学術会議が国の予算を投ずる機関として国民に理解をされる存在であるべきだ」と。

常識がある人物なら、その場で答えない場合、しかと受け取りました、後日回答いたします、くらいのことは言うのが礼儀というものであろう。

本旨については無視し、菅流“忍法すり替えの術”でやり過ごそうとする首相の腹のうちは明らかだ。学術会議の会員にしてみれば、さぞかし不完全燃焼の会談だったにちがいない。

学術会議の前会長、山極寿一氏(京大前総長)の複雑な心境が思いやられる。

まだ会長だった山極氏のもとに、新会員として推薦した105人のうち6人が任命から外れたという知らせがあったのは、9月28日のことだった。山極氏は8月31日に新会員候補105人の推薦名簿を内閣府に提出し、そのまま全員が任命されるものと思っていた。青天の霹靂とはこのことだ。

10月11日のコロナに関するシンポジウムの冒頭挨拶で山極氏は「会長であった私がきちんと交渉すべき問題だった」と苦渋の色をにじませた。

「通知が入ったのは、私が退任をする2日前でして、即刻、内閣の方に問い合わせたわけですが、なんら回答が得られず、退任直前になって文書で菅総理にその理由を説明して頂きたいと申しあげたしだいです。残念ながら、今に至るまで任命を拒否された理由は明かされておりません。これは非常に遺憾なことだと思っております。国の最高権力者が意に沿わないものは理由無く切る、問答無用であるというふうに明言することは、その風潮が日本各地に広がることが懸念されるからです。これは、民主主義の大きな危機でございます」(TBSニュース「山極前会長『私がきちんと交渉すべき問題だった』」より)

山極氏の言う「意に沿わないものは問答無用で切る」。まさにそれこそが、菅流人事の極意なのだ。

梶田氏はその間のことは何も知らないまま、会長職に就いた。海千山千の官邸に、いきなり噛みつくのは、梶田氏にとって荷が重いことではある。それでも、たとえ15分といえど、「なぜ6人を外したのか、理由をお聞きしたい」と、携えてきた決議文の趣旨に沿って問いただせたはずだった。

会談を終えて官邸ロビーに出てきた梶田会長に「具体的にどういうやりとりをされたんですか」と質問したTBS『報道特集』の膳場貴子アナウンサーは番組の中でこう語った。

「梶田会長については正直、拍子抜けしてしまいました。当事者のトップとして要望書を携えていったのに、総理に任命拒否の説明すら求めなかったわけですから」。誰もがそう感じたのではないだろうか。

本来なら、梶田会長は「学問の自由」に対する菅首相の誤解を解く手助けをすべき立場である。

菅首相はたぶん、理解が足りないのだ。学術会議の会員人事をどうしょうと、「学問の自由」にはかかわりないと思っている。それゆえ、税金を投じている組織の人事に首相が介入するのは当然だと凄むのだ。

学術会議のメンバーに入らなくても学問はできる。それはそうだろう。しかし、菅首相の任命拒否が「学問の自由」の侵害にならない、というのは心得違いだ。

「学問の自由」には二つの側面がある。一つは、狭い意味での学問の自由。もう一つは、公的な学術機関の政治からの自立だ。

憲法23条の「学問の自由は、これを保障する」は、個人として学問を究めることを妨害されないというだけではなく、大学の自治など、公的な学術機関の政治からの自立を意味する。それが、通常の解釈である。

日本学術会議と政治との関係もしかりだ。政府は学術会議に「諮問」でき、学術会議は政府に「勧告」することができる。互いが独立していなければ成立しない関係だ。

いくら運営費が税金から拠出されようとも、政府から独立した立場を維持しなければ、会議が出した結論は科学的知見として信用されないだろう。

欧米先進国で、アカデミー会員の顔ぶれが政治に左右されるということは、まずありえない。日本学術会議の2015年版資料を参考に、米英仏独のアカデミーについて、政府との関係がどのようになっているのか、概略を確認しておこう。

全米科学アカデミー(会員約2,200人)。独立した非営利組織で、2億ドルといわれる年間運営経費の80%が連邦政府との契約で賄われ、その他、民間からの資金提供も受ける。

英国王立協会(1,430人)。独立した慈善団体で、収入の70%近くが議会からの助成金。その他は出版物収入や寄付など。

フランス科学アカデミー(267人)。独立機関だが、運営費の60%は政府が負担、残りは寄付などで賄う。

ドイツ科学アカデミーレオポルディーナ(1,500人)。900万ユーロとされる運営費のすべてが公的資金から拠出されている。しかし、独立した非営利組織であり、政府の干渉を全く受けない。

すべて公費で運営されているという点ではドイツがいちばん日本に近いわけだが、いずれの国もかなりの割合で公的資金が投入されているのは確かである。それでも、独立性、中立性をしっかり保持しているのだ。

象牙の塔にこもって現実を無視する学者も中にはいるかもしれない。最高の知性も、時の政治権力から見れば邪魔者に過ぎないかもしれない。だからといって、学術の最高機関である日本学術会議の自立性を奪ったら、それこそ国家の総合的、俯瞰的な視野は狭窄の一途をたどるだろう

かつて吉田茂元首相は、講和のあり方をめぐり南原繁・東大総長を「曲学阿世の徒」と罵ったが、本来、「曲学阿世」は「学問上の真理をまげて、世間や権力者の気に入るような言動をすること」を意味する。権力者に盾突いた南原学長はむしろ「曲学阿世」の対極にあったといえるのではないか。

言うまでもなく、為政者には、種々の異論にも耳を傾け、俯瞰、総合して政策を判断する器量が求められる。

菅首相はその資質の持ち主でないことを内外に示したのが、今回の任命拒否である。

image by: 首相官邸

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