任期中に二度の弾劾訴追を受けた大統領として汚名を刻むことになったトランプ氏ですが、思わぬ形の「置き土産」も残していったようです。今回のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』では著者で台湾出身の評論家・黄文雄さんが、トランプ政権のファーウェイ製品排除政策が実現させた、中国抜きの日米台による半導体サプライチェーン構築が持つ意義を解説するとともに、3国の連携が今後の中国覇権とアジアの行方を大きく左右する要素になりうるとの見方を記しています。
※本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2021年1月13日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【日米台】トランプの「置き土産」が中国の野望を崩す
まもなくトランプ政権からバイデン政権へと変わりますが、トランプ政権は終わりに近づくにつれ、バイデン政権に引き継がれる外交政策について、次々と大きな決定を行っています。
たとえば2021年1月13日に、クラフト国連大使を台湾に訪問させようとしたり(直前になり、「政権移行の一環として」中止となりましたが)、1月11日にはオバマ政権がテロ支援国家から外したキューバを再びテロ支援国家に指定するなど、1月20日の新大統領就任式を前に相次いで発表しました。バイデン政権により、トランプ政権がこれまで積み上げてきた外交政策が崩されないよう、ハードルを上げたかたちです。
トランプ政権の「置き土産」として、これまでの対中政策が各国にも影響を及ぼし始めています。
2021年1月5日、台湾の複数のメディアは、TSMCが日本に半導体工場を建設することを決定し、日本の経済産業省の支援を受けて、合弁で新会社を設立することも検討していると報じました。2020年7月ごろから、日本政府がTSMCなどのグローバルチップメーカーを日本に誘致しているという噂がありました。そのときTSMCは「まだ計画はない」としていたものの、可能性は否定していませんでし(「フォーカス台湾」2020年7月20日付)。それが現実性をもって、報じられるようになったわけです。
その背景には、言うまでもなく、トランプ政権でのファーウェイ排除の動きがあります。トランプ政権がファーウェイを世界市場から締め出す動きを加速させてきたことは周知のことでしょう。2020年5月15日、アメリカ政府は、ファーウェイが設計した半導体の製造をファウンドリー(半導体を受注製造する企業)が受託した場合、アメリカの技術やソフトウェアを使用する際には、アメリカ商務省の許可を義務づけました。つまり、アメリカ原産技術やソフトウェアを使って半導体をつくることを禁止したわけです。これにより、世界最大のファウンドリーである台湾のTSMC(台湾積体電路製造)は、ファーウェイ向けの半導体製造が不可能になりました。
TSMCの主要顧客には、アップルやクアルコム、エヌビディアといった世界的な企業が名を連ねています。TSMC時価総額は約39兆円で、同20兆円であるトヨタの2倍の規模を誇り、半導体業界では世界1位です。半導体の世界では、TSMCなしにグローバル・サプライチェーンはつくれない状況になっているのです。
そして、このTSMCの上客だったのがファーウェイです。ファーウェイはTSMCに自社開発の半導体チップの生産を委託してきました。アメリカ政府の決定は、事実上、これを禁止するものでした。
アメリカ政府の決定には120日間の猶予期間が設けられていたため、実際にファーウェイとの取引が完全に停止となるのは、2020年9月15日でした。そして9月15日以降、ファーウェイは自社開発の半導体を輸入できなくなりました。
中国にも中芯国際集成電路製造(SMIC)というファウンドリーがあります。しかし、技術力ではTSMCに及びません。また、2020年12月18日には、アメリカ商務省がアメリカ企業からの輸出を禁止するリストにSMICを新たに加えると発表。これにより、中国以外ではSMICと取引する企業はなくなり、結局、半導体製造ができなくなる可能性が高くなりました。
こうしたアメリカの締め付けにより、中国の半導体メーカーは苦境に立たされています。たとえば、中国の国有半導体大手の紫光集団は、2020年12月10日、利払い日を迎えた人民元建て社債の利息を期日どおりに支払えなくなったと発表しました。
習近平政権は、アメリカの制裁強化に対して、半導体の自国製造化を進めるとしてきました。そのため、中国国内に多くの半導体メーカーが乱立しましたが、技術力がなく計画もずさんなために、次々と破綻の危機に陥っています。
2017年11月に武漢市の肝いりで総額1,000億元(約1兆5,000億円)のプロジェクトとして立ち上げられ、工場建設が進められていたファウンドリーの武漢弘芯半導体製造(HSMC)は、わずかその3年後の2020年9月には資金不足が理由で工場建設がストップしました。一部の中国メディアは「中国の半導体産業で史上最大のペテン」と批判しているといいます。
● 半導体の国産化へ前途多難 武漢の巨大工場建設、資金不足で停止
日本の携帯キャリアにも中国製スマートフォンを販売しているところがありますが、今後、間違いなく減少していくでしょう。
すでに日本政府は省庁や重要インフラを担う企業の調達において、安全保障の観点からファーウェイ製品を排除しています。これはアメリカ政府と歩調を合わせたものです。アメリカではファーウェイが情報を抜き取って中国に送っているという疑惑により、政府や軍でのファーウェイ製品の使用が禁止されています。
日本国内の携帯各社も次世代規格の5G通信網ではファーウェイの機器を使わない方針を示しています。ファーウェイは日本政府にソースコードを公開すると提案しましたが、日本政府はこれを拒否しました。すでに日本の通信網からの排除が決まっている企業であり、今後、ファーウェイ製品が市場から消え、メンテナンスも先細りになるのは避けられないでしょう。
ファーウェイとの取引を打ち切った台湾のTSMCは、1兆3,000億円を投資してアメリカに工場を建設することを発表しています。TSMCはすでにワシントン州キャマスに半導体工場を持っていますが、これに加えて、アリゾナ州により先進的なチップのための半導体工場を建設する計画を発表しています。同工場での生産開始は2024年の予定です。
明らかにTSMCは中国と手を切り、アメリカ側につく決定をしたというわけです。いうまでもなくこれは、アメリカの対中戦略と、米台協調路線に歩調を合わせたものです。
TSMCは中国の江蘇省南京にも工場を持っていますが、アメリカの規制強化や台湾政府が先端プロセスの流出を危惧していることから、12nm(ナノミリ)よりも微細なプロセスの提供は行われておらず、次世代技術のEUV(極端紫外線)露光技術も採用されていないそうです。
● TSMCが南京工場を拡張、さらなるファブ増設の可能性も – 台湾メディア報道
もっとも、アメリカの規制により半導体の輸入が止まったため、TSMCの南京工場には中国国内からの注文が殺到しているといいます。
そして、冒頭の、TSMCが日本で工場を設立するという報道です。もともと日本は半導体の素材となるシリコンウェハでは世界の約62%を占め、1位が信越半導体(世界シェア32%)、2位が住友金属と三菱マテリアルが統合してできたSUMCO(世界シェア25%)と、この2社だけで57%を占めています(2019年、楽天証券資料)。
それだけに、TSMCにしても日本に工場をつくるメリットがあります。そしてアメリカと日本にTSMCの工場や新会社が設立されれば、日米台に強力な半導体サプライチェーンができることになります。
中国発の新型コロナウイルスの感染拡大を台湾がいちはやく防いだことは周知のとおりです。そのため、台湾の中央銀行は2020年の台湾の経済成長率を2.58%と見込み、2021年も3.68%成長と予測しています(2020年12月17日発表)。その牽引役となっているのがTSMCなのです。同社は半導体企業の時価総額で世界1位(2020年8月)であり、2020年の業績は新型コロナウイルスによる自宅でのオンライン作業増加によるパソコン需要、巣ごもりでのゲーム機需要の高まりから、前年比48.6%という高い伸びが見込まれています。
その一方、需要の高まりによって半導体不足が生じており、自動車業界などは車載用半導体が調達できずに減産をせざるを得なくなりました。
このように、中国向けの半導体輸出が禁じられても、世界的には半導体不足が続いており、そのなかで中国自身は、半導体の国内製造がうまく進んでいないという状況に陥っているわけです。
中国は「新型コロナウイルスの封じ込めに成功し、経済もプラス成長に転じた」などと吹聴していますが、新型コロナが回り回って中国の首を締めているわけです。
加えて、半導体不足には日本の企業の部材製造が追いついていないことも原因の1つだといわれています。それはCPUの絶縁体として使われる「ABF(味の素ビルドアップフィルム)」というもので、その供給不足が、世界的な半導体不足を招いているといいます。
味の素が半導体のキーパーツをつくっていたということには驚きですが、さらに驚いたことに、ABFは全世界の主要なパソコンのほぼ100%シェアだそうです。前述のシリコンウェハに加えて、こうした半導体部材のキーパーツは日本が独占しており、そのことは、今後の世界的な半導体サプライチェーンの鍵となるでしょう。日米台の連携が、世界の半導体産業を大きく変える可能性があります。
ファーウェイ排除にともなう米中のスマートフォン競争については、スマートフォン用CPUの基本設計で独占的地位にあるイギリスのアーム社(ARM)を、アメリカのNVIDIAが買収を進めており、これに対して中国が猛反発をしています。ファーウェイは独自のCPUを製造していますが、その設計はアームのアーキテクチャによるものだからです。
アームは日本のソフトバンクが2016年に買収して子会社化していましたが、2020年9月、ソフトバンクはアームの全株式を約4兆円でNVIDIAに売却すると発表しました。
ただし、実際の取引が完了するまでには各国の規制当局の審査も必要であり、約18カ月の時間がかかるといいます。そこで、中国当局は必死でNVIDIAの買収を阻止しようとしています。
このNVIDIAという企業ですが、もともとはパソコンのグラフィック・ボードを製造していたメーカーで、台南生まれの台湾系アメリカ人ジェン・スン・ファン(黄仁勲)が創設したものです。
同社の画像処理や画像解析のための高性能な半導体技術がAIに適しており、人工知能や自動運転の分野で圧倒的な地位を占めるようになっており、AI導入で自動化するスマート工場でも強みを発揮しています。
2020年7月にはNVIDIAの時価総額がインテルを上回りました。また、8月には半導体企業の時価総額でサムスンを抜き、台湾TSMCに次いで世界2位となっています。
このように、半導体の世界では、中国に対する反撃が日米台の連携によって進みつつあります。欧米のテクノロジーの盗窃により急進してきたのが中国の半導体です。それを断ち切ろうというのがトランプ政権の対中政策でした。
半導体を制する者が、次のテクノロジーを制し、それは経済、軍事における覇権を握ることになります。トランプ政権は終わりますが、日米台の連携は始まったばかりです。これが今後の中国覇権とアジアの行方を左右する要素になると思われます。
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