ワシントン・ポスト紙がトランプ前大統領の在任中の発言についてファクトチェックの結果を公表。日本でも1月30日、朝日新聞が通常国会のファクトチェックをオンラインイベントで実施するなど、メディアが自らの役割として「ファクトチェック」を位置づけ始めています。この動きを評価しつつも厳しい目を向けるのは、メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんです。小川さんは安全保障問題、とりわけ軍事問題の「誤報」を数多く指摘しては黙殺された経験から、日本の大手新聞は弱点を認め克服する必要があると声を上げています。
ファクトチェックは「錦の御旗」ではない
米国の有力紙ワシントン・ポストがトランプ前大統領の在任中についた「嘘」に関するファクトチェック結果を公表しました。
「米ワシントン・ポスト紙は23日、トランプ前大統領の過去4年間の発言について、内容を検証して信憑(しんぴょう)性を評価する『ファクトチェック』をした結果、同氏は3万573回の虚偽や誤解を与える主張をしていたと報じた。半分近くが最後の4年目に集中していたという。
同紙は、トランプ氏の発言を継続的にファクトチェックしてきた。同紙の調べによると、トランプ氏の虚偽や誤解を与える主張は1年目は1日平均6回、2年目は16回、3年目は22回、4年目は39回と年を追うごとに増えた。うち半分近くは選挙集会やツイートだった。
4年目で回数が増えたのは、世界最多の犠牲者が出た米国内の新型コロナウイルスの感染拡大と、米大統領選の敗北があるとみられる。新型コロナをめぐってトランプ氏は『ウイルスは奇跡的に消える』などと2500以上の虚偽の主張などを重ねた。
大統領選後は自身の敗北を認めず『不正選挙』などとする主張が800を超えた。1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件の直前に支持者を前に行った1時間を超える演説では、107回の虚偽や誤解を与える主張をしたという。
トランプ氏は2017年の就任当初から、自身の就任式に集まった人数について、『150万人いたように見えた』などと誇張。同紙は『時間が経つにつれて、トランプ氏の虚偽はその頻度とともに凶暴さを増していった』と分析した。
同紙はトランプ氏の発言のファクトチェックをデータベース化して公開している。(https://www.washingtonpost.com/graphics/politics/trump-claims-database/ )(ワシントン=園田耕司)」(1月27日付朝日新聞)
なんともはやという感じですが、そこで思うのです。ファクトチェックとは何だろう。可能なことや限界は、と。
私も民主主義を成熟させるために、ジャーナリズムは納税者の代表の中心に位置づけられるとの自覚のもとに、政府や与野党の言動に厳しく監視の目を注ぐべきだと主張してきました。特に軍事問題への知見が欠かせない外交と安全保障については、新聞などの報道に誤報も少なくありませんし、その誤報をもとに国会質問が行われたりすることもあり、特に新聞の誤報には目を光らせてきました。
そんなこともあり、2017年6月に日本で初めてファクトチェックを行う試みがFIJ(ファクトチェック・イニシアチブ・ジャパン、瀬川至朗理事長)という形でスタートし、事務局長の楊井人文弁護士と誤報のチェックで情報共有してきたこともあって、呼びかけ人・理事として参加した訳です。
やがて、ファクトチェックに関する試みは、本場の米国でも限界を抱えていることがわかりました。大統領の言説の食い違い(食言)などをチェックすることはできても、専門家の肩書きを持つ人たちの間でも知見のレベルに高低差がある軍事問題については、チェックする能力がなく、最初から取り組みを諦めている面が感じられたのです。
そういう局面を打開しようと、私はFIJの中でファクトチェックの重要な柱として安全保障問題を位置づけるべきだと主張してきました。しかし、残念なことにほかの理事さんたちにはそんな気持ちはないようで、重要ではあるけれども…、と語尾不明な返答しか戻ってこなかったのです。
そんなFIJの姿勢に対して、私も熱意を失う結果となり、理事を退任することにしたのですが、いま再びワシントン・ポストの報道や朝日新聞が1月30日に行ったオンラインイベント「通常国会ファクトチェック」(FIJの理事同士だった元NHK記者の立岩陽一郎FIJ副理事長が登場)などを目にして、思うのです。
ジャーナリズムはファクトチェックを「錦の御旗」にしてはならない。それでジャーナリズムの使命を果たすことができているなどと思い上がるな。政府と与野党の言動について可能なところでチェックする活動を強める一方、安全保障、特に軍事問題については無力に近いことを認め、ジャーナリズムを挙げてその弱点の克服に取り組む営みを始めるべきではないか。
朝日新聞をはじめ、私から誤報を指摘されて、訂正記事を出すことなく逃げてしまった日本のマスコミについては、全社について、いくつもの例を挙げることができます。誤報の指摘を「うちの会社に喧嘩を売っている」「小川は社会部と喧嘩している」とチンピラやくざのようなことを言う記者も存在します。しかし私はジャーナリズムの向上を目指す立場です。各社の中にいる同志がもっともっと増えることを願っています。(小川和久)
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