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東京五輪というドロ船から逃げ始めた聖火リレー芸能人の出口戦略

かつて原発事故対応の最前線となっていた福島県のJヴィレッジを皮切りに、3月25日から7月23日までの予定で全国を回る東京五輪聖火リレー。しかしながら五輪自体については、その開催すら危ぶむ声が多いというのが現状です。開会まで残り約3ヶ月となりましたが、誰がいつ、どのような判断を下すのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、利害関係、新型コロナ、責任問題という「3つのファクター」を勘案しつつ、五輪開催の可否について考察しています。

五輪開催の可否、3つのファクターを考える

菅内閣だけでなく、実行委も、IOCも含めて五輪をやるのか、やらないのか、決めていないとしてどんな検討がされているのか、一向に話が見えません。勿論、彼等なりに情報を管理していて、本当のことは喋らないと堅く決意しているからでしょう。とにかく現時点では大事なことは話さない、態度の問題としてそうしているのは分かります。

何故かということも、薄々は分かります。利害が錯綜しているからです。五輪を強行開催する、その場合に無観客でやる、海外観光客は入れない、いやこうなったら中止だ、いやいやパリに譲ってもらって2024年に東京でやる、色々な選択肢があるわけですが、「決定のプロセスで曖昧に態度表明をする」と、表明されたパターンにおいて損する人、トクする人が出て大騒ぎになり、決定がひっくり返されてズブズブになる危険があります。

そうなると、下手に選択肢を提示したり、見当の方向をオープンにしたりすると、結論が出なくなるわけで、だったらダンマリを決め込むしかない、そんな態度です。コミュ力のない政治家が陥るパターンに他なりません。いずれにしても、開催の可否による利害調整の難しさという話が1つ目の「ファクターA」です。

もう1つは、実際に開催できるかどうかですが、これは今回の五輪に関してはコロナの感染拡大の動向によります。これを「ファクターB」としておきましょう。

更にもう1つ、全く別の問題があります。それは「誰がどのように」して「開催」もしくは「延期」または「中止」を決めるのかという問題です。つまり誰の責任で決めるのか、あるいは言い出すのかといった問題、これを「ファクターC」としておきましょう。

このABCは複雑に絡んでいます。

まず、利害についての「ファクターA」を考えてみましょう。思いつくままに整理してみますが、結構複雑ではあります。

(Aの1)ハコモノは造ってしまったので維持費以外はこれ以上の流出はないが、仮に東京五輪が「マボロシ」になってしまうと、その建造物のブランド的な価値は下がるかもしれない。

(Aの2)無観客にするか、海外観光客を入れるかという問題は、宿泊業界と航空業界に関しては大きな問題。但し、関係者としては、断腸の思いで既に「ゼロ」は織り込み済みという感触も。

(Aの3)選手にしてみれば、2020にベストコンディションを持っていくようにキャリアを設計、少なくとも2021にそれを維持する努力をしているので、中止や延期の負荷は大。

(Aの4)スポンサーや芸能人などで、五輪をブランド価値向上のチャンスに考えていたグループは、世論の反対が多数派になる中で「出口戦略」を考慮中であろう。少なくとも聖火リレーの辞退は、ブッキングの問題ではなくて、アンチ五輪、アンチコロナの世論を敵に回したくない中での真剣な判断か。

(Aの5)実行委が公言しているが、マンションとして売却済みの選手村は、1年入居を待ってもらっており、これ以上の延期は購入者との民事上の係争を生んで、キャッシュフローの上で双方が不幸になる模様。

(Aの6)中止や再延期の場合のIOCの資金繰りは相当に苦しいはず。その場合の放映権契約がどうなっているかにもよるが、中止、延期の場合の「保証金」などで保険ではカバーされていない部分について、どういったカネの流れになるのかは依然として不透明。

(Aの7)IOCとケンカになった場合に、招致活動スキャンダルの更なる暴露など、日本が何かを人質に取られている可能性はゼロではないかも。

その一方で、コロナの問題も結構複雑です。

(Bの1)一般論として、日本の感染の「濃度」は欧米よりは20分の1近く「薄い」のは事実。そうなると、現在の日本の世論が「外国人観光客」「外国からのスポンサー枠」「役員、選手、各国首脳」の入国に対して否定的なのは、それはそれで自然。

(Bの2)反対に日本の場合は、ワクチンの接種スピードが米英より大きく遅れている。そうなると、例えば米英の選手や潜在的な観光希望層などが、日本行きを渋るとしたら、これも自然なこと。日本より感染の「薄い」中国、韓国、台湾なども同様。

(Bの3)コロナの難しいのは、数ヶ月後の動向の予測が難しいこと。日本での感染拡大が再爆発したら、開催は絶望。海外での変異体が新たに増えたら、日本国内の恐怖心が増大して同じく開催は絶望的。一番怖いのは、日本発の変異体が発生して、海外で話題になること。時間をかけて丁寧な治療をしている(それ自体はよいことで否定してはならない)日本にはそのリスクがある。

(Bの4)一方で、日本のメディアが「いつもの悪い癖」で、ファイザーやモデルナの「2回目接種」における副反応を大々的に報じてしまい、一気に日本での接種推進のムードが崩壊してしまうと、それが国際社会に知られれば開催は難しくなるであろう。

(Bの5)例えば3月とか4月の時点で決定しても、中止したのにコロナの状況が日本も世界も劇的に改善してしまう可能性はゼロではない。また開催ゴーと決定したとして、一気に事態が悪化することも可能性としては残る。

(Bの6)コロナ問題と、五輪の開催可否の判断に関する日本の国内世論は、とにかくコロナへの不安感情に身を委ねるだけ。リスクを取るのも、ましてリスクを強いられるのも拒否するし、またメディアや一部の政治家はそのような世論を煽って利用する構え。

このAとBについては、ファクターはもっとあると思いますが、確かに複雑です。そして、特にBのコロナについては数ヶ月後の予想をして、判断するのは非常に難しいと思われます。

そして最後のCですが、

(Cの1)菅政権、小池都政は、そもそも招致を推進してきた勢力であり、進むにしても退くにしても、政治的に加点は難しい、減点を最小限にするディフェンス戦略になる。但し小池都知事としては、悪いことは国に押し付けて、政治的には比較優位に立とうとするであろう。

(Cの2)IOCも実は立場は脆弱。キャッシュフローがどのぐらい毀損しているかは分からないが、苦しいのは間違いない。もっと言えば、近代五輪の継続すら危ぶまれる状況という感触もある。

(Cの3)日本が延期や中止を言い出してしまうと違約金を取られるというのは、重要な問題。この点が招致の契約でどうなっているのか、そこをガラス張りにしてもらわないと、日本は国としての判断はできない。放映権の問題も含めて、金が絡むのは仕方がないが、とにかく異常事態における扱いが契約上どうなっているのか、透明性が確保できないのなら、どの国も五輪を引き受けないであろう。

ABCの3つの観点から考えてみましたが、これはあくまで1つのモデルケースだと思います。こうした複雑な問題について、分かりやすく国民に説明して、その上で判断を共有できる能力、それが統治能力であると思います。いくら野党の場合はその能力がゼロだからといって、菅内閣がノラクラと説明から逃げていてはいけません。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

image by: 東京都知事 小池百合子の活動レポート - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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