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消えぬトランプの亡霊。幻に終わる米国「外交的神通力」の復活

トランプ前大統領の破壊的な外交により失墜したアメリカの国際信頼力を取り戻すべく、就任当初よりさまざまな手を打ち続けるバイデン大統領。しかしその前途は多難と言っても過言ではないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、対中、対ロ、対中東それぞれのシーンにおいて米国が置かれている状況を詳細に解説。その上で、国際協調への復帰を旗印に攻勢を強めるバイデン政権が、かつてのアメリカのような「外交的神通力」を取り戻すことの困難さを指摘しています。

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アメリカ外交の本格始動!?―トランプの亡霊と世界情勢に動き

「トランプ政権はアメリカの国際社会における評判を崩壊させてしまった」
「トランプ政権が行った失敗を取り戻す」

大統領選挙中からそう叫び続け、就任後、すぐに大統領令を連発して、トランプ外交をreverseしようとしたバイデン大統領と新政権。

パリ協定への復帰、NATOや欧州との関係修復への動き、WHO/WTOなどの国連機関へのコミットメントの復活…、確かにいくつかのreverseは功を奏していますが、長くアメリカを悩ませる中国の台頭と競争、北朝鮮の予測不可能な動きと反米の激化への対応、ロシアとの微妙な距離感といった案件については、reverseではなく、激化させていると言えます。

その典型的な例は、対中外交姿勢でしょう。

アラスカに中国の外交トップを呼びつけて行った米中対話は、予想と期待に反し、アメリカから中国への宣戦布告に近い雰囲気に包まれました。

とはいえ、以前お話ししたとおり、真の対峙というよりは、両サイドとも“弱腰”を非難されないための国内対策としての強硬姿勢という性格のものでした。

その後も、経済・貿易の側面、安全保障・軍事の側面、そしてバイデン政権と言えば、人権擁護の側面で、中国に対して真正面からの対峙を選び、同盟国とともに中国の封じ込め政策を強化しています。

ここでは、トランプ政権時に始まった日・インド・オーストラリアとのクアッドを継承し、その強化に乗り出しています。

そして、欧州各国を巻き込んで、これもトランプ政権時に発足した【インド太平洋パートナーシップ】を強化しています。

中国との関係は修復不可能と思われるような雰囲気を醸し出しつつ、パリ協定、つまり気候変動対策と脱炭素経済への移行という側面では、世界第1位と第2位の排出国として、まるでオバマ政権時のように、中国との協力を強める方向に舵を切っています。

表向きは、「地球全体の問題に対し、米中が協力する」という美談を作り出そうとしていますが、その背後には、やはり脱炭素化社会への移行に際しての環境技術市場と標準化の覇権争いが勃発しています。

ケリー特使の上海への派遣や気候変動サミットへの習近平国家主席の出席を取り付けたという“成果”はアピールしたものの、実際には、中国からは国家主席の出席以外のコミットメントを引き出すことはできていません。

ケリー特使の訪中で何が語られ、どのようなディールが模索されたのかは、少し気になりますが、アメリカ政府(バイデン政権)の対中外交と安全保障政策は、トランプ政権時以上のハードライナーだと考えます。

すでに触れた日米豪印のクワッドの強化は、トランプ外交の強化という側面もありますが、より広範なエリアをカバーするパートナーシップの強化・同盟のような性格を持つようになっており、安全保障・軍事面はもちろん、経済、貿易、サイバーセキュリティなどを包括的にカバーし、まるでインド太平洋版のNATOのような体裁を持ちようになっています。

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対中包囲網に向けた最後のピース、韓国

そして極めつけは、中国とアメリカの間で両にらみ外交をとっている日本を確実にアメリカ側に寄せるための策として、これまで微妙な姿勢を取ってきた“日本の軍事力の強化”に青信号を出したことでしょう。

トランプ政権下で、日本サイドからイージスアショアの導入をキャンセルされたことで、若干微妙な雰囲気になっていた気がしますが、再度、日米間での安全保障協力が強化される方向に進むことになります。

これまで極力米国製の軍備(戦闘機など)の購入を前面に押し出していた米国政府ですが、バイデン政権下でそのプッシュは若干弱められ、日本企業による開発にまでゴーサインが出た模様です。

「アメリカは、日米安保条約に基づき、引き続き日本の有事に対応するが、中国の軍事力の著しい圧力に直面し、即応性という観点からも日本独自のシステムを」というメッセージかと思われます。

その日米の動きを強化するのが、英・仏・独の艦隊のインド太平洋地域への派遣・駐留と安全保障政策のアジアシフトです。日米とともに、中国を安全保障上の脅威とみなして協力して対応するという触れ込みですが、欧州各国の関心は、日本や北朝鮮がある東アジアではなく、香港を含むインドシナ地区と、南太平洋海域における影響力の確保という地政学的な関心ですので、直接的には日本をはじめとする東シナ海の防衛にはつながりませんが、中国の軍事的な展開面を多様化して、集中的な対応を阻むという戦略からは、効果的な協力であると思われます(若干、「いつまで前時代的な思考なのだろうか」という違和感を持っていることは、あえて申し上げませんが)。

そしてこの対中包囲網に向けた最後のピースが韓国の“色付け”です。ワシントンで米韓首脳会談が開かれ、韓国メディアは日本との比較に明け暮れて大いに沸いていますが、この首脳会談のアメリカ側の目的は、【韓国は米中どちらサイドにつくのかをはっきり色分けさせたい】というものだったようです。

報道ではサムソンなど韓国を代表する企業による米市場への投資拡大というポイントが強調されていましたが、実際には、アメリカ側から韓国に対し、様々な要求と踏み絵が突き付けられたようです。

例えば、中国が韓国にケチをつけるきっかけになったのがTHAADの韓国への配備をめぐる綱引きですが、今回、バイデン大統領は文大統領に対して、【THAADの配備は“予定通り”行うのか否か?】と決断を迫り、同時に、北朝鮮との対話実現において韓国が果たした役割をよしとしつつ、「米朝合意を今後も堅持して対話の機会を探る」と公言することで、バイデン大統領は文大統領に対して「勝手に動き回り、あることないこと触れまわるな」と強くくぎを刺したようです。

加えて、日本への配慮の現れとして、今後、日本への攻撃は自制し、一日も早く日本との関係修復を行うようにと厳命したという話も入ってきています。ホワイトハウスの幹部曰く、「あくまでもバイデン政権にとっては、日韓は同盟国であるが、日韓は同レベルには位置しておらず、それをしっかりと韓国サイドに伝えた」ということです。

すでに国内では袋小路にはまっている文政権ですが、今後、アメリカからのプッシュに対して、どのような回答を示すのか非常に注目です。

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アメリカとの関係回復に関心がないロシア

さて、中国に続いてバイデン政権が外交を本格化したのが、ロシアとの関係改善です。

表面的には、政権発足当初から画策していた米ロ首脳会談の実現が目的ですが、実際には、度重なるロシアからの“攻撃”にバイデン政権側が参っているというようです。

就任前から、ロシア嫌いを公言し、プーチン露大統領を殺人者とまでけなしたバイデン大統領ですが、政権が目指す国際協調への復帰とアメリカの外交的影響力の回復という目標達成のためには、ロシアとの多方面での対峙は賢明ではないとの判断に至ったようです。

イランをめぐる問題、シリア、北朝鮮、ミャンマー、そしてバイデン大統領が忌み嫌うトルコ・エルドアン大統領対策の背後には、必ずロシア(と中国)がいて、アメリカの対応力を分散させています。

そして、最近実施された、ロシアンハッカー集団による国内インフラ施設への大規模なサイバー攻撃も、バイデン大統領に対ロシア攻撃を封印させる効果があったようです。

今週に入り、アメリカ側が折れる形で対ロ制裁の発動見送りを決めたことで、やっとプーチン大統領側が、バイデン大統領との首脳会談に合意したというニュースが流れました。

その背後では、トランプ政権時代から対ロ攻撃の材料になっていた【ロシア―ドイツ間の天然ガスパイプライン─Nordstream IIの建設】をめぐる批判と対ロ制裁の棚上げが行われています。

一説には、秋に退任するメルケル首相への遠慮という話もありますし、もう95%完成しているものをアメリカが止めるのは限界があるとの見方もあるのですが、結局はバイデン大統領による対ロ大幅譲歩というのが実情でしょう。

その結果、バイデン氏が得たのが、6月16日のジュネーブでの首脳会談実施です。

一応、めでたしということになっているようですが、ロシア側としては、アメリカに対する不信感が非常に強く、あまりアメリカとの関係回復に関心がない模様です。

2011年のNATOによるリビアへの空爆によって、親ロシアだったカダフィー政権が崩壊し、2012年にはアメリカによるロシア大統領選挙への介入、そして2014年のクリミア半島問題以降のアメリカによるロシア攻撃と敵視にうんざりしているようで、今回も首脳会談後、また何か仕掛けてくるに違いないという思いが払しょくできないというのが、モスクワの外交筋の見解です。

そして、アメリカの対中政策、特にアラスカでの“事件”を目の当たりにして、バイデン大統領がプーチン大統領に対して一方的にまくし立てるようなシーンを、ロシアは非常に警戒しており、プーチン大統領がどこまで本気で臨んでくるかは未知数です。

私は、バイデン大統領からのジャブをうまくかわし、結果的に私利私欲を肥やし、より国内での支持率回復につなげ、再度、地政学上のリーダーシップを得ようとするのではないかと考えていますが。

恐らく、構図的には、アメリカのバイデン政権が、ロシアを必要としているということなのではないでしょうか。

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イスラエル―パレスチナ紛争で地に落ちたバイデン外交の信頼性

そのロシアとの関係が見事に響くのが、中東情勢におけるアメリカのプレゼンスです。

イスラエルとパレスチナの間で行われた戦争に対し、アメリカが国連安保理で、通例通りの二枚舌でイスラエル擁護に奔走したことで、バイデン政権の外交に対する信頼性は地に落ちたと思われます。

国際協調、人権外交…などを前面に打ち出しましたが、結局はダブルスタンダードを用いて、イスラエルによる人権侵害の恐れには目をつぶってしまうという矛盾をさらけ出しました。

一応、まだ残っている外交力と影響力用い、同じく人権侵害の懸念でにらみを利かせているエジプトに仲介の任を取らせ、背後で操縦することで、何とか停戦合意にこぎつけましたが、その持続性については非常にデリケートな危険な状況です。

それはなぜか?

イスラエル(ネタニエフ首相)もパレスチナ(ハマスとアッバス氏)も、今回の紛争は国内向けの道具であったという側面もありますが、一番の大きな理由は、アメリカから心が離れてしまったイスラエルを再度取り込みたいと考えるバイデン政権の思惑の存在と、悔しい思いはあるものの、トランプ大統領の力でイスラエルとアラブ諸国の融和が図られ、アラブ諸国の心をアメリカに寄せたという状況を取り戻したいとの思いが交差していることです。

対イスラエルについては、アメリカ国内の根強いイスラエル・ユダヤロビーへの配慮があり、多くの蛮行に目をつぶってきたという歴史的なトレンドがあり、国内の支持層に対して【バイデン政権はイスラエルに冷たいということはない】とアピールしたいという思惑があります。

対アラブについては、大統領就任後、トランプ前大統領への非難ばかりで、自身の政権の対アラブ社会姿勢の方向性を明らかにしてこなかったので、アラブ諸国の間で対米猜疑心が大きくなっていた矢先、今回のイスラエルとパレスチナの間の紛争が激化し、アメリカが有効な対策を取れなかったことで、反米感情の再燃が巻き起こっていることが懸念材料です。

何とかその感情を和らげたいと、ブリンケン国務長官をイスラエルとパレスチナ双方に派遣して関係改善とアメリカの変わらないコミットメントをアピールしています。

ここに横槍を入れるのが、イスラエルとアラブのスプリットを拡大したいイランとトルコ、そしてその背後にいるロシアと中国です。

これらの反米“同盟”が仕掛けてくる対米揺さぶりに対抗しようと、バイデン政権は外交上の正念場に立っています。

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真価が試されるバイデン外交と日本外交が果たす大きな役割

【アメリカはもう世界の警察官ではない】

オバマ大統領はそう宣言して、世界各地へのコミットメントの拡大をやめるという方向性を示し、トランプ政権は、オバマ政権を批判しつつも、そのコミットメントの縮小をさらに進め、その流れは、思いとは反対に、バイデン政権にも継続しています。

国際協調への復帰を旗印に、いろいろと外交的な攻勢を強めるバイデン政権ですが、オバマ政権がスタートし、トランプ政権によって確定路線となってしまったアメリカのグローバル情勢からの離脱という亡霊は、バイデン政権に思ったような仕事をさせてくれず、アメリカが誇ってきた、軍事と経済力に支えられた外交的神通力の復活を幻にしてしまいかねません。

中国との対峙、中東アフリカ地域へのコミットメント、インド太平洋地域における同盟の再強化、そして大西洋をまたいだ欧州各国との関係修復、そして、かつてのライバルであるロシアとの微妙かつ複雑な距離感…これら多種多様なコマ・カードを、とてもデリケートなバランスの上で上手に扱うことが出来るか。

その真価が今、試されようとしています。

成功すれば、アメリカは再度、世界の覇権的な地位を絶対にしますが、同時にコミットメントの必要性が増えます。

しかし、失敗すれば、中国の影響力が増すばかりでなく、トルコ、ロシアといった地域大国による国際情勢のかく乱が顕在化し、世界はまた協調からブロック化への道をたどることになるかもしれません。

【日米同盟こそが、日本外交の基軸】

そう謳う日本外交が果たす役割は非常に大きいと考えますが、果たしてその重責を担い、アメリカの真の同盟国として、世界情勢のキャスティング・ボートを握る外交を行えるか。そしてそのための戦略を持ち、実施できるか。

それが今後の日本の針路をも決定する要因になると考えています。

皆さんはどう思われますか?

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image by: Nuno21 / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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