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すべては米国の「お芝居」か。アフガン首都陥落と自爆テロに残る“疑念”

米軍の完全撤退により、再びタリバンが政権を担うこととなるアフガニスタン。欧米諸国は引き続きこの地での影響力を維持したい構えですが、事はそう簡単には運ばないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、「欧米諸国の企み」の無力化を図る中国とロシア、そしてトルコ等の思惑と戦略を解説。さらに島田さんが抱いているという、カブール国際空港での自爆テロに対する「疑念」を記しています。

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力の空白に近づく悲劇の足音 漂流するアフガニスタンと国際情勢

8月末。米軍の輸送機が最後のアメリカ軍兵士たちを乗せてカブール国際空港を離陸した際、20年にわたった“自由民主主義陣営の挑戦”に幕が降ろされました。

「8月末までに米軍を完全撤退させる。役割は終わった」と宣言し、公約を完遂したバイデン政権。

しかし、それはアメリカとその友人たちが描いた“成功”を受けての栄光の離任ではなく、多くの犠牲者を出したうえでの完全なる失敗の結果の退避となってしまいました。

1975年のベトナム戦争のサイゴン陥落、1979年のイラン革命後の米大使館占拠事件へまずい対応、2021年2月に起こった10年にわたるミャンマー民主化の失敗、そして今回のカブール陥落はアメリカと自由主義世界にとっては、ぬぐえない大きな失敗として記憶されることでしょう。

「土足で踏み込んできた者たちが敗走し、私たちは完全なる独立を勝ち取ったのだ」

そう声高に叫んだタリバン勢力ですが、タリバンとアフガニスタンを待つ未来は、そう明るいものではないかもしれません。

一つ目の理由は【欧米・国際機関による対アフガニスタン支援の凍結・停止】です。タリバン勢力によるカブール陥落については、予想より早く実現してしまったものの、それ自身を批判して支援停止の決定を各国が行ったわけではありません。

8月15日の陥落を受けて、「予想していたよりもかなり早かったが、自国の軍隊を持ち、しっかりとした装備まで与えられているにもかかわらず、自国を守ろうとしない政権に肩入れする気はない」というバイデン大統領の言葉にもあるように、ガニ大統領は自国を捨てて逃亡し、政府軍はろくな反撃もしなかったことで、カブール陥落は概ね無血開城といえる状況で行われました。

問題はその実行者がタリバンであるということ。

20年前にタリバンが権力の座から引きずり降ろされた際に非難の的となった、数々の人権無視ともいえる行いが再現されるのではないかとの懸念が、欧米諸国の中で再燃したのが一番の理由でしょう。

タリバンはその疑いを払拭すべく、「女性の就学も就業も認める」「これ以上の争いは望まず、融和的な新政府を樹立する」という姿勢を公言してきましたが、人権重視という原理原則を掲げる欧州各国とバイデン政権はまったく信用せず、タリバンによる新しいアフガニスタンを承認せず、復興支援も凍結するという決定に至りました。

その決定に引きずられるように、統治の透明性や女性の権利、そして人権重視を支援の条件に掲げる国際機関も、即時に支援をストップしています。それに呼応して、IMFの対アフガニスタン融資も凍結、世界銀行のプロジェクトも凍結、国連各機関の復興事業も凍結といったように、ドミノ倒しのように20年間にわたった国造り・再興支援が止まりました。

アフガニスタンにとっては、海外からの支援が経済の6割から7割を占めているという統計もあり、それらがストップすることで、今後、タリバンが目指す国造りのモデルの見直しが必要となることを意味します。

その1つが、芥子の栽培の拡大によるアヘン・コカインといった麻薬取引の再開が資金源になる可能性で、これは実際には、すでにタリバンが勢力を伸ばす中、農民たちへの手厚い保護を盾に、どんどん再拡大している動きです。これは、今後、アフガニスタンの未来を占ううえで、何とか解決策を見つけなくてはいけない喫緊の課題です。

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そして、2つ目の理由が【欧米が去った後、登場するパトロンの登場】です。

そのパトロンとは、中国とロシアです。これまでの支援継続という当てが外れ、大混乱・パニックに陥りそうなところに、迅速に“手を差し伸べて”くるのが中国とロシア、そしてトルコです。

比較的脆弱で、安定しているとは言えない国々がどうして中国やロシアを好むかと言えば、欧米諸国や国際機関のように、支援のための条件をあれこれ押し付けてこないことが理由の1つにあると思われます。

通貨危機・経済危機時によく問題視されたIMFのConditionalityなどがそれにあたりますが、中国などは「ビジネスはあくまでもビジネス。それは財政も同じ。国内の情勢や政治には口は出さない」という姿勢で支援を行おうとします。ただし、ここには大きなBUTがつき、「麻薬を中国やロシアに流さないこと」や「中国やロシア、トルコの国内問題化している反政府組織やテロ組織を支援しないこと」という条件が付与されます。

中国にとってはETIM(もともとは新疆ウイグル自治区出身の過激派)が混乱に乗じてアフガニスタンでISISなどと組み、勢力を拡大して新疆ウイグル自治区になだれ込んでくるのを阻止するという絶対的な条件があります。

ロシアにとっては、ウズベキスタンやカザフスタンという親ロシアの国々の情勢を不安定化させないこと、という条件が付きますし、ロシア国内のイスラム過激派と連携することがないようにとの条件も付きます。

そして、トルコに至っては、一旦はアメリカなきアフガニスタンにトルコ軍を治安部隊として駐留させることを検討しましたが、その一番の理由は、中ロとよく似た理由で、国内で抱えるクルド人問題に対し、新生アフガニスタンがちょっかいを出さないことだと思われます。米軍なきアフガニスタンの治安維持を通じてプレゼンスを拡大したいという思惑(注:ナゴルノカラバフ紛争への積極介入は、中央アジアへの勢力拡大が理由の1つです)が、やはりテロの流入を自ら抑えたいというのが主な理由だったようです。

ここに同じく“隣国”のイランが加わり、反欧米の地域が中央アジアに出来上がることになるという点も要注目でしょう。特にライシ氏が大統領に就任し、アメリカおよび欧州各国との対決姿勢が鮮明になってきていますが、アフガニスタンから米軍と欧州軍がいなくなったことで、イスラエル軍とアフガニスタンにいた米軍との挟み撃ちという最悪のシナリオは消えることになります。

そこに“スタン系”の国々が挙って加わり、アフガニスタンの安定にコミットすることで、自国への不安定要素の侵入を防ぎ、難民の流入を抑えたいという思惑が働いています。

難民については、カブール陥落以降、タリバンによる迫害を恐れるアフガニスタンの人々がトルコやスタン系の国々にすでに押し寄せ、各国での受け入れの限界に来ていますが、トルコについては、この難民の流入問題を、シリア難民の時と同じく、欧州各国に対する取引材料として使うという側面が見えてきました。

「アフガニスタンからの難民を今、何とか受け入れて留め置いているが、トルコ批判を続けるのであれば、国境を開放する」という“例”の脅しです。

スタン系については、欧米各国や国際機関からの支援引き出しのための材料に使っているようですが、すでに触れたとおり、スタン系は、程度の違いはありますが、基本的なスタンスはロシア・中国寄りと言えますので、欧米諸国が望むような“支援による勢力圏拡大”にはつながらないことも明白です。

そう、すでに中央アジアは、中ロに牽引される国家資本主義体制に組み込まれていると言えるかもしれません。そのラストピースだったのが、米軍などが駐留するアフガニスタンだったと言えるのです。

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欧米諸国が次々とアフガニスタンから脱出するのをしり目に、中国とロシア、トルコ、そしてスタン系の皆さん、イラン、パキスタンなどが9月16日から、上海機構の会合を開催して、中央アジア、コーカサス、そして南アジアにまで広がる大きな勢力圏の結束を固めようとしています。

一見すれば、牽引するリーダー国が変わり、地域の安定度が高まったように思われますが、それを阻止する恐れがあるのが、3つ目の理由である【過激派組織の勢力拡大によるテロの拡大】の可能性です。

カブール陥落を受けて、欧米諸国が次々と自国民を退避させる中、米軍とタリバンによる検問と空港の警備を嘲笑うかのように、ISIS-Kがカブール国際空港周辺で大規模な自爆テロをやってのけてしまいました。

撤退を前にした米軍兵士20名弱と数百名ともいわれるアフガニスタン人(タリバン含む)を殺害したテロ事件は、反欧米勢力の復活という狼煙のみならず、アフガニスタンの統治権を掌握しようとしているタリバンへの挑戦とも考えられます。

このテロ事件の2週間ほど前、CNN特派員とのインタビューの様子が今週流されましたが、ISIS-Kのリーダーは「タリバンは異教徒の罰し方を知らず、口ばかりで手を下すことが出来ない」と批判し、「タリバンがリーダーシップを取るようでは、またアフガニスタンは大国に搾取されるだけ」とこき下ろしていました。

その脅しを有言実行したのかもしれませんが、このISIS-Kによる攻撃と勢力拡大に向けた宣言ともとれる自爆テロ攻撃で大きな不安と恐怖を覚えたのは、欧米諸国ではなく、タリバンとその仲間たち、そして中ロを始めとする“テロの流入を絶対に阻止したい”周辺国です。

アメリカとその友人たちがアフガニスタンを去った後の空白は、すぐに中国とロシアが埋めようとしているという現実に、待ったをかけるメッセージとも捉えられるかと思います。

言い方は悪いですが、国際情勢を分析するグループの間では、「中国はタリバンのアフガニスタンを完全に自国の財布のように変えようとしている。統治者や形態、そして人権状況にはあまり関心がなく、中国製品を購入する市場が成立するならばそれでOKというスタンスであるため、中国はアフガニスタンにコミットしない」というのが大方の見解です。

そしてロシアについては、「プーチン大統領が描く大ロシア帝国の復興のために、旧ソビエト連邦解体によってバラバラになってしまった中央アジア諸国を再度、ロシアの影響下に置き、かつて攻めきれなかったアフガニスタンもその輪の中に入れてしまいたい」という野望があり、そのためにタリバンを親ロシア化しようと試みています。

中ロは国家資本主義体制の盟友として協力はしますが、ロシアとしては、伸び続け、最近では差をつけられてバランスが取れなくなった中国が中央アジアに食指を伸ばすのを阻止したいとの思いも強く、そのために描くのが大ロシア帝国構想です。それは、中国の習近平国家主席が描く大中華勢力圏の創設(One China, One Asia)とも似ていますが、その両構想に、実はアフガニスタンは含まれています。

上海機構で囲い込み、まずは欧米諸国を地域から追い出すことで一大勢力圏を作ろうともくろんでいた矢先、ISIS-Kによる自爆テロが起こり、ムードが一転したようです。

テロ組織への共通対応が16日からの会合のアジェンダに加えられたのはそのような理由のようです。

今後のアフガニスタン情勢のイメージがなかなか見えて来ず、大きな懸念が積みあがってくる理由は大きく分けて上記3つですが、そんな中、タリバンはどのように対処しようとしているのでしょうか?

欧米による軍事的なコミットメントは今後ないことは明らかですが、様々なルートを使った外交的な攻撃と圧力は今後強化されるでしょう。

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米軍完全撤退後にブリンケン国務長官が述べたように、「軍事的な手段による対応は終わった。今後は外交的手段の出番だ。アメリカは外交的なチャンネルを通じて、今後もアフガニスタン、そして地域の安定に寄与する」というのがバイデン政権のアメリカと、欧州の同盟国のスタンスと思われますので、支援というカードをちらつかせ、タリバンに圧力をかけ、影響力の維持・拡大を狙っているものと思われます。

そこに横やりを入れ、欧米の“たくらみ”を無力化しようとするのが、中国とロシア、そしてトルコによる対タリバン支援ではないかと思います。

今月の上海機構の会議、そしてカブール陥落前にウズベキスタンで開催された中央アジア・南アジア協力会議などの場で、タリバンのアフガニスタンが上手にこの輪の中に入ることが出来れば、支援問題は解決される可能性があります。そして欧米諸国が目論む勢力圏維持と拡大という可能性は消えることになるでしょう。

それらを根本からダメにする可能性があるのが、先ほども触れたテロ組織が拡大して、不安と恐怖がアフガニスタンとその周辺国を覆うようなケースです。

しかし、このISIS-Kなどによる動きが、仮にタリバンとのconcerted action(申し合わせたうえでの共同の行動シナリオ)だったらどうでしょうか?

あくまでも推測に過ぎませんが、どうも腑に落ちないことが多くあるのです。

チェックポイントにいたタリバンの兵士もテロの犠牲になったと言われていますが、真実は謎に包まれています。

かりにConcerted actionであったとすれば、恐怖をあおることで、「タリバンはテロとの戦いを行う」と掲げることで、外交的なコミットを続けると宣言する米・欧との関係構築の機会を探ることが出来、また凍結されている支援の再開にもつなげられる可能性が出てきます。

新たな支配者・後ろ盾の座を狙う中ロにとっては、現在の混乱の中で最も避けたいのは、自国へのテロの伝播と国内情勢の不安定化であり、それを防ぐためにタリバンによるアフガニスタンへの支援の幅もサイズも増える可能性が出てくるかもしれません。

もしそうだったら、誰が(どの国が)この指揮棒を振っているのかなあと、国際政治の怖さを垣間見るのですが…。

タリバンによるカブール陥落は、アメリカ軍の撤退の確定と、アメリカ政府の特使とタリバンのリーダーシップとの協議(@カタール)、そしてカブール陥落後、「タリバンとの対話の準備がある」と繰り返す米国政府という言質によって、決定的になったと考えられます。

メディア上では「アメリカ外交の失敗」と大きな非難を受け、アメリカの同盟国からは「アメリカは本当に有事に守ってくれるのか」という疑心暗鬼を生ずる事態になっていますが、もしこれが、批判はされても、アメリカの負担を大幅に軽減し、厭戦ムードにも応え、そのうえで中央アジアにおける影響力を残すためのお芝居だったとしたら…。

カブール陥落から2週間という短い期間で公言通りに米軍を完全撤退させましたが、その完遂のために、バイデン政権がトランプ政権の遺産ともいえる【タリバンとの対話チャンネル】をフルに活用し、タリバンと米国政府双方にとって結果的にwin-winの結果を導き出すための演出だったのだとしたら…。

そしてISIS-Kによって実行されたと言われているカブール国際空港での自爆テロでさえも、COVID-19のパンデミックで各国の関心が「テロに対する戦い」から離れていると思われる中、テロリズム・テロリストという共通の敵を設定することで、国際協調体制の再構築を測ろうとしているのなら…。

これらはあくまでも私の推論に過ぎないかもしれませんが、先行きが見えない国際情勢を分析にする際に、考えておく必要がある重要な問いなのかもしれなません。

とはいえ、ここでもピュアな被害者は、やはりアフガニスタンの一般市民です。彼らに平和で希望に満ちた毎日が、一日も早く戻ることを心から祈っています。

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image by: Trent Inness / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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